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話題

1985

「狂犬にガバッっと…」地下芸人チャンス大城が明かした〝いたずら〟

神父さんも震えた衝撃のエピソード

チャンス大城さん=写真はすべて山本裕之撮影
チャンス大城さん=写真はすべて山本裕之撮影

目次

「あ、どもども、お父さん、ごぶさたしてます」。昨秋、知る人ぞ知る「地下芸人」チャンス大城さんに、自身の父親についてお話を聞く機会がありました。記者の目の前で本人に電話をしてくれたチャンスさん。〝狂犬〟に襲わせてしまった過去、息子も知らなかったお父さんの複雑な生い立ち……。チャンスさんに勝るともおとらない、チャンスパパの笑える話、ホロリとする話をお届けします。 (東京社会部・宮崎亮)

お父さんのいびきは「ウオーイ、ウオーイ」

取材をしたのは、朝日新聞の教育面にある 「おやじのせなか」という企画。沖縄出身で小さい頃から大阪の孤児院で暮らしたお父さんの話を語ってもらいました。


(おやじのせなか)チャンス大城さん 「人生まだ七回表」励みに

〈そのとき書けなかった話の中には、お父さんのこんな衝撃エピソードも。〉
父親はブラジャーの金具工場の職人でした。夜勤をやってて、昼間は部屋を真っ暗にして寝てるんですね。いびきがうるさい父親で。どんなんか言うたら、ウオーイ、ウオーイって。
 「これ、外野で守ってんのかな」みたいな。

地元の尼崎は野良犬が多かった。夏休み、サイトウくんって子と家の前にいたら鉄の口輪をはめている野良犬がいたんですよ。気性の荒い犬です。あの犬どうやって飯食ってんやろ? と後を付けると、近くのおばあちゃんが口輪を外してご飯と水をあげてた。僕らは「そういうことやったんや」って。

翌日また通りかかった口輪の犬をサイトウくんが捕まえて、僕の家に入っていくんです。「何してんねん」って言ってるうちに階段を上がって。父親の部屋の前に犬を置き、口輪を外して部屋の中に入れまして。

そしたら、ウオー、ウオーという父親のいびきが途中で「ウワッ! 痛い! ああイターっ」って。部屋から顔が血だらけの父親が出てきて、言いました。

 「状況を説明してくれ!」

僕、胸ぐらつかまれて。ほんでサイトウがアホやから全部言うんですよ。
「こう、口輪した犬をですね、お父さんの部屋に入れまして。たぶんお父さんの顔面をかんで、血だらけになったんでしょうな」って。
 父親がもうキレて、サイトウと僕を殴ったんですよ。親に初めて殴られました。
チャンス大城さん
チャンス大城さん

親子の懺悔に神父がまさかの反応

<1週間後、クリスチャンのチャンスさん一家は、教会のミサに出かけます。後日談についてチャンスさんの語りが続きます>

年に1回の「懺悔」がありまして。懺悔室に家族ごとに呼ばれて、大城家の順番が来ると、最初が僕。部屋の中に小窓があって、向こうに神父さんがいるんですね。パカッと小窓が開いて、神父さんが「父と子と聖霊と……天にまします我らの父……あなたの悪い行いを言いなさい」って。
 僕が「夜勤で寝てる父親が……」って。最後に「ほんま悪いことしました」って言うたら、小窓が閉まったんですね。「え、神父さん?」って言ったらまたパカッと開いて。神父さん後ろ向いて震えてる。爆笑こらえてるんです。

次は父親の順番です。声が大きいので、外まで声が聞こえるくらいでした。

 「あのねー、寝てたらね、息子があのー、狂犬の野良犬を部屋に入れてきましてね。その犬にガバッっとかまれましてね」
 そしたら小窓が閉まった。「神父さん!」って父親が言うと、またパカッと開いて。「神父さんこれ見てもらえますか?」って傷見せたら、また閉まって。
 父親が外に出てきて「窓開けへんねん」って言うので、みんなで開けてみたら神父さん、息できへんくらい笑ってまして。
 神父さんが「あの、ゆるしてください!」って言って。神父さんがゆるしを得ようとしてたって話です。 ……すんません。ちょっと長すぎましたね。こんなん新聞に入らないですね。

<はい。入らなかったので今回書きました。教会で親たちが演じる聖劇の話ではお母さんも活躍します。今度はチャンスママについてのエピソードです>

感情が入りすぎたお母さん

マリア様が馬小屋でキリストさんを生むシーンから始まります。マリア様役は友だちの美人のお母さん、うちのオカンはその馬小屋にいた羊の役です。でも、すごい目立ちたがり屋で。脇役やのに大きな声で「メェェーー」言うて。マリア様のセリフ、食ってくるんですね。で、マリア様から注意されて。「ちょっと羊、静かにしてくれる?」って。アドリブでね。

