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ネットの話題

印刷は終わった…削ると一変 スクラッチ年賀状作った印刷屋の心意気

「印刷は終わった」で始まるサンコーの年賀状。銀色で覆われた部分を削ると……=写真はいずれもサンコー提供
「印刷は終わった」で始まるサンコーの年賀状。銀色で覆われた部分を削ると……=写真はいずれもサンコー提供

目次

印刷は終わった これからはネットの時代だ――。こんな書き出しで、文章の半分を伏せたユニークな年賀状を東京都墨田区の印刷会社がつくりました。一見、自社の事業を否定するような内容ですが、伏せた部分が削れる「スクラッチ印刷」で、削っていくと別のメッセージが浮かび上がってきます。有薗悦克社長(46)に話を聞くと、祖父の代から続く会社を時代に合わせて進化させようとする「町の印刷屋」の心意気が込められていました。

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宝くじのように削れる「スクラッチ印刷」を使用したサンコーの年賀状
宝くじのように削れる「スクラッチ印刷」を使用したサンコーの年賀状

悲観的な内容が決意表明に

スクラッチ年賀状をつくったのは、墨田区にある従業員約20人の印刷会社サンコーです。取引先などへ約千枚刷ったそうですが、削られる前の内容は、「データが取れない」「用事が済んだらゴミになるだけ」「時間もかかる」などと悲観的な言葉ばかり。最後も「だからデジタルには勝てない。残念ながら印刷の時代は終わった」と新年のあいさつには似つかわしくありません。

印刷は終わった
これからはネットの時代だ。印刷は作った分だけコストが増えていくし、印刷したらもう修正できない。
消費者の行動履歴を追えなくて、マーケティングデータが取れない。
出来上がった印刷物は時間とともに汚れるし破れるし、用事が済んだらゴミになるだけだ。
完成までたくさんの段階があって時間もかかるし、何度もやり直したりして無駄なことも少なくないかもしれない。
だからデジタルには勝てない。残念ながら印刷の時代は終わった。
株式会社サンコー
削られる前の年賀状の内容

しかし、銀色の部分を削っていくと内容が一変します。「ネットの時代だ」の後には「本当にそうだろうか」と続き、「ゴミになるだけだ」に対しては「チラシで作った紙ヒコーキは僕らの宝物だったし、時間とともに汚れ破けた教科書は自分のものだとすぐにわかった」。モノとしての紙の価値を問い直し、「情報を伝えるメディアから、五感で伝わるメディアに。これからが印刷の時代」と力強い決意表明となっています。

印刷は終わった
これからはネットの時代だ。本当にそうだろうか。
印刷は作った分だけコストが増えていくし、印刷したらもう修正できない。だからこそ伝えたいことに向き合うし、ミスが許されない緊張感は良いコンテンツを生み出す。
消費者の行動履歴を追えなくて、マーケティングデータが取れない。そのかわりモニタに影響されない色を表現でき、モノとして手元に残る。
出来上がった印刷物は時間とともに汚れるし破れるし、用事が済んだらゴミになるだけだ。チラシで作った紙ヒコーキは僕らの宝物だったし、時間とともに汚れ破けた教科書は自分のものだとすぐにわかった。
完成までたくさんの段階があって時間もかかるし、何度もやり直したりして無駄なことも少なくないかもしれない。そこには多くの人の「おもい」がこもっていて、手触りや雰囲気とあわせて簡単に捨てられない「おもさ」がある。
だからデジタルには勝てない。残念ながら印刷の時代は終わった。そうじゃない。そうであってはいけない。私たちは印刷の力を信じる
情報を伝えるメディアから、五感で伝わるメディアに。
これからが印刷の時代
株式会社サンコー
年賀状の全文
すべて削ると内容が反転する
すべて削ると内容が反転する

新しい時代の紙の価値とは

例年は干支をあしらった年賀状をつくっていたというサンコー。スクラッチにしたのは、新型コロナウイルスがきっかけでした。

「紙の印刷物は、人が動く、人と人とが出会う場面で情報を伝えるメディアですが、コロナの感染拡大でその機会が大きく減りました。相次いだイベントの中止は、チラシやポスターの印刷などで影響を受けました」(有薗社長)

