連載
#20 Busy Brain
小島慶子さんが考える「ADHDは意志が弱い」という負のレッテル
意志が弱いのか、機能障害なのか、自分では判断できません!
40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが語る、半生の脳内実況です!
今回は、ADHDの特徴とされる「時間管理が苦手」という問題について、なぜ「意志や態度が悪い」とのみくくられてしまうのか、その誤解を分析。また小島さんが「間に合う」ために実践している対策についてお話します。
(これは個人的な経験を主観的に綴ったもので、全てのADHDの人がこのように物事を感じているわけではありません。人それぞれ困りごとや感じ方は異なります)
ADHDの特徴として時間管理が苦手というのがあるのですが、これは周囲の人にはなかなか理解し難いでしょう。時間管理は、心がけと工夫次第でできることだとされているからです。意志が弱いから、甘えているから、怠けているから、あるいは頭が悪いから、約束を守れないのだと。
脳の機能障害は、足が動かないとか目が見えないというのと違って、他人からはどこがどう「普通と違っている」のかがわかりにくいものです。加えて多くの人は「脳は意志の力でコントロールできる」と信じているので、うまくできないことがあるのは心がけが足りないからだと思いがちです。遅れそうになることなんて誰にでも経験がありますよね。
問題は、それが生活する上での障害になるぐらい程度がひどいのか、そうでないのかです。なんとかしたいと思っているのにどうしてもうまくいかず、困っている人もいるのです。
耳の聞こえない人に話しかけて、聞こえないことがわかればそうかと納得するのに、時間管理ができない人に時間を守れと言って「できないんです」と言われたら、態度が悪いと怒ってしまうのはなぜでしょう。それは、耳が聞こえないのはどうにもならないことだけれど、時間を守ることは心がけ次第で誰でもできるはずだと思っているからです。
大抵の人は、夏休みの宿題をサボっていて間に合わなくなり、最終日に半泣きでやった経験が一度や二度はあるでしょう。だから自分は、間に合わない人がどうして間に合わなくなるかを「知っている」と思ってしまうのですね。
発達障害の人に「どうしてできないの?」と苛立つ人も、聴覚障害を持つ人には「なぜ聞こうとしないの?」とは尋ねないでしょう。聞こえないのは「特別なこと」で、多くの人は経験がないからです。発達障害は「よくあること」に見えるので、ただの怠け癖だと思われるのですね。
ADHDの難しいところは、自分でもこの困りごとは障害ゆえなのかそれとも他のことが理由なのか、はっきりとわからないことです。意志が弱いと言われればそうなのか、と思うし、機能障害ですと言われればそうなんだ、と思う。はっきりしているのは”困っている”ということです。
脳は脳の外側に出られない。ADHDは血糖値のように検査して測れるものでもないし、レントゲンに撮って「ほら、ここです」と言えるものでもない。だから本人も「これは機能障害によるものです、こっちは違います」なんて説明できず、はた目には「やる気がない」と見えてしまう。
もちろん、ADHDでも遅れない人もいるし、ADHDではないけれど遅れてしまう人もいます。これを読んで「ははあ、あの遅刻しがちな人はきっとADHDなんだな!」と決めつけないようにしてください。そうかもしれないし、そうでないかもしれません。繰り返しますが、肝心なのは、その人に診断名がつくかどうかではなく、その人が困っているかどうかです。
私は期限に遅れないようにするには非常にエネルギーを使わなくてはならないので、呼吸するみたいに時間管理ができる人の頭の中がどうなっているのか、見てみたいです。いつも目の前に日付と時間が表示されていて、やるべき仕事リストが整然と締め切り順に並んでいるのかしら。予想外のことは起きず、何かを探しているうちに時間が経つなんてこともないのかしら。
私はといえば、スケジュール表とリマインダーと手書きのメモを駆使しても、約束の時間を忘れたり勘違いしたりするし、わかっていてもどうにも作業が終わらず締め切りに間に合わないことが日常茶飯事で、とても困っています。
