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地元

母の言いつけ守り横断歩道へ…不注意ダンプがそこに「せめて徐行を」

「子どもが飛び出したらしい」記者が感じた疑問

交通事故で亡くなった山下諄さんを悼み、周辺住民らの寄付金で建てられた地蔵像。諄さんが好きだったアニメ「鬼滅の刃」の主人公の衣装と同じ柄の前垂れがかけられている=滋賀県栗東市御園
交通事故で亡くなった山下諄さんを悼み、周辺住民らの寄付金で建てられた地蔵像。諄さんが好きだったアニメ「鬼滅の刃」の主人公の衣装と同じ柄の前垂れがかけられている=滋賀県栗東市御園

目次

みなさんは車を運転する時、横断歩道を意識していますか? 歩行者が横断歩道を渡ろうとしているのに止まらない車が、日本では約8割にのぼります。滋賀県では2020年5月、横断歩道を渡っていた小学3年生の山下諄(しゅん)さんが、ダンプカーにはねられ死亡しました。筆者を含め全てのドライバーにとって、他人事では無いと感じ、両親に取材を申し込むと、「再発防止につなげてほしい」と諄さんの人柄や事故の当日の状況を話してくれました。傍聴した裁判の内容も交え、事故の原因をたどります。(朝日新聞大津総局記者・新谷千布美)

「鬼滅の刃」の映画見る約束

居酒屋を経営する両親のもとで、3人きょうだいの末っ子として育った諄さん。2歳の時の改装に合わせ、店の奥にはおもちゃやゲーム機をそろえた小さな「しゅんくんの部屋」も設けられていました。年の離れた姉と兄が一人暮らしをするようになると、母・康子さん(44)はいつも諄さんを店で過ごさせていました。

明るい性格の諄さんは、よく店に出て、常連客の話し相手にもなっていました。好きなアニメ「鬼滅の刃」で盛り上がり、原作の漫画に詳しい客から先の展開を話されて「それネタバレやで!ま、許したる」とひょうきんにふるまうことも。時には、話し相手になってほしいという諄さんのファンが複数のテーブルにいて、ひっぱりだこになっていたそうです。

将来の夢は、父・誠さん(53)と同じ料理人。店には、調理の専門学校に通う兄とのツーショット写真も飾られていました。姉とは「鬼滅の刃」の映画を一緒に見に行く約束をしていたといいます。

コロナ禍で居酒屋の客足は大きく減りました。もともと誠さんが日中に別の飲食店で働いていたとはいえ、家計は苦しくなっていきました。2020年5月14日、滋賀県に出されていた緊急事態宣言が解除されると、少しでも家計の足しになるよう、康子さんが1人でランチ営業を始めました。その6日後の5月20日、事故は起こりました。

小学校はまだ休校中。その日、康子さんは仕込みのために先に家を出て、諄さんにはゆっくりでいいから身支度を整えたら店へ来るよう伝えていました。家から店までは1キロメートルもありません。ただ、交通量が多い県道があるため、必ず横断歩道を渡るように言い聞かせていました。

事故で亡くなった山下諄さん=2019年9月
事故で亡くなった山下諄さん=2019年9月 出典: 家族提供

交差点にできた「死角」

「子どもが飛び出したらしい」

事故は5月20日午後0時7分ごろ、信号機のないT字路の県道交差点で起きました。約2時間半後、筆者が現場に駆けつけると、集まっている人々がそんな風に話すのを耳にしました。横断歩道から10メートルほど離れた地点にまだダンプが止まっていて、警察が実況見分をしていました。

同じ頃、病院に運ばれた諄さんの死亡が確認されたという警察からの発表がありました。

事故の痕跡は、横断歩道から数メートル離れた場所に生々しく残っていました。捜査関係者に確認すると、飛び出しかはわからないが、事故を起こしたダンプカーの運転手(42)の説明と諄さんが倒れていた位置から、横断歩道から少し離れた場所を渡っていた可能性もあるとのことでした。

一方、諄さんを知る周辺の住民に聞き込みをすると、「あの子は親の言いつけをしっかり守る子で、いつも横断歩道を渡っていた。飛び出すはずがない」と話していました。

発生直後の事故現場。横断歩道は消えかかっていたが、ダンプカーの運転手はよくこの道を通っていたため存在を知っていたという=2020年5月20日午後2時32分、滋賀県栗東市御園
発生直後の事故現場。横断歩道は消えかかっていたが、ダンプカーの運転手はよくこの道を通っていたため存在を知っていたという=2020年5月20日午後2時32分、滋賀県栗東市御園

