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紀平梨花選手の足首ぐるぐる…何のため? フィギュアの靴の奥深さ

靴だけで10万円、4回転で折れることも

刃を研ぐ田山さん=2020年10月27日、大阪市北区、橋本佳奈撮影
刃を研ぐ田山さん=2020年10月27日、大阪市北区、橋本佳奈撮影

目次

フィギュアスケートの紀平梨花選手が靴にぐるぐるテープを巻いている様子が、以前テレビで放送されました。あれって何のため?トップ選手は3カ月に1回、新調するというスケート靴。刃の調整などは、靴職人との「二人三脚」で仕上げられます。14年間の競技歴がある筆者が、その最前線を取材しました。

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フィギュアスケートの靴の作り

スケート靴は、フィギュアスケート、スピードスケート、アイスホッケーの主に3種類があります。
フィギュアスケートのシングルの選手用は、ジャンプやスピン、ステップなど様々な動きができるような作りになっています。

ジャンプをするときに衝撃を吸収するため、頑丈でかつ曲げ伸ばしをスムーズにできるように革が用いられることが多いです。

刃の部分(ブレード。フィギュア選手は『エッジ』と呼ぶことが多い)は、つま先(トウ)にぎざぎざがあるのが特徴です。ぎざぎざがあることで、ターンやスピン、ジャンプなど様々な技が生み出せます。初心者用はつま先のぎざぎざが小さいですが、選手用はつま先を突いて跳ぶ「トゥジャンプ」があるため、より大きくなっています。

さらに、刃(ブレード)は包丁のような薄さではなく、厚さが3~4ミリあります。親指側の「インサイド」小指側の「アウトサイド」に体重をかけることで、カーブをうまく描けるようにしています。

イラスト=橋本佳奈
イラスト=橋本佳奈

すすむ軽量化と強度

フィギュアの靴は、軽量化が進んでいるといいます。ジャンプをするときに足に負担がかかってしまうため、強度を保ちつつ軽くすることにメーカーはしのぎを削っています。

筆者がスケートを始めたばかりの1990年代は重い靴で滑っていました。足にダンベルを付けながらトレーニングをしているような気分でした。今は新素材で革よりも軽いマイクロファイバーや樹脂、さらにカーボンを使うメーカーもあるといいます。

高橋大輔選手や紀平梨花選手ら、トップ選手の靴の調整を担当する「小杉スケート」の田山裕士さん(60)は、「新素材は軽い一方、強度を保つのに課題もあります。革は少しずつ柔らかくなりますが、新素材は負荷がかかったところが急に折れてしまうこともあるんです」と話します。

小杉スケートで革のスケート靴の片足の重さを量ってみると、大体、刃もつけて男性の靴で片足1.2キロくらいでした。

刃(ブレード)の軽量化も進んでいます。もともとブレード全体が鉄で出来ていましたが、近年、氷と接する刃以外の土台部分は軽量化の為、航空機素材のジュラルミンを使っているメーカーもあるといいます。

スケート靴の裏=2013年7月12日、明治神宮アイススケート場、後藤太輔撮影
スケート靴の裏=2013年7月12日、明治神宮アイススケート場、後藤太輔撮影

外国製と日本製の違い

スケート靴はメーカーの規模が小さいこともあり、海外のメーカーが多いのが現状です。多くのトップ選手は、海外のメジャーなメーカーを使っています。たとえば、ジャクソンやリスポート、エデア、グラフなどです。

ジャクソンは、ネイサン・チェン(米)、エデアは羽生結弦選手が使っていましたし、リスポートはアレクサンドラ・トルソワ(ロシア)が使っています。海外のメーカーは、より軽量な新素材を使用し、最新の機能が備えられています。

一方、日本のメーカーの良いところは、フルオーダーができるところです。日本人の足は幅が広いため、海外の靴だときつい、ということがほとんどです。今は海外の靴で既製品でも靴専用オーブンで温め、靴自体を柔らかくして足に合うよう成型出来る靴もありますが、限度があります。小杉スケートでもフルオーダーで靴を作っているといい、微修正が可能だといいます。

トップ選手は靴だけで約10万円

トップ選手が履く靴は靴の部分だけで約5~10万円、刃の部分でも10万弱します。値段が張っても、しっかりした作りの靴を選ばないと怪我をしやすくなってしまいます。筆者も長年スケートをやってきましたが、試しに貸し靴で滑った際には、足首がぐにゃぐにゃしてしまい、安定せず全然うまく滑ることができませんでした。田山さんは「初心者でも、靴と刃を合わせて3万円くらいのものを選んだ方がいい」と話します。

替え時を見分けるサイン

新しい靴は足首のところにしわがない=2013年7月12日、明治神宮アイススケート場、後藤太輔撮影
新しい靴は足首のところにしわがない=2013年7月12日、明治神宮アイススケート場、後藤太輔撮影

