連載
#12 「きょうも回してる?」
ガチャガチャ業界を揺さぶる「事務的なはんこ」累計100万個の秘密
木にゴム印をつけたはんこですよ、このはんこが売れちゃったんです。
青森県で生まれ育った一人の少年の人生には、常にガチャガチャの存在がありました。
彼の育った地域にあった駄菓子屋さんの入り口にあるガチャガチャの機械に、夢中になって並ぶ子供たち。
彼は何がでてくるかわからないワクワクするガチャガチャの魅力に取りつかれ、いつしか自分のアイデアを表現したいという夢を持ち続けていました。
その夢を叶えたのが、株式会社ブシロードクリエイティブ代表取締役社長兼カプセルトイブランド『TAMA-KYU(以下、たまきゅう)』クリエイティブディレクターの成田耕祐さん。
成田さんは東京芸術大学大学院でクリエイターを目指すものの、自分が描く理想像に近づくことができず、エンターテインメント業界で働くことを志し、株式会社メディアファクトリー(後に株式会社KADOKAWAへ吸収合併)に就職します。
そこで、エンターテインメント業界に触れていくうちに、生活圏内に必ずガチャガチャの存在があると気づきます。
たとえば、仕事をするとき、書店やゲームセンター、アニメ専門店などを訪れると、至る所にガチャガチャが置いてありました。
成田さんは「僕の人生にはガチャガチャが常につきまとっています。これって結構すごいことじゃないですか。食料品や生活消耗品と同じくらいに、ガチャガチャは身近にありました。そうなってくると、ガチャガチャを作りたいという想いになってきたんです」と話します。
そして、成田さんに転機が訪れます。KADOKAWAを退職し、2016年にブシロードクリエイティブの立ち上げに参加した時です。
成田さんはガチャガチャ業界に参入したいと考え、「業界研究をすればするほど、ほんとガチャガチャは薄利多売ということが分かりました。参入するメリットを感じないくらいの、『利はどこへいった?』、『誰がどうやって利益をもたらしているの?』『販管費(販売管理費)を考えると無理だよ』などマイナスな面ばかりが目に付く」と思ったそうです。
しかし、心のなかで自分が何かを表現したいという気持ちを持ち続けていた成田さんは「オリジナルアイデアを表現できるおもちゃ 売り場はガチャガチャしかない」と意を決し、2017年にガチャガチャ業界への参入を決意します。
ただ、経営者の立場である成田さんは「親会社(株式会社ブシロード)から求められている売上や利益を確実に遂行する代わりに、薄利でもガチャガチャをやらしてもらっているんだと思い込んで自分を納得させていました」と笑っていました。
2019年8月には、ガチャガチャのオリジナルブランド「たまきゅう」を立ち上げます。たまきゅうの意味について、成田さんはこう話します。
「ガチャガチャは200 ~300 円でそこそこ幸せになりますよね。しかも、基本的にはガチャガチャはたまたま出会うもの。球型の容器に入っていますし、たまたま急に世の中を潤す、という意味を込めて『たまきゅう』にしました」
販売数も徐々に伸びていくなか、たまきゅうの認知度を一気に高めてくれたのが、今回紹介する「事務的なはんこ」です。第1弾は19年12月に発売されました。
商品企画を考える上で成田さんが大切にしたのが、プロダクトの古臭さと実際の使う人とのギャップ。それがあることにより、SNSで「エモい」と言われ、みんながそれをきっかけにコミュニケーションすることになりました。
成田さんは、従業員から「事務的なはんこ」の企画を提案された 瞬間に「売れる」と思ったそう。
「事務的な連絡方法として、未だにオフィスで付箋を使ってやりとりする文化や、そこに個人的な一言を添えるなど、アナログなコミュニケーションはこのご時世でも残っています」
「しかもそれは心地よいもので人の心を温かくします。『事務的なはんこ』はまさにそれらのニーズに当てはまります」と確信したそうです。
しかも、成田さんには社会人中心に「事務的なはんこ」をネタにして楽しんでいるイメージまで想像できたそうです。
「世間では脱はんこの動きなのになぜ」との問いに成田さんは、すかさず「だからはんこなんですよ。当時からはんこ文化は見直されるべきという世間の論調でしたし、20年からはコロナの影響でさらに加速しました。こちらからしたら超いい環境です。商品化した際のカウンターパンチ力がどんどん増してきています」と話します。
この商品は、当初初回の受注数は少なかったそうです。
しかし、SNSで一般の人が「事務的なはんこ」を売り場で見つけ「変なものを見つけた」と、ツイートしたことがきっかけで突然バズりだします。
そのツイートは何万リツイートもされ、そこからWEBメディアやテレビの情報番組からの問い合わせが相次ぎ、SNSで「このご時世にはんこを商品化するのか」などお祭り騒ぎになったそうです。
その結果、「事務的なはんこ」は第1弾と第2弾合わせ、60万個以上売れ、今もなお売れ続けています。新作も控えており、今年中にはシリーズ累計100万個も射程圏内に入っているそうです。
やはり、売れた最大の理由はSNSの影響。
値段以上の付加価値をつけたフィギュア商品ではなく、木にゴム印をつけたはんこですよ、このはんこが売れちゃったんです。
成田さんの読み通りにヒットのなりました。
今後のたまきゅうについて聞くと、成田さんは「ようやく我々の商品にお客様が注目し購入してくださるようになってきました。ただ、その商品をたまきゅうが作ったことはまだ知らない人が多いです。たまきゅうが作った商品だから購入したいという人を増やしていければ」と話している姿は、駄菓子屋さんの前でワクワクする幼き頃の成田さん、そのままでした。
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「事務的なはんこ」は、「めちゃくちゃチェックしました」「お電話ありました。折り返しを!」「オールオッケーでーす!」「(・・・神では・・・?)」「光の速さで確認お願いします」「再提出お願いしちゃおうかな」「【 月 日( )】までに!」「ちょっと何言ってるか不明です」「いつもほんとに・・・すみません・・・」「〆切り、やばみです」 の全10種類。1回200円。現在vol.2まで発売されており、今夏に待望の第三弾が発売予定。
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