一方で、「情報を伝えるだけの紙の役割は薄れつつあるのでは」とも感じていたという有薗社長。機能としての価値ではなく、使う人の感性を刺激するような紙の価値を考えていきたい――。社会情勢の変化と業界の行き詰まりに思いをめぐらせていたところ、今年の年賀状を制作するタイミングと重なりました。

「例年通り、『あけましておめでとうございます』を伝えるだけの年賀状ならもうやめてもいいのではとさえ思っていました。続けるのであれば、新しい時代の紙の価値を考えられるものにしたい。年賀状を送る営業のチームにそう伝えたところ、従業員から『削る』というアクションが生まれるスクラッチ印刷はどうかと提案がありました」

サンコーの有薗悦克社長
サンコーの有薗悦克社長

削ると内容が反転、ツイッターで反響

提案を受け、すぐさま実現に取りかかった有薗社長。過去にスクラッチ印刷を手がけたことのあるデザイン会社「インクデザイン」に相談し、覆われた部分を削るとメッセージが反転していくデザインが決まりました。すべて削ったところでサンコーが本当に届けたい思いが浮かび上がる。その言葉は有薗社長が考えました。

「ペーパーレスの流れもありますし、『印刷は終わった』と思われている部分は確かにある一方、無くなってしまうものではありません。これから紙の印刷物が残るとしたら、どんな形があるだろう。改めて考えたときに、『五感で伝わるメディア』に変わっていくんだという決意がより強くなりました」

メッセージ自体は自社で印刷し、スクラッチの部分は専用のインク印刷ができる会社に。ツイッターでも紹介したところ、「素敵すぎる」「この年賀状ほしい」などといった反響が集まりました。「美大でデザインを学んでいる人など、若い方たちに多く共感してもらえているようです。ツイッターを始めて1年半ほどになりますが、こんなにリアクションがあったのは始めてなのでうれしいですね」

仕事の価値を再定義

有薗社長の祖父が製版会社として1967年に創業したサンコー(当時は三幸写真製版)は、父親の代でデザインや印刷まで手がける総合印刷会社となりました。2013年に有薗社長が家業に戻ってからは「お客様の『おもいをカタチにする』」を事業の基盤に据え、取引先のブランディングの分野にも拡張しています。

多角化は有薗社長のキャリアが反映されています。大学卒業した1997年に「カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)」に入り、TSUTAYAのフランチャイズ営業や店舗開発を経験。2006年からはCCCが資本・業務提携した新星堂に出向し、経営企画や社長室で会社の経営再建に奔走しました。

新星堂時代に痛感したのは、デジタル化に伴い縮小するCD市場です。「立て直しに懸命でしたが、店舗販売がメインの会社にとっては、どうやってもあらがえない荒波でした。経営層が一新されたタイミングで退社し、家業を継ぐ準備に入りましたが、印刷業界も構造は似ていたので父とともに事業の見直しに取りかかりました」

見直しにあたって大事にしたのは、会社の軸を明確にすること。「畑違いのことをするのは難しい。従業員とも議論しながら、培ってきた印刷事業の経験から『おもいをカタチにする』会社と、その価値を再定義しました」

サンコーを支える職人たち
サンコーを支える職人たち

2015年にクリエイター専用シェアオフィスの「co-lab墨田亀沢」の運営も始めたのもその一環です。「デザイナーの方たちとの距離が近くなり、色々な取り組みができるようになりました」。スクラッチ印刷を相談したインクデザイン社もシェアオフィスの会員です。

「年賀状に込めた思いは自社だけでできるとは思っていません。お客様の思いを丁寧にすくい取り、デザイナーとも向き合って、最後は培った技術で具現化していく。その中で紙の新しい価値も発信していければと思います」

現在約40人が登録しているというクリエイター専用シェアオフィスの「co-lab墨田亀沢」
現在約40人が登録しているというクリエイター専用シェアオフィスの「co-lab墨田亀沢」

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