連載
#16 金曜日の永田町
「国益に芳しくない」と言った菅さんの〝ずれ〟 気になる過去の言動
ボーイズクラブの象徴を作った張本人は誰?
【金曜日の永田町(No.16) 2021.02.13】
女性差別発言の責任を取って、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が辞任しました。菅義偉首相は「あってはならない」と森さんの発言を批判していましたが、菅さんの過去の言動にも疑問符がつくものが――。朝日新聞政治部(前・新聞労連委員長)の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
2月12日夜、政府は「マンボウ」に関する方針を決定しました。
丸々とした目とユニークな姿で、水族館の人気者である「マンボウ」ではありません。
新型コロナウイルス対策に関する特別措置法の改正で、新たに設けられた「まん延防止等重点措置」について、国会周辺で使われている俗称です。
「まん延防止等重点措置」とは、「緊急事態宣言」の期間外であっても、営業時間短縮などの命令を行い、違反者には罰則を科せるようにするものです。
昨年秋以降、感染者が増えるなか、緊急事態宣言を回避したい菅政権は、営業時間の短縮要請に踏み出さない東京都の対応にいらだっていました。そうしたなかで、「より厳しい時短をお願いすると応じない店が出てくる」という東京都側の指摘に罰則創設で応えた新しい制度です。公明党元国会対策委員長の漆原良夫さんは、「まん延防止等重点措置の構想は、緊急事態宣言を発令したくない官邸と、時短要請に実行力を持たせたい東京都の思惑が一致した合作」と自らのブログで指摘していました。
当初案では、「予防的措置」という名称でした。しかし、戦前の治安維持法の「予防拘禁」をほうふつさせる名称に公明党などから見直しを求める声があがり、10文字の現在の名称に変更されました。公明党の支持母体である創価学会の初代会長が戦前、治安維持法違反などの疑いで検挙され、獄中で亡くなった記憶とも重なるからです。その後、長すぎて口にしにくいため、「マンボウ」という俗称で呼ばれるようになりました。
ただ、名称が変わっても、私権制限の本質は変わりません。このため、国会審議でも、措置を発動する要件を、政府の裁量で決められる「政令」ではなく、国会が関与する「法律」などで明確に定めるよう求める意見が相次いでいました。
それでも、特措法を担当する西村康稔経済再生相は「法律に基準を今の段階で書き込むと、状況が変わった時に毎回、法改正をしなければいけなくなる。機動的に対応できることを頭に置きながら、政令でどう書くか検討している」と説明。使い勝手の良さを優先し、改正法成立後の2月9日に閣議決定された政令も、「都道府県において感染が拡大するおそれが認められ」「医療の提供に支障が生ずるおそれがあると認められる」場合とあいまいな書きぶりでした。
元々は緊急事態宣言に至る前の対策に用いる仕組みでしたが、政府内では「上りマンボウ」「下りマンボウ」という名前まで登場。緊急事態宣言に相当する「ステージ4(感染爆発)」の前段階で感染拡大期に使うのが「上りマンボウ」。緊急事態宣言の解除後で、「ステージ2(感染漸増)」相当まで抑えていくときに使うのが「下りマンボウ」です。「選択肢が増える」と歓迎の声もあがっていました。
ただ、時短要請をされる飲食店などからすれば、「マンボウ」は死活問題です。延長の回数制限もないため、ずるずると時短要請が続けられる可能性があるからです。
そうしたなか、今週の国会で、「マンボウ」に一定の歯止めをかける動きがありました。
自民党の森山裕国会対策委員長が2月9日夕、「マンボウ」の対象区域などを指定する際の国会報告について、「内閣委員会の理事懇談会」にするとの考えを表明しました。
理事懇談会というのは、委員会の運営について各会派の代表が非公開で協議する場で、議事録もありません。立憲民主、共産、国民民主各党は翌10日午前の国会対策委員長会談で「公開が原則で、理事懇での報告は認められない」という見解で一致。自民党と協議を行い、緊急事態宣言と同じように「議会運営委員会」で報告を行うことで決着しました。
議会運営委員会は、公開で、インターネット中継もされ、議事録にも残ります。さらに10人ほどの理事などがそろえば当日でも開催できる理事懇談会とは違い、議会運営委員会は、衆参両院ともに各25人の国会議員で構成され、議長・副議長も出席。開催するには、原則として前日までに与野党で合意する必要があります。
緊急事態宣言と違って、「マンボウ」の国会報告の担保は法律ではなく、付帯決議になっていたため、「必ずしも国会報告がいらず、使いやすい」と見られてきましたが、緊急事態宣言と同様の手続きが固まり、政府が気軽に使えるものではなくなったのです。
地域を指定した「マンボウ」の発令ではなく、対処方針を決定した2月12日も、政府の決定に先立ち、衆参両院の議院運営委員会が開かれました。
立憲民主党の山内康一さんは、緊急事態宣言と「マンボウ」との間で、「事業者への影響という意味では全く変わらない」と指摘。野党議員から、時短要請への協力金が緊急事態宣言時の1日6万円より減ることがないよう求める声が続出。4万円への減額も検討していた政府側は「今検討している」と述べるにとどめ、「マンボウ」発出にあたって必要となる支援内容を打ち出すことも慎重になっています。
付帯決議は、委員会で法案を可決する際、その法律の運用や将来的な改善についての要請を表明するもので、法的拘束力はありません。
