マンガ
友達は「タオルケット」だまされ捨てられた女性が見つけた優しい嘘
「妄想の産物」から、生きる希望をもらった日
人間は信用できない――。そんな主人公が、意外な友人の力によって立ち直る漫画が、ツイッター上で人気を集めています。誰かを救う「嘘(うそ)」もある。読むとそう思えて、少しだけ元気になれる作品の創作背景について、取材しました。(withnews編集部・神戸郁人)
「タオルケットの友達がいる女の子のお話」と名付けられた17ページの漫画は、2月21日に公開されました。
主人公は、自宅に引きこもる女性です。友人や知人、親や親戚から、距離を置いて生きてきました。「人間なんて嫌いだ」。そう独りごちる彼女にとって、ただ一人の信頼できるパートナーが、自宅で使っているタオルケットでした。
「顔色悪いよ?大丈夫?」「今日、ずっと何も食べてないよね? 食べたいものとか、ないのー?」。タオルケットが、優しい言葉をかけてくれます。
「ケバブ……ケバブかなあ」。エジプトのピラミッドに行って、そのてっぺんで、ケバブを食べてみたい――。女性は答えますが、実は冗談。本心では、カップ麺を食べようと思っていたのでした。
ところが、タオルケットは意外にも乗り気です。「今から行こうよ!!」。飛行機代もないのに、どうやって……? 困惑する女性に、彼は自信たっぷりに語りました。「ぼくに乗ってよ!! ひとっとびだよー!!」
それでも、女性は不安げな表情を崩しません。理由は、明らかでした。物言うタオルケットの存在を生み出したのが、自らの空想であるとわかっていたからです。人間を乗せて飛び立つなんて、できるわけがない。そう確信していました。
しかし彼女にとって、タオルケットはかけがえない存在です。「友達のことを信じない。そんな友達なんて……私は許せない」
頭の中によみがえる、かつて自分を傷つけてきた人々の顔。「あいつらとは違う」。女性は勇気を振り絞り、タオルケットの上へと歩みいります。
「フワッ」。次の瞬間、体は宙の上にありました。何と、本当に浮いていたのです。
上空からは、夜の地球が一望できました。陸地はキラキラと、星が瞬くかのような輝きを放っています。「光ってるところに人がいるんだよね、すごいなあ」「飛ぶってすごい!!」。女性の顔が、パッと明るくなりました。
ふと気付くと、目の前に見覚えのある三角錐(すい)が見えてきました。そう、ピラミッドです。「ぼく、ごはん買ってこなきゃ!!」。タオルケットは、女性を頂上に降ろすや、そのままどこかへ行ってしまいました。
ひとりぼっちになった女性は、昔の出来事を思い出します。親にネグレクトされたこと。小学生時代の友達に、ぞんざいに扱われたこと。自分を育てた親戚から、数カ月分の生活費を「手切れ金」として、厄介払いを受けたこと……。
手持ちのお金がなくなりつつある中、彼女は絶望します。「人のこと怖いのに、働くのなんてもっと怖いよ……」
泣きそうになっていると、タオルケットが戻ってきました。中にくるまっていたのは、ラッピングされたケバブ。喜ぶ女性を尻目に、彼はちょっと浮かない顔です。「思ったのと違ったんだ……」
それもそのはず、タオルケットが買ってきたのは、焼き鳥のような見た目の食べ物でした。日本で一般的な、ピタパンに羊肉を挟んだものと比べ、随分印象が異なります。しかし、女性は全く気にしません。
「きっとこれが現地のケバブなんだよ!!うれしいよ!!」
異国の味を満喫し、帰路についた二人。再び上空を移動中、女性が、陸地を眺めながら話し始めました。
「あの光の中には、何万人とかの人がいるんだよね」「私をのけ者にした人たちがいて 大勢がだましあって生きていて それでみんな満足してて」「そんな中で、私 生きてなきゃいけないのかな……」
「僕はタオルケットだから、ヒトのことはわからないけど……」。彼は、こう続けました。
「きみはたくさん つらい嘘を経験してしまったし それは不運で悲しいことだけど」「きっとやさしくて うれしい嘘もあるよ 僕たちみたいにね」「たとえば ぼくが消えてしまっても 大丈夫だよ」
男の子の形となったタオルケットは、彼女の手をとります。しかし、その直後、彼の姿はこつぜんと消えてしまいました。「おちるーーーっっ」。女性は、まっさかさまに落下していきます。
