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連載

#12 金曜日の永田町

菅さん、江戸時代より後退していませんか?「地獄」を訴える悲痛な声

就任後、買った本に書かれていたこと

記者の質問を聞く菅義偉首相=2021年1月15日午後、首相官邸、恵原弘太郎撮影
記者の質問を聞く菅義偉首相=2021年1月15日午後、首相官邸、恵原弘太郎撮影 出典: 朝日新聞

目次

【金曜日の永田町(No.12) 2021.01.16】
新型コロナウイルス対策の政府の方針が二転三転しています。「後手」の批判が続く菅義偉首相のもとで検討が進むのは罰則頼みが目立ち、国会報告や記者会見の回避が疑われる策も――。朝日新聞政治部(前・新聞労連委員長)の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

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#金曜日の永田町
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「補償なき自粛」

新型コロナの感染拡大が止まらないなか、菅さんは1月13日、緊急事態宣言の対象地域を11都府県に広げました。「経済を壊したら大変なことになる」と言って、観光支援策「GoToトラベル」の継続を主張していた12月11日から1カ月あまりの間に、政府の対応は急旋回し、緊急事態宣言の対象地域の人口は約7千万人に。日本全体の半数以上になっています。

「1カ月後には必ず事態を改善させる」と訴えて、首都圏に緊急事態宣言を出しましたが、思うように街の人出は減りません。その焦りから、菅さんは対象地域を広げた記者会見で、更なる行動制限を求めました。

「不要不急の外出については、飲食店が閉まる夜8時以降だけでなく、日中も控えていただくよう、お願いをいたします」

しかし、この1月13日の記者会見は国民・市民へのお願いに力点が置かれ、新たな支援策の説明はありませんでした。緊急事態宣言の影響を受ける範囲が広がり、「あらゆる方策を尽くし、国民の皆さんの命と暮らしを守ります」と言っているにもかかわらずです。

そうした政府の姿勢に翻弄(ほんろう)されている一つが、文化・芸術です。

映画と演劇、音楽の3業界のメンバーが昨年立ち上げたプロジェクト「WeNeedCulture」は今週、国会議員に対する緊急要望を行いました。1月13日付の要請文には次のように書かれています。

「今般の感染拡大の状況下から、第二次緊急事態宣言が今月7日に発令されました。それに伴い、午後8時での閉場が法律によらない『働きかけ』として呼びかけられています。この『働きかけ』は、ライブハウス/クラブの全面的な営業停止、演劇の夜公演の中止、映画館のレイトショー上映の中止を意味します。演劇においては50%、映画では25%の営業時間の短縮がそのまま売り上げの減少に直結します。こうした文化施設に携わる者たちの存亡にかかわる問題が、法律にもよらず、何らの補償の提案もないままになされていることを、私たちは当事者として看過するわけにはいきません」

つまり、補償なき自粛要請になっているのです。

例えば、都内で1月末にミュージカルの公演を予定していた劇団は、出演者と観客の安全確保が難しいと判断し、中止を決めました。準備に少なくとも300万円以上かかってきましたが、収入はゼロ。前売りチケットの返金という辛い作業も待ち受けています。

経済産業相の梶山弘志さんは1月12日の記者会見で、「1都3県で予定されていた音楽コンサート、演劇、展示会などの開催を自粛した場合、開催しなくてもかかってしまう会場費等のキャンセル費用を支援する」と述べましたが、いまだに政府のホームページに具体的な対応は示されていません。1月15日の午後、経産省の担当に確認しましたが、「まだ補助率や対象など調整中」という回答でした。

劇団の主宰者は、今回の公演にあたって、政府の支援策「GoToイベント」を活用して準備を進めてきました。

「『GoTo』キャンペーンの一環で、停止されました。しかも、『GoToイベント』は1月31日までが対象なので(※1月15日にオンラインイベントを対象に2月28日まで延長)、6月まで延長される『GoToトラベル』と違い、全くなかったことになってしまいました。申請から認可まで2カ月もかかり、ようやく割引チケットを売り出した直後に停止です。この政策で、利益を得たのは、事務局を請け負った代理店だけだと思う。直接支援してくれる方がよほどいいです。進むも地獄、やめるも地獄という状況です」

