お金と仕事
「休業支援金」まさか対象外 バイト無くなった学生の安全網やぶれた
緊急事態宣言をうけ、職場から当面休むように言い渡される人たちが出ています。会社には休業者に「休業手当」を支払う義務があるのですが、実際には支払われないケースが少なくありません。そこで国は、こうした働き手が直接国からお金を受け取れる「休業支援金」という制度を昨年つくりました。ところが、ある条件に引っかかると、支援金の申請ができないという「落とし穴」があります。結果的に休業手当も休業支援金ももらえず、制度のはざまに取り残されている働き手たちがいます。(朝日新聞記者・榊原謙)
「弱い立場で働く人たちが泣き寝入りする構図のまま、緊急事態宣言入りしてしまった。国や政治家には不信感があります」
東京都内の大学に通う20代の男性はこう不満を話します。昨春の宣言時に、アルバイト先の会社から休業手当を受け取れず、国の休業支援金も対象外になってしまうという苦い経験があるといいます。
今年1月、政府は再び宣言を出しました。今回も政府が営業制限を求めた飲食店を中心に休業者が出ており、この男性は、自分のように何の補償もされないケースが多発することを心配しています。
男性は都内のイベント会社で、事務のアルバイトをしてきました。初めて宣言が出た昨年4月、会社側から業務を当面自粛すると言われました。勤務シフトが一切入らなくなり、給料も出なくなりました。
会社から再び連絡があったのは3カ月以上経った7月の下旬。「アルバイトに振れる仕事がなくなった」という通告でした。
そこで男性は会社側に、勤務できなかった4~7月分の「休業手当」の支払いを求めたのでした。
労働基準法は、会社都合で労働者を休ませた場合に、平均賃金の6割以上を休業手当として支払わなければならない、と事業者に義務づけています。男性の求めも、この規定に基づいたものでした。
ところが、これに対する会社の返答は――。
「日々雇用契約であり、休業手当の支払い義務はない」
一体どういうことなのでしょうか。
日々雇用とは、仕事に応じて1日ごとに雇用契約を結ぶもので、「日雇い」のイメージに近い働き方です。男性は継続的にこの会社で働いており、自分が「日々雇用」の労働者だという認識は全くありませんでした。しかし会社は、男性とは日々雇用契約を繰り返す関係だった、と主張したのです。
こうなると休業手当の請求は簡単ではなくなってきます。休業手当は、働くはずだった日が事業者の都合で休みになるのが条件ですが、仕事に応じてその都度契約を結ぶ日々雇用の場合、会社が働き手を休業させたという理屈が成り立ちづらいからです。
男性からすると、1年半以上にわたって、週2~3日のペースでコンスタントに勤務に入ることが多く、勤務希望日を記したシフト表も1週間ごとに提出しおり、「会社が主張する日々雇用契約と、実際の労働実態はあまりにも乖離していた」のが実感です。
雇用形態が明記される「労働条件通知書」も会社は男性に交付していませんでした。それでも会社側は、男性とは日々雇用契約だったという姿勢を崩さなかったといいます。
こうした事情から、休業手当の支払いを受けることが難しく、男性はやむなく政府が新設していた「休業支援金」の活用を検討しました。休業手当を支払ってもらえない働き手が政府に直接申請してお金を受け取れるもので、申請の受け付けも始まっていました。
ところが――。
「会社が『大企業』にあたってしまうことが分かったんです」
休業支援金は、申請ができるのは「中小企業」で働く働き手、と限定しています。中小企業の定義は、業種ごとに資本金や従業員数などで決まります。男性が会社に問い合わせると、「当社は中小企業の分類に当てはまらないので、(休業支援金は)利用できない」という回答だったのです。
国は、日々雇用やシフト制、登録型派遣など様々な働き方をする人についても、休業前の半年以上にわたって、月4日以上の勤務実績を確認できれば、休業支援金の対象になるとしています。しかし、「中小企業に限る」という規定はそのままです。
結局この男性は、休業手当も休業支援金ももらえませんでした。納得できず、個人で入れる労働組合に加入し、会社側と団体交渉。数カ月を要しましたが、解決金を得たといいます。
それでも、男性はなお、勤め先の規模によって国の支援金が使えないことに憤りを隠しません。
「勤め先が大企業に分類されるだけなのに、申請すらできず、門前払いを食う今の制度には到底納得がいきません」
最近では、大手ラーメンチェーン「一風堂」で働くアルバイトの男性が、営業時間の短縮で減るシフト分の休業補償を求めて、会社と団体交渉をしました。男性や加入労組によると、会社側は未定のシフト分については休業手当を払わない方針といいます。会社は大企業にあたるため、休業支援金の申請もできません。男性にはコロナ禍前は月20万円弱の収入がありましたが、5万円ほどになりそうだと心配しています。
野党などは休業支援金の対象を大企業にも広げることを求めています。ただ、菅義偉首相は「大企業労働者の方については、(国が休業手当を払った企業に助成する)雇用調整助成金の特例を活用していただけるよう、企業に対し丁寧に働きかけを行っていきたい」と述べるにとどめており、実現のめどはたっていません。
休業支援金は、結果的に企業の休業手当の支払い義務を免除することから、企業の「モラルハザード」を助長するという負の側面があります。感染拡大で資金繰りが苦しい中小企業ならいざしらず、比較的資金に余裕があるはずの大企業にまでこの制度を広げる必要はない、と政府は考えているのかもしれません。
冒頭の男性が加入した労組、総合サポートユニオンの青木耕太郎共同代表は、休業支援金の有用性は認めつつも、やはり企業に休業手当を支払うよう粘り強く要求することが大切だと考えています。「労働者の生活を守ろうとしないのは、使用者としての最低限の責任すら果たしていないことになるからです」と言います。
労働問題に詳しい嶋崎量弁護士は、「緊急事態宣言でターゲットになった飲食店は、もともと非正規労働者の比率が高く、外国人や女性、学生バイトら立場の弱い働き手が多い。政府は営業の制限を求めるならば、休業手当の支払いを企業に徹底させると共に、働き手に補償が行き渡るように手を尽くすべきです」と話しています。
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