スケート靴は新しい靴に慣れるまで時間がかかります。筆者はだいたい1週間くらいかかりました。革の場合、少しずつ足になじんでいくため、最初はとても硬く、靴擦れや豆が出来てしまうこともあります。

特に、指の付け根の骨や、くるぶしなど、出ている部分がぶつかります。一般の靴に使うシリコンの靴擦れ防止のパッドや、低反発のスポンジなどをはさんで慣れさせます。

本格的にスケートをしている場合は、1年~1年半くらいで替えることが多いです。替え時のサインは、足首のところにできるしわです。練習していくうちに、消耗も激しくなっていきます。トップ選手だと4回転ジャンプをするため靴に大きな負荷がかかります。滑り続けると、足首のところに深いしわが入ってしまいます。そうすると、足首の強度が下がってしまい、足首を痛めてしまう可能性があります。

田山さんによると、2014年のソチ五輪に出場した町田樹さんは、4回転を跳んで右足で着氷したときの衝撃が強いため右足の消耗が早く、3カ月に1度は靴を替えていたそうです。五輪前の13年12月末の全日本選手権の直前には右の靴にしわが入り、急きょ右の靴だけ新しいものに替えたといいます。4回転を跳ぶようなトップ選手は3カ月くらいしか持たないことも多いそうです。

足首のぐるぐるテープの正体

紀平梨花選手が足首にぐるぐるテープを巻いているのが、以前テレビで映されました。それは、靴がへたってきた時に、足首の曲がり具合によってジャンプを跳ぶときの感覚も変わってしまうため、足首にテープを巻いて強度を上げて微調整しているからなのです。足首にわずかにでもしわが入ってしまうと、着氷するときにぐにゃっとなり、ジャンプを跳び上がるときに上手く力を使えなくなってしまいます。靴の足首の強度はフィギュアスケート選手にとって命取りなのです。

田山さんによると、多くの選手が使っているのは、水道管に使うビニールテープや、アイスホッケーのストッキングを固定する透き通ったテープだといいます。

替え時より前だとしても、自分が一番ちょうどいい足首の曲げ具合に微調整することができるので、テープは重宝します。さらに、大会の時などは、靴のひもがほどけるのを防止する役割もあるので、筆者も毎回使っていました。

小杉スケートで販売していたエッジカバー。組み立てて使う。最近は香り付きのものもある=橋本佳奈撮影
小杉スケートで販売していたエッジカバー。組み立てて使う。最近は香り付きのものもある=橋本佳奈撮影

機械と人力で繊細に研ぎ上げる

スケート靴の刃も定期的にメンテナンスが必要です。刃が落ちてしまうと、ジャンプをするときなど氷をとらえきれず、そのまま足を取られて転んでしまいます。(氷をうまくとらえられないことを『抜ける』といいます)

一方で、研ぎすぎると今度は刃が氷に引っかかってうまく滑れません。大体、大会の1週間前には研いで慣らしてから本番に臨んでいました。物を踏んだりすると刃がかけてしまい、使い物にならなくなるため、リンクサイドに上がると、樹脂製のエッジカバーを付けて保護します。

田山さんは、取材した日、飛び入りで持ち込まれた刃を研いでいました。まず電動の研磨機で研ぎます。そのとき、きちんと水平に削れているか確認するため、平らな磁石を刃の上に乗せて確認します。機械だと刃がかけた部分をしっかり落とすことができ、さらに均一に研ぐことができます。さらに、円柱の研ぎ石をぬらして手で研ぎます。最終的に微調整するためと、表面をつるつるにならすためです。

①機械で刃を研ぐ=10月27日、大阪市北区、橋本佳奈撮影
①機械で刃を研ぐ=10月27日、大阪市北区、橋本佳奈撮影
②平らな磁石でゆがみがないかチェック
②平らな磁石でゆがみがないかチェック
③仕上げは研ぎ石を使い、手作業で研ぐ
③仕上げは研ぎ石を使い、手作業で研ぐ

最近はファンション性も

初心者や女性は少ないですが、4回転を跳び、しのぎを削るトップの男子選手は刃を折ってしまうことも多いといます。田山さんは「男性は体重が重いことで、着氷のときの衝撃がより強くなります」と説明します。靴のトラブルがあることを想定し、トップ選手は大会には2足のスケート靴を用意していく場合もあるそうです。

最近は、ファッション性の高いスケート靴も増えてきました。スケート靴には、キラキラした石が施してあったり、表に糸で柄が刺繡のようについていたり。刃も、アルミの部分がピンク色や水色などかわいらしいものがあります。本田真凜選手はピンク色の刃を使っており、田山さんが「これにしたら」と紹介したそうです。

選手の競技を支えるスケート靴。足元に注目すると、選手のこだわりが見えてくるかも知れません。

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