「WeNeedCulture」のメンバーが年末年始、文化芸術にたずさわる人を対象に呼びかけたアンケートには、5378件の悲痛な訴えが詰まっています。「先々の新しい仕事の依頼が全くない」「コロナ禍で死にたいと思ったことがある」という回答も、それぞれ3割超に上っています。

看板支援策の打ち切り

このアンケートでは、「持続化給付金が再びあったら、必要なので申請する」という回答が9割を占めました。「もっと簡素な手続きにしてほしい」という要望もありますが、コロナ禍の対策として「持続化給付金」が一定の認知をされている状況がうかがえます。

「持続化給付金」は、「家賃支援給付金」と並び、前回の緊急事態宣言で設けられた中小企業支援策の柱です。支給業務の大半が「サービスデザイン推進協議会」から広告大手の電通に再委託されていたことが問題になりましたが、梶山さんの記者会見によると、1月14日時点で、434万件の申請に対し、約405万件、5兆3千億円を支給しています。

しかし、政府は今回、「持続化給付金」と「家賃支援給付金」をいずれも打ち切り、飲食を中心とした新たな支援制度に切り替える方針です。新型コロナ担当相の西村康稔さんは1月13日の国会で、「今般の宣言は全国対象ではない。飲食を中心としたリスクの軽減に焦点を絞っている」と変更の理由を説明しました。

国民民主党代表の玉木雄一郎さんは1月13日の衆院内閣委員会で、「いつから給付が受けられるのですか」と尋ねました。

中小企業庁の担当部長は「現在、制度の詳細を詰めておりますので、『今直ちに』ってことは申し上げられませんけれども、事務局の入札などを行いまして必要な手続きをとって受け付けさせていただくことになります」と答弁。申請の受付が「3月ぐらいになって開始」との見通しを示しました。

玉木さんは「やっぱり今からもう一回、入札するんですか?持続化給付金の仕組みは、いろんなことがありましたけれども、電子申請もできるし、比較的よくできている。これを使ったらいいじゃないですか。今はスピードが大事なんです」と提案。他の野党議員も「持続化給付金」を継続して、支援策に活用するよう求めました。

政府は1月15日、「持続化給付金」と「家賃支援給付金」の申請期限をそれぞれ2月15日まで1カ月延長すると発表しました。ただ、申請できるのは昨年の減収分。今回の緊急事態宣言による減収には対応しない内容のままです。

「私どもは前からずっと、延長したらどうかと言っていたんです。それを(申請の)最後の日の午前中になってようやく、大臣が延長しますなんていう話は、とても政策的な一貫性があるとは思えない。まさに菅内閣を表す典型的な事例」

記者団に政府対応を問われた立憲民主党国会対策委員長の安住淳さんはこう指摘し、間を置いてつぶやきました。

「信頼感がなくなりますよね、こういうことをやっていると」

持続化給付金の申請のウェブサイト
持続化給付金の申請のウェブサイト 出典:https://www.jizokuka-kyufu.jp/

狙いは国会回避?

菅さんは対策の遅れを挽回(ばんかい)するように、政府や自治体が強い権限を行使できるような法改正の準備を進めています。新型コロナ対応の特別措置法と感染症法の改正です。1月末から審議に入り、2月初旬の成立を目指しています。

目立つのは、ペナルティーの創設です。

・緊急事態宣言下で事業者が都道府県知事からの休業や営業時間短縮の命令に応じなかった場合、50万円以下の過料
・緊急事態宣言の前段階として「予防的措置(仮称)」を新設し、緊急事態宣言と同様に命令に応じなかった場合、30万円以下の過料
・入院措置に従わなかったり、保健所の疫学調査を拒否したりする人への刑事罰
・コロナ病床を増やす勧告に応じない医療機関名を公表