「国会から大臣や政府へのラブレターみたいなもの。決して『守ります』と言わないのが付帯決議だ」(国民民主党の山尾志桜里さん)という指摘もありました。
ただ、一連の国会審議で与野党から「マンボウ」に慎重・反対論が相次ぐなか、政府による濫用を防ぐための国会での取り組みが続いています。
さて、今週の国会の中心は、「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」という女性差別の発言をした東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長でした。
森さんの続投を擁護する政府に対し、野党議員は連日のように問題点を追及。2月9日は衆院、翌10日は参院で、女性が白いジャケット、男性は胸元に白いバラをつけて、本会議に出席する「ホワイトアクション」を行いました。白は、アメリカで女性参政権運動を象徴する色で、2019年のトランプ大統領の一般教書演説の際に、民主党の女性議員が白いジャケットを着て抗議を示したことにちなんだものです。
「軽しも軽し、水そうの中のマンボウのような発言だ」(1994年6月23日)
森さんは自民党幹事長時代、「マンボウ」にたとえて「私自身の進退も含め、協議にゆだねる」と発言した当時の羽田孜首相の軽さを批判したことがあります。今回は自らの進退をめぐり、いったん続投を表明しながら、国内外の批判に耐えきれず、結局、2月12日に会長辞任を表明しました。
一連の対応を巡っては、菅さんも揺れました。
森さんの辞任を求める野党議員の質問に対し、「その権限はない。組織委員会は公益財団法人であり、首相としてそうした主張をすることはできないと思っている」(2月5日)、「私が判断する問題じゃない。組織委員会で人事を決める。独立した法人としての判断を私は尊重する立場だ」(2月8日)と説明。組織委員会の理事にスポーツ庁長官や自民党の国会議員が入っていることを野党側から指摘されましたが、菅さんや閣僚は、政府が会長人事に影響力を行使することは難しいと主張してきました。
しかし、森さんが元日本サッカー協会会長川淵三郎さんを後継指名する「密室人事」が明らかになると、菅さんは「国民から信頼され、歓迎されるような組織、決め方が大事だ」と森さんに伝え、後任人事を白紙に戻しました。
2月12日夜、人事の権限がないとしてきた国会での答弁とのずれを問われた菅さんはこう主張しました。
「いや、これ全く違うと思います。私、組織委員会の最高顧問でありますので」
川淵さんは森さんから打診を受けた直後、菅さんが「女性や年齢の若い人」の会長就任を望んでいたことを記者団に明らかにしました。森さんの女性差別発言や「ボーイズクラブ」で人事を回していく手法と決別し、ジェンダー平等社会を目指していくうえでは、選考委員会も男女同数にして、そのうえで女性のトップが選ばれることは望ましいことです。
ただ、菅さんが森さんの発言のどこに問題点があると感じていたのかは、明確になっていません。
・「あってはならない発言だと思っている」(2月4日の衆院予算委)
・「国益にとっては芳しいものではない」(2月8日の衆院予算委)
菅さんは国会での質疑でこのように森さんの発言を批判していますが、「なぜ、あってはならないのか」という理由については、「オリンピック・パラリンピックの重要な理念である男女共同参画とは全く異なるものであってはならない」(2月8日の衆院予算委)と触れたぐらいです。
菅さんをめぐっては、気になる過去の言動があります。
昨年9月2日。自民党総裁選への立候補を表明した記者会見。
「不都合な質問が続くと質問妨害、制限が続きました。総裁となった後、厳しい質問にもきちんと答えていくつもりはありますか」
そのように女性記者から問われた菅さんは、質問にまともに答えず、「限られた時間の中で、ルールに基づいて記者会見は行っております。早く結論を質問すれば、それだけ時間が多くなるわけであります」と言って、薄ら笑いを浮かべました。周囲の一部からも笑いが起きました。
菅さんは官房長官の記者会見でも、この女性記者の質問に対し、「主観の質問には答えない」「あなたの質問に答える場ではない」などと答弁。数秒おきに司会の官邸報道室長が「簡潔にしてください」といった質問妨害を繰り返し、会見場での異論を封じ込めようとしました。
こうした状況は、雑誌のジェンダー企画などで、声を上げようとする女性を抑圧する「ボーイズクラブ」の象徴例として、指摘されてきました。
週明けの15日、衆院予算委では菅さんが出席する集中審議が行われます。
「国益にとって芳しくない」という菅さんの発言は、会長辞任へとつながる一つのニュースになりましたが、この問題の本質ではありません。森さんの発言の何が問題なのか。何を改めていけばいいのか。みんなで真剣に答えを探し、それを国民の代表が集まっている国会で共有していくことが、一人一人の人権が尊重される真のジェンダー平等の社会をつくっていくための大切なプロセスです。
菅さんには、自分の胸に手を当てながら、言葉を紡いでいって欲しいと思います。
《来週の永田町》
2月15日(月)衆院予算委員会で菅首相らが出席した集中審議
2月19日(金)国の借金(赤字国債)の発行を可能にする「特例公債法案」の審議入り
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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