「はっ」。跳ね起きた女性がいたのは、自宅のふとん。どうやら、眠っていたようです。慌ててタオルケットがいるか確かめると、床に落ちていました。「ん……?おはよー?」。ちゃんとしゃべることに安心し、女性は彼を抱きしめます。
彼女はカップ麺を食べながら、夢についてタオルケットに話しました。そして、こう伝えたのです。「働いてみようかなって、思ったの……」
「うん!! いいと思う!!」「応援してるよ!!」。元気いっぱいに応じるタオルケットの様子を見て、女性は思わず笑顔に。「いっぱい食べて、ちからをつけなきゃね」。二人で囲む、いつも通りの食卓で、いつも通りの反応を見せる彼が、少しだけ頼もしく見えました。
「私の話だと思って泣いた」「続きが読みたくなった」。漫画を掲載したツイートには、そんなコメントが、数多く連なっています。
四方井さん自身、幼少期に「タオルケットの友人」がいました。心安らぐ感触が大好きで、幼稚園時代には、ボロボロになるほど使い込んだそうです。成長しても愛着を抱き続け、一人暮らしを始めてから、まっさきに購入したといいます。
そんな経験を踏まえ、「その状態のまま大人になった人間がいたら」と想像したことが、創作の起点になりました。物語全体を貫く主題に据えたのは、「現実逃避」です。
身近な人々に、深く傷つけられてきた女性。一方のタオルケットは、いわば「自分の分身」であり、彼女を絶対的に包み込んでくれる存在です。妄想の産物ではあっても、「もしかしたらいたかもしれない、優しい理解者」のシンボルとして登場しています。
「周りには理解されず、嘘と言われてしまうかもしれません。それでも女性にとっては、唯一の希望なんです」。四方井さんは、そう話します。
空想が、現実との折り合いをつけるきっかけになる場合もある――。本編のクライマックスにあたる、二人でエジプト旅行へと出かけるくだりは、そのことを象徴的に表しています。
「女性は人間嫌いなので、きっと貯蓄を切り崩して、引きこもって生きてきた。私は勝手に、そう考えています」
「そんな中でも、写真でしか知らない『憧れの場所』が実在すると感じられれば、希望が持てるかもしれない。そして嫌っていた外の世界を俯瞰(ふかん)することで、『実は輝いていて、意外と悪くない』と思えるんじゃないか。そのように思って、一連のシーンを描きました」
「優しい嘘」がテーマである、今回の漫画。元々は創作漫画の即売会「コミティア」向けに描かれたもので、昨年9月にツイッター上で初公開されました。読者からは「実感を伴った内容で、前向きになれる」といった感想が届いたそうです。
しかし四方井さん自身、嘘そのものが人生にもたらす効果については、否定的に捉えているといいます。
「たとえ嘘をついた理由がよいものだったとしても、その本心について相手が知らなければ、遺恨を残すことにつながります。人間関係に混乱を招くので、決して好ましい行為だとは思っていません」
確かに近年、フェイクニュースやデマなど、人をだましたり傷つけたりするような情報が、社会全体にあふれています。こうした状況は、嘘が伴う影響力が、不幸な形で発揮された結果であると言えるかもしれません。
他方、嘘が形作る「安全圏」の必要性についても、四方井さんは触れました。
「今回の漫画に登場する女性は、親に捨てられ、親戚からも勘当されています。彼女は自宅でタオルケットと過ごすことで、『誰かに受け入れてもらえた』という安心感を得られました」
「彼女が再び外に踏み出せたのは、タオルケットがいる『ゆりかご』に戻れる環境があったからこそなんです」
その上で、次のようにも語りました。
「私たちは既に社会に出ていて、色々な嘘に巻き込まれたり、逆に嘘をついたりすることもあると思います。その一つひとつについて、善悪や根拠を考える時間さえないかもしれません。ですが、ときには、ゆりかごの中に立ち戻ってほしいのです」
「作中で女性がタオルケットの人格を生み出したように、自分自身に対して肯定的な部分を、心の中につくってあげる。そして、自らの内側を探る時間を大切にする。そのことも大事だと、私は思っています」
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