このような方向で検討が進んでいますが、昨年から特措法の改正などを主張していた野党からも疑問の声が上がっています。

新型コロナで亡くなった羽田雄一郎さんの後任の参院幹事長に就いた立憲民主党の森ゆうこさんは1月15日、「自分たちの無策を(棚に上げて)、法律に強制力がないからとして、いきなり罰則という話はおかしい」と記者団に指摘しました。

136の学会が加盟する「日本医学会連合」も1月14日、今の感染症法が、かつて結核やハンセン病などの患者が「蔓延防止」の名目のもと強制収容され、著しい人権侵害が行われた歴史的反省のうえに成立した経緯を指摘。感染症法改正において、刑事罰や罰則を伴う条項を設けないよう求める緊急声明を出しています。

新設する「予防的措置」にも警戒が広がっています。

現在の「緊急事態宣言」は、発出にあたって、事前の国会報告や「最長2年」という縛りがあり、首相による記者会見の実施も慣例となっています。

しかし、「予防的措置」には、緊急事態宣言並みの休業要請などができるのに、そうした縛りが不明なのです。国民民主党の山尾志桜里さんは1月14日付の「note」で、次のように危険性を指摘しました。

「『予防的措置』だと、政府は国会に対して報告しなくてよくなる!なぜ『予防的措置』をつくるのかという問いに対して、政府の本音は案外ここにあるかもしれません(絶対そうは言わないけど)。同じ休業要請するにしても、緊急事態宣言だと国会報告が必要ですが、『予防的措置』なら不要なのです。国会をスルーできるのです。国会閉会中でもできてしまうのです。総理の一存でできてしまうのです」
【政府のコロナ特措法改正案にみる5つの大問題を速報します】|山尾志桜里|note
宿泊療養施設でPCR検査のために設けられた専用ブース=2020年5月8日、札幌市南区
宿泊療養施設でPCR検査のために設けられた専用ブース=2020年5月8日、札幌市南区 出典: 朝日新聞

「自助・共助・公助」の先人の教え

さて、菅さんは昨年12月30日、首相就任後初めて書店を訪れた際、歴史学者の磯田道史さんの著作『感染症の日本史』(文春新書)を購入しました。

その中には、江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山の事例が紹介されています。上杉鷹山は、「自助(自ら助ける)」「互助(近隣社会が互いに助け合う)」「扶助(藩政府が手を貸す)」の「三助」で知られています。菅さんが掲げる「自助・共助・公助」につながるものです。

磯田さんの本によると、上杉鷹山は天然痘ウイルスを病原体とする感染症が広がったとき、他藩で見られた隔離政策とは一線を画し、生活困窮者を洗い出して支援することや、「御国民療治」という言い方で、医療の無償提供や格差の是正などに力を入れたといいます。

磯田さんは本のなかで、次のように指摘しています。

「感染症流行時の『生活支援』『医療支援』は、国民として当然、享受してよい権利(=国民療治)です。国民は税金をそのために払っています。観光キャンペーンに兆単位の税金を使いながら、コロナ患者を診る看護師の困窮に無策もしくは『遅策』なのは問題ではないでしょうか。医療現場の自己犠牲に頼るパンデミック対策であってはなりません。古文書を読んでいると、『江戸時代の我々より後退していないか』と鷹山に叱られているような気になります」

1月18日から国会が始まり、菅さんは施政方針演説を行います。故事などを交えながら、1年間の政権運営の方針を示す大事な演説になります。さて、菅さんは果たして、購入した磯田さんの本を読んだのでしょうか。

 

朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。

《来週の永田町》
1月18日(月)通常国会開会式。菅首相が施政方針演説
1月20日(水)立憲民主党の枝野幸男代表らが菅首相に代表質問(22日まで)
1月21日(木)2019年7月の参院選をめぐり、公職選挙法違反(買収)の罪に問われた河井案里参院議員に対する東京地裁判決

     ◇

南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。

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