連載
#72 ○○の世論
世論から「見放された」政治とカネ 自民支持層7割「改善できない」
首相は言った…「古くて新しい問題。政治家個人が襟を正していくことが基本だ」
前法務大臣の選挙違反事件、元農水大臣の汚職事件……。国会で新型コロナウイルス対策とともに焦点の一つとなっているのが、「政治とカネ」の問題です。過去に政権運営の急所となったこともある「政治とカネ」の問題を、国民はいま、どうみているのでしょうか。世論調査からひもときます。(朝日新聞記者・磯部佳孝)
2019年7月の参院選をめぐり、この選挙で初当選した河井案里氏(広島選挙区、自民党を離党)と、夫で前法相の衆院議員・克行氏(広島3区、自民党を離党)が公職選挙法違反(買収)で起訴されました。案里氏には2021年1月、一審の東京地裁が、地元議員5人に現金計170万円を配ったとして有罪判決を言い渡しました。案里氏は2月3日、国会議員を辞職しました。
大臣経験者による「政治とカネ」の問題は、2021年1月にも発覚しました。
自民党衆院議員だった元農林水産相の吉川貴盛氏(北海道2区)が大臣在任中、鶏卵業者から計500万円の賄賂を受け取ったとして、収賄罪で在宅起訴されました。
吉川氏は起訴の前に、体調不良を理由に国会議員を辞めました。大臣など閣僚の職務に関する汚職事件は、元北海道・沖縄開発庁長官の鈴木宗男氏が起訴された2002年以来、19年ぶりです。
「政治とカネ」をめぐる事件について、1月に行った朝日新聞の全国電話世論調査では次のように聞きました。
「自民党の大臣経験者らの収賄事件や、選挙での買収事件が相次ぎました。あなたは、菅政権が、政治とカネをめぐる問題を改善できると思いますか」
「改善できる」は12%しかなく、「改善できない」81%が大きく上回りました。自民支持層でも70%が「改善できない」という評価を下しています。
「政治とカネ」の問題に、世論から「見放された」形の菅政権。政権トップの菅義偉首相はこの問題について、どう思っているのでしょう。
世論調査の前に行った朝日新聞のインタビューで、「政治に対する国民の信頼をどう回復するのか」と記者が聞くと、菅首相はこう答えていました。
「古くて新しい問題。政治家個人が襟を正していくことが基本だ」
「古くて新しい問題」。菅首相がそう言う通り、「政治とカネ」の問題は歴代内閣の急所となったこともある重いテーマです。
30年近く前に、やはり「政治とカネ」問題について尋ねた調査です。調査前の1992年2月、自民党の阿部文男衆院議員(北海道3区、逮捕後離党)が北海道・沖縄開発庁長官のポストを利用して、鉄骨加工会社から賄賂を受けとった共和汚職事件で起訴されました。
「政治の浄化」に向けた国会の取り組みに対して、「あまり」「全く」を合わせた「期待していない」は70%にのぼり、「大いに」「ある程度」を合わせた「期待している」28%を大きく上回りました。
さらに1992年10月、東京佐川急便による5億円のヤミ献金をめぐり、自民党副総裁を務め、権力の絶頂にあった金丸信氏が議員辞職しました。
金丸氏をめぐっては、厳しい世論を背景に自民党内でも金丸氏の議員辞職や離党を求める動きが起こっていましたが、当時の宮沢喜一首相は煮え切らない対応を続けていました。
金丸氏の議員辞職の直後に行った全国電話世論調査では、宮沢首相の指導力への疑問符が投げかけられました。
宮沢首相が政治改革で指導力を発揮することを「期待していない」は70%に達しました。同じ調査で、「いまの政治を信頼していますか」と聞くと、「信頼していない」は81%にのぼりました。
この佐川急便事件で、自民党に対する不信は頂点に達しました。その後、「政治改革」を掲げた小沢一郎氏らが93年、宮沢内閣の不信任案に賛成し、自民党は分裂。衆院選で自民党は過半数を失い、「非自民」の細川護熙連立内閣が誕生しました。
その後も「政治とカネ」の問題が絶えることはありませんでした。
