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連載

#9 #半田カメラの巨大物巡礼

千葉の森に建つ「巨大スイカ」解体発表で殺到した20年分の感謝

「地元のシンボル」が担っていた本当の役割

森から突き出る「巨大スイカ」。この異様な光景に、地元民たちは長年励まされ続けてきました。その歴史に、写真家・半田カメラさんが迫ります。
森から突き出る「巨大スイカ」。この異様な光景に、地元民たちは長年励まされ続けてきました。その歴史に、写真家・半田カメラさんが迫ります。 出典: 半田カメラさん提供

目次

内部にガスを蓄え、需要に応じて供給するための機器「ガスホルダー」。地元民に親しまれている、「巨大スイカ」型のものが千葉県にあります。地域のシンボルとして20年以上、域内外から注目を集めて続けてきました。しかし近年、技術革新によって役割を終え、解体が決定。多くの人々が感謝し、別れを惜しむ存在の価値とは何だったのか。大きな物を撮り続ける写真家・半田カメラさんに、つづってもらいました。

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広報紙を飾った「巨大スイカ」

森の上からひょっこり頭を飛び出すようにして、小高い丘の上にそびえる巨大な「スイカ」。その上には「ありがとう スイカガスホルダー」の文字が添えられています。千葉県富里市が毎月1回発行している広報紙「広報とみさと」2020年8月号の紙面です。

この号には、富里市のシンボルとして長年親しまれてきたスイカ柄のガスホルダーが、表紙と裏表紙の両方に掲載されました。裏表紙にはスイカガスホルダー解体を伝える文章と、様々な角度から撮影したガスホルダーの写真、そしてガスホルダーへの感謝状が載っています。

当初、ガスホルダーは見学会が行われることなく、解体される予定でした。しかし広報紙の発行後、スイカガスホルダーを保有する東京ガスには、見学や取材の依頼が多数寄せられるように。あまりに反響が大きく、急きょ、メディアを対象とした見学会が二度にわたり(2020年9月の解体前、2021年1月の解体中)行われることになったのです。

私自身、スイカガスホルダーを見るため、過去に何度か富里を訪れていたので、少なからず思い入れがありました。「解体されるなら最後の姿を撮影したい」。そんな気持ちから、取材を申し込みました。

富里市民はもちろん、ネット上においても解体を惜しむ声が上がる、スイカガスホルダー。これまでの感謝の気持ちとともに、誕生から解体までの経緯をたどります。

千葉県富里市の広報紙「広報とみさと」2020年8月1日号。裏表紙には、スイカガスホルダーや、市からの感謝状の画像が掲載されている
千葉県富里市の広報紙「広報とみさと」2020年8月1日号。裏表紙には、スイカガスホルダーや、市からの感謝状の画像が掲載されている

市のシンボルとして欠かせない存在に

千葉県富里市中沢にスイカ柄のガスホルダーが誕生したのは、今から約20年前、2000年6月のことです。

ガスホルダーにはどうしても、無機質で危険なイメージがつきまといます。地元民に親しみを持ってもらうため、新設されたばかりのガスホルダーを、地域の特産品であるスイカの柄にしてはどうかと、千葉ガス(建設当時、2016年に東京ガスと統合)から富里町(現在は富里市)に提案があったそうです。

提案を受け、同町と千葉ガスが共同でデザインの構想を開始。黒い線を何本入れたらスイカらしいか、ガスホルダーに見立てたボールに描いてみるなどの検討が重ねられ、現在の10本線のデザインに決定しました。

そして1年に及ぶ工事を経て、高さ37メートル、直径34メートルの巨大なスイカガスホルダーが誕生します。このガスホルダーに蓄えられたガスで、約6000世帯に1か月分のガスを供給することができました。

以来、スイカガスホルダーはテレビや雑誌などに取り上げられ、市のホームページやパンフレットにも使用される人気者に。毎年1万人のランナーが集まる「富里スイカロードレース」で大会に花を添えるなど、市のシンボルとして、地元に欠かせない存在となっていきました。

真下から眺めたスイカガスホルダー。スイカの縞模様を再現するため、10本の黒い線があしらわれている(半田カメラさん提供)
真下から眺めたスイカガスホルダー。スイカの縞模様を再現するため、10本の黒い線があしらわれている(半田カメラさん提供)

技術の進歩により役割を終える

しかし、技術というのは日々進歩していくものです。

ガスホルダーは夜間にガスを蓄え、一日の需要に応じてガスを送り出す設備です。近年、地下の導管網が整備され、付近一帯のガス圧力を安定させるネットワークが構築されました。これにより、スイカガスホルダーは活躍の場を失ってしまったのです。