数日後、通行車両のドライブレコーダーの分析などから、諄さんは母の言いつけ通りに横断歩道を渡っていたことが明らかになりました。

ダンプは直進しており、対向車線に大型トラックがいて交差点の中で右折待ちをしていました。ちょうどダンプからは、横断歩道の半分が大型トラックで見えなくなっている状況でした。しかし、ダンプは徐行や一時停止をせず、時速34~40キロメートルで走行していました。横断歩道を渡っていた諄さんに気づいて急ブレーキをかけましたが、間に合わなかったのです。

諄さんには何の落ち度もありませんでした。横断歩道と事故の痕跡が離れていたのは、諄さんが飛び出したり、横断歩道を渡っていなかったりしたからではなく、ダンプのスピードによるものだったのです。

事故現場のイメージ図
事故現場のイメージ図 出典: 朝日新聞

ダンプの運転手は、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)の罪に問われました。公判中、「左の道に原付きバイクがいて、進入して来ないかそちらに気をとられていた」と話しました。原付きバイクが一時停止するのを見て、直進を続けたそうです。

事故当時、横断歩道は経年劣化でかすれて、見えにくくなっていました。ですが、運転手は何度もその道を通ったことがあり、横断歩道があること、小学校が近くて子どもがよく通ることも知っていたそうです。

「(大型トラックで)死角になっているところまで、十分注意できていなかった」

道路交通法38条では、横断歩道を渡ろうとする人や自転車が「いない」と明らかにわからない限り、ドライバーは横断歩道の前で止まれるような速度で進まなければならないと定められています。しかし、このダンプの運転手は、死角があって横断歩道の見通しが悪いとわかっていながら、一時停止や徐行をしていませんでした。

大津地裁(大森直子裁判官)は2021年2月12日、「事故を起こせば重大な結果を招きかねない車両を職業運転手として運転していながら、この義務を怠り、漫然と進行していた。過失の程度は重大といわざるを得ない」として、運転手に対し、禁錮2年6カ月執行猶予4年(求刑禁錮2年6カ月)を言い渡しました。

「ただいま!と帰ってくる気がする」

母・康子さんは事故後、司法解剖をした医師から、ダンプの速度が遅ければ諄さんの命は助かった可能性があると聞きました。

「なぜ運転手は徐行しなかったのか。ちゃんと徐行していれば、諄ちゃんはけがで済んでいたかもしれない。休校中の宿題をためてしまって、必死で終わらせたばかりだった。こんなことになるんだったらあんなに頑張らせなくてよかった」

公判では、ダンプに多数の整備不良があったことや、法の定める最大積載量を超えた積み荷を載せていたことが明らかになりました。両親の元に届いた3通の謝罪文が、運転手の内縁の妻の代筆だったこともあり、康子さんは「謝罪を受けたとは思わない。一生をかけて償ってほしい」と震えながら話しました。

取材に応じる山下諄さんの父・誠さん(左)と母・康子さん=滋賀県栗東市御園
取材に応じる山下諄さんの父・誠さん(左)と母・康子さん=滋賀県栗東市御園

康子さんの友人が呼びかけ、2020年11月には諄さんを悼む地蔵像が店の前に建てられました。集まった寄付は約100万円。計160ほどにもなる個人や企業から寄せられたそうです。

父・誠さんは「お小遣いから寄付してくれた同級生もいる。親だけでなく、本当に多くの人から愛された子でした」。

今も、Google社が提供する「Googleストリートビュー」では、店の前の道を康子さんと手をつないで歩く諄さんの姿を見ることができます。2019年4月に撮られたものらしく、康子さんは事故後、知人から教えてもらいました。

「今もふいに『ただいま!』と帰ってくる気がしています」

手をつないで歩く康子さんと諄さん=2019年4月、Googleストリートビューから
手をつないで歩く康子さんと諄さん=2019年4月、Googleストリートビューから

信号のない横断歩道、8割止まらず

日本自動車連盟(JAF)が2020年8月、全国の信号機の無い横断歩道94カ所で約9500台の車を調べたところ、歩行者が渡ろうとしているのに止まった車は21.3%にとどまりました。

調査を始めたのは2016年。その際に止まった車は1割にも満たない7.6%。そこから向上したとはいえ、依然として8割近い車が横断歩道の歩行者に注意を払っていません。

この結果に私は驚きました。

私の出身地の長野県では、横断歩道に歩行者がいれば車はほとんど止まってくれたからです。同じJAFの調査を詳しく見ると、長野県は5年連続全国1位。2020年の停止率は72.4%でした。長野では、多くの車が横断歩道で止まるため「自分も止まらなくては」という雰囲気を感じていました。

一方、滋賀県の2020年の停止率は18.7%。都道府県別の結果が公表されるようになった2018年以降、3年連続で全国平均を下回っていました。

「横断歩道では止まるのが当然」という社会であれば、諄さんは死なずに済んだかもしれません。一人ひとりの意識を変えることが、子どもの命を救うことにつながるのではないでしょうか。

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