2001年、KSD中小企業経営者福祉事業団(当時)による私立大学設置をめぐる政界工作で、「参院のドン」と呼ばれた村上正邦元労相が収賄容疑で逮捕されました。2004年には、自民党旧橋本派に対する日本歯科医師連盟の1億円ヤミ献金事件が発覚しました。
「政治とカネ」の問題は、国政選挙の焦点になったこともあります。
2007年7月の参院選。年金記録のずさんな管理による「消えた年金問題」に加え、「政治とカネ」が争点の一つとなっていました。
政治資金の使途として、議員会館に事務所を置いているのに高額な家賃の支出をしたり、「ナントカ還元水」に高額な光熱費を計上したりといった「事務所費問題」で閣僚が相次いで辞任し、当時の安倍晋三首相の対応が問われていました。
参院選の選挙期間中に実施した全国電話世論調査で、「政治とカネ」の問題を投票するときに「重視する」68%が「重視しない」26%を上回りました。自民支持層でも57%が「重視する」と答えました。
結果は、自民党が大敗し、民主党(当時)が参院の第1党となりました。選挙後、安倍首相は記者会見で、年金記録や「政治とカネ」の問題などへの自らの対応が敗因との認識を示し、政治とカネの問題については「しっかり対応しろ、いい加減にしろ、という声であったと受け止めている」と語りました。
安倍首相は、この会見の約2カ月後に退陣しました。
今回の「政治とカネ」問題について、「政治家個人が襟を正していくことが基本だ」と突き放した菅首相ですが、「熱い」時期もありました。
「民主党に自浄作用・能力がないのではないか、こう言わざるを得ないのであります。小沢(一郎)幹事長も全くと言っていいほど説明責任を果たしていない、(鳩山由紀夫)総理の対応も適切でない、これが国民世論の大半であります」
2010年2月5日の衆院予算委員会。当時、野党だった自民党の菅氏が鳩山首相につめよっていました。民主党政権は、小沢一郎・幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件に揺れていました。小沢氏の元秘書らが政治資金規正法違反(虚偽記載)罪で起訴される一方で、小沢氏は不起訴処分(嫌疑不十分)となり、小沢氏は幹事長を続投する意向を表明していました。
菅氏はこの予算委で、不起訴処分となった小沢氏の「政治的道義的責任」について、「嫌疑不十分で不起訴になったということでありますけれども、小沢幹事長みずからが銀行から借り入れたものに署名をしているなど、これは明らかに黒に近い灰色だろう、このように思うわけであります」と追及。さらに、過去の政治資金規正法違反の事件で自民党議員が離党した事例などを引用して、鳩山首相をこうただしました。
「総理、今私どもの話をさせていただきましたけれども、こうした過去の例とも照らし合わせても、余りにも自浄作用・能力がなさ過ぎる、こう言われてもしようがないと思いますけれども、いかがですか」
秘書が政治資金規正法違反の罪で起訴され、本人は刑事訴追を免れる。
最近も同じような事件がありました。「桜を見る会」の前日に開かれた夕食会の費用補塡問題です。20年12月、東京地検は、安倍前首相の秘書を同法違反で略式起訴し、安倍氏自身は不起訴(嫌疑不十分)としました。
この問題についても1月の世論調査で聞きました。
安倍氏が昨年末に国会で行った説明について、「納得できない」が80%にのぼりました。自民支持層でも「納得できない」が70%でした。
11年前の予算委で、菅氏はこうも言っています。
「衆参両院議員で、政治倫理綱領というものを私どもは決めています。国会議員の手帳の中にもあります。その内容というのは、疑わしいことがあったら責任を明らかにするように努めていこう、みずから進んで解明しよう、説明をしようということです。いわゆる司法で言う推定無罪、疑わしきは罰せずとは全く異なることであります」
この「古くて新しい問題」に、菅首相は11年前のような熱意で取り組むのか。それとも、世論の期待値が低いことをいいことに、冷めたままでいるのでしょうか?
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