父親はガリガリに痩せてるんですけど、それがキリストに似てるんでキリストをやった。最後に十字架に張り付けにされるシーンがあります。母親は羊の役が終わり、次は庶民役です。

庶民はみんな「キリスト様~」って言ってんのに、感情の入りすぎた母親だけ「お父さーん、お父さーん」って泣く。そのままキリストが天に召されるんですけど、ずっと「お父さーん」って。なんかこう、グダグダになりました。

ようやく本題に… 記者の前で父親に電話取材

<ようやくここで、お父さんの幼少期の話を尋ねました。「おやじのせなか」取材では通常の取材です>

いや、父親は沖縄出身なんですけど、昔の話は酔った時に少しするくらいで。そうだ、父親は孤児で、疎開でそのまま関西に……小さい頃は施設にいて。戦争孤児? うーん……すいません。普通、親のそういうのって聞きますよね。

電話します。事前に聞いといたらよかった。ごめんなさい、気が利かなくて。
チャンス大城さん
チャンス大城さん

<ここでチャンスさん、記者の私の目の前で携帯を耳にあて、実家に電話します>

ごめんなさいお母さんいまね、ちょっと取材を受けてて。お父さんいます?

あ、どもども、お父さん、ごぶさたしてます。

あのね、ちょっと聞きたいんですけど、お父さんは戦争があって、対馬丸で船に乗って出てきて……?

<電話口から「そうそうそうそう。疎開や」とお父さんの声。会話の中で、九州へ疎開した幼き日のお父さんの母親は継母だったという話、その後お父さんだけが大阪に出て、孤児院で暮らしたという複雑な過去が判明します。「初めて知りました」とチャンスさん。私は思わず、「すいません、こんな大切な場に立ち会わせてもらい」と謝りました>

チャンス大城さん
チャンス大城さん

いじめられ、何カ月も笑えない日々の中

<「おやじのせなか」ではチャンスさんが経験した壮絶ないじめの話も書きましたが、こんな逸話も>

中1の時、母親に連れられていった「うめだ花月」っていう劇場で新喜劇の間寛平師匠をみました。すごい面白かった。僕は毎日いじめられてて、もう鬱病っていうか何ケ月笑ってないやろってくらいでした。そんな僕でも笑いましたもん。「明日からまた地獄のいじめの生活が待ってる」ってのを一瞬忘れられた。

翌日の朝お風呂に入ってるとき、「俺、芸人になろう」って思ったんですよ。

しばらくは学校で面白いことも言えなかったけど、中2でダウンタウンさんの番組「4時ですよーだ」の素人企画で優勝しました。

中3の時、吉本興業のタレント養成所の「NSC」の募集に応じ、オーディション受けて入りました。千原兄弟さんの同期なんです。

母親は「早く売れてくれ。私も世に出たい」って。芸人になった後、母親が勤める老人ホームで、僕と2人で漫才したこともあるくらいお笑いが好きで。

<しかし、周りのレベルが高すぎて、中3の冬には行かなくなってしまいます。高校を出てもう1回入り直したそうですが、コンビで売れず、チャンスさんは23歳 で上京してピン芸人に>

全然だめで。公民館の和室とかで勝手にライブやったりとか。「自称芸人」でした。長く事務所も入っていなくて。6年前に父親と東京で飲んだとき「僕は大城家の失敗作です」って謝りました。父親は「まだ七回表や」と励ましてくれました。まだぎりぎり30代 だったんで、「もう七回か!」って思いましたけど。

一緒にサウナも行った。僕が「天国って平日のサウナみたいなとこだったらええな」って言うと父親は「きょうは天国の試運転か? アホまだ死なんわ」。

最近はテレビに続けて出られるようになり、父親はびっくりしてます。「前までは川に石投げたらポチャーンって沈んだのに、いまはなんかポンポンポンってはねるようになったな」って。面白い例えですよね。
チャンス大城さん
チャンス大城さん

取材を終えて

チャンスさんは、もっと売れて、いつか両親を欧州の有名な教会に連れて行ってあげたいそうです。取材でも、とても優しい人柄が感じられました。

私がひそかに楽しみにしているのは、チャンスさんが「いつかテレビで」と言っていた、お母さんとの漫才です。直近のM-1では準々決勝の前説をしたチャンスさん。いつか母子コンビでの出場があるかも?

          ◇
ちゃんす・おおしろ
お笑い芸人 1975年、兵庫県尼崎市生まれ。長く事務所に属さず、知る人ぞ知る「地下芸人」として知られる。2018年、デビュー時に所属した吉本興業に復帰。同年、「人志松本のすべらない話」でブレーク。直近では「さんまのお笑い向上委員会」「ドキュメンタル」などに出演。

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