一方で、スイカガスホルダーには富里市のシンボルとしての役割があります。2018年、ガス会社から解体の意向を伝えられた富里市は、東京オリンピック・パラリンピックを考慮し「可能な限り撤去の時期を延期してほしい」との要望を伝えました。それが受け入れられ、解体は約1年先延ばしになったのです。

2019年3月に内部のガスが抜かれ、それ以降、スイカガスホルダーはシンボルとしての役割を果たすのみとなりました。そして2020年10月、とうとう解体工事が動き始めたのです。

スイカガスホルダー解体の様子。作業員はゴンドラに乗り、クレーンからつり下げられた状態で作業する(半田カメラさん提供)
スイカガスホルダー解体の様子。作業員はゴンドラに乗り、クレーンからつり下げられた状態で作業する(半田カメラさん提供)

「リンゴ皮むき工法」で外壁を切除

2021年1月に開かれた、スイカガスホルダーの解体見学会。作業は「リンゴ皮むき工法」と呼ばれる方法で行われました。厚さ3.6センチの鋼板製の外壁を、クレーンに乗った作業員が、まるでリンゴの皮をむくように、ガスバーナーで少しずつ切り取っていくのです。

まず球体の下半分を、下部から約1.5メートル幅でくるくると切除します。こうして書くと簡単そうに思えますが、鋼板を手作業で切断していくのですから、円周を一周切るだけで1日前後かかるといいます。

このユニークな解体法は、ガスホルダーを対象によく採られる手法なのだそうです。壁面の鋼板をクレーンで地上に降ろす必要がないため、工事費用を抑えられ、同時に安全性も高いというメリットがあります。

下半分が終わると、次は上半分を同じように切断していきます。切り取られた鋼板は、自重でらせん状に少しずつ内側に垂れ下がり、積み重なるように地面に落ちていきます。

私は、この状態のガスホルダーを内部から見学しました。外壁が折り連なっている様を見上げるのは、なんとも不思議な感覚でした。まるでプラネタリウムで宇宙を見ているような……。それぐらいに芸術的で、ガスホルダーが解体されていることの寂しさを、一瞬忘れました。

この見学会後も、私はスイカガスホルダーの解体を遠くから眺めに行っています。今年1月21日時点のガスホルダーは、上部がサックリとカットされた状態で、ゆっくりと、でも着実に解体作業は進んでいました。

次にこの場所に来るときには、もう巨大スイカはないのかと思うと、切ない気持ちになり、後ろ髪を引かれる思いで富里を後にしました。全ての解体作業が終わるのは3月中旬の予定だといいます。

切り抜かれた銅板製の外壁は、まるでむかれたリンゴのように、ガスホルダーの内側でらせん状に積み上がっていく(半田カメラさん提供)
切り抜かれた銅板製の外壁は、まるでむかれたリンゴのように、ガスホルダーの内側でらせん状に積み上がっていく(半田カメラさん提供)

時代とともに消え行く存在を記録

スイカガスホルダーだけでなく、国内のガスホルダーは減少傾向にあります。東京ガスの管轄地域だけでも、1都6県に20年前に約45基あったガスホルダーは、現在36基(富里のスイカホルダーを含む)まで数を減らし、少しずつ姿を消しています。ただ、必要な地域もあることは間違いなく、全てがなくなるというわけではありません。

あって当たり前だった風景の一部がなくなってしまうというのは、とても寂しいものです。写真家としては、時代の流れとともに消え行くものを記録していくことが、自分にできる唯一のことではないかと思っています。

他方で、公開されることなく解体されるはずだったスイカガスホルダーが、住民を始めとする人々の惜しむ声を受け、メディアに公開され、多くの人目に触れるきっかけになりました。このことには多少なりとも意味があったのではないでしょうか。

富里では地元のドローンクラブの方々が、ガスホルダー解体の様子を日々撮影しています。この動画は、市の公式サイトで公開される予定です。

今はただ、「広報とみさと」の紙面にあったように「ありがとう」「お疲れさま」と声をかけてあげたい気持ちです。

・半田カメラ:大仏写真家。フリーカメラマンとして雑誌やWebなどの撮影の傍ら、大好きな大仏さまを求め西へ東へ。現在まで国内200カ所、300尊近くの大仏さまを撮影。 著書に大仏ガイド本「夢みる巨大仏 東日本の大仏たち」「遥かな巨大仏 西日本の大仏たち」(ともに書肆侃侃房)がある。

【連載・#半田カメラの「巨大物」巡礼】
大仏、橋、モニュメント。存在感抜群なのに、なぜそこにあるのか、よく分からないモノの数々。誕生の歴史をひもとくと、関係者の熱い思いがあふれてきます。全国各地を回り、そんな「巨大物」をフィルムに収めてきた写真家・半田カメラさんに、イチオシの一体について語り尽くしてもらう連載です。異世界への扉、そっと開けてみませんか?不定期連載です。(記事一覧はこちら

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