「今日は10時集合だぞ」とわかっていたのに、シャワーを浴びているうちに「10時半集合だぞ」に書き換わってしまうとか、何度もリマインダーを見ていたのに、今日締め切りの原稿の存在をすっかり忘れてしまうとか。毎度悔しくて、なんでこんなダメな脳みそに生まれたんだ!と泣きたくなります。前もって進めて期日前に終わるのは年に数度しかない奇跡で、いつもバタバタと、目の前に山積した問題を片付けるのに追われています。しかもどれも手抜きできない性分なので、ますます時間がかかるのです。一度倒れ始めたドミノが止まらないように、常に何かが期限を過ぎているため、新しく加わったものに手をつけるのが遅くなってしまうという悪循環です。
大人のADHDについて調べると「難しい仕事を後回しにしてしまう」という特徴があると書いてあります。
これも誰しも経験があるのではないでしょうか? そう、先ほどの夏休みの宿題です。やらなくてはならないのに、なかなか取りかかれない。めんどくさいので、先延ばしにする。で、痛い目に遭って、間に合わせることを学習する。
めんどくさいからではなく、面白そうだから先延ばしにするということもありますね。好物を最後に残すように、しっかり集中してやりたいからまずは目の前のことを先に片付けてしまおう、という理由で後回しにする。私の場合はほとんどこれです。
いずれにせよ、多くの人は子どもの頃から何度も期限を守る練習をして、自然とできるようになるものでしょう。
ところが私はいまだに「自然と」できるようにならず、失敗ばかり。気をつけろよ!!と自分を叱咤激励して色々な工夫をするのですが、反射的に後回しにしてしまったり、ものの見事にポンっと頭から抜けてしまったり。
「優先順位をつければいいんだよ。忘れないように工夫すればいいじゃないか」と、あなたはいうでしょう。そうなのです。色々工夫して、気をつけているのです。ところがどうしてもうまくできなくて、困っているのです。あなたは、夏休みの宿題を笑い話にできるけれど、私は現在進行形で格闘している。そんな簡単なことがどうしてできないのか、理解できないでしょう? それが、脳が違うということです。
対策として、周囲の人にこのような困りごとがあると正直に伝えるようにしています。するとマネージャーや担当編集者は頻繁にリマインドしてくれたり、スケジュールを実際よりも早めに伝えたりしてくれます。私は常に間に合わせたい一心なのですがそれでも遅れてしまうため、社会常識的には、絵に描いたような「ダメ人間」です。心がけで克服できたらどんなにいいでしょう。
でも、自分の力でどうにもできないものは周囲の力を借りるしかありません。手間をかけさせてしまうので申し訳ないなあと思いますが、とても助かります。理由がわからないと周囲も困惑し、やる気がないのかと怒りを覚えることもあると思います。早い段階で「うまくできないので助けてほしい」とお願いすると、前もって手を打ってくれるので、結果としてお互いにストレスが軽減できます。
もしかしたらこれを読みながら、「要はバカなんだな……」と思った人もいるかもしれません。「バカ=頭が働かない」と定義するなら、あなたから見て私はバカでしょう。残念ながら私の脳みそのスケジュール管理部門は、あなたの脳みそのようには、働かないようです。
自分と同じようにできない人を見て「ああ、この人の脳みそは自分よりも劣っているのだな」と思うのも無理はないですが、ちょっと視点を変えて「困っているかどうか」で見てはどうでしょう。格付けするのか、想像するのか、眼差しの違いですね。劣っていると思うのと、困っていると思うのとでは、相手への接し方が全く変わってきます。
劣っている人を振り落とすのか、困っている人を助けるのか。これは社会のありようにも言えることです。生きるのに競争はつきものですが、この「劣っている人を振り落とす」が強く働きすぎると、社会の分断が深まり、不安定になります。
日本もその傾向が強い社会ですから、もしかしたらあなたも「発達障害のある人は足手まといだ。バカなのだから自業自得だ」とつい考えてしまったことがあるかもしれませんね。そんなときは「ところで、その人は具体的に何に困っているのだろう?」と考えてみてください。自分が何も知らないことに気づくでしょう。傍目には向上心のないダメ人間に見えている人が、実はもっとうまくやれるようになりたいと切望していることに気づくかもしれません。
これは障害に限った話ではありません。子どもの学習支援をしている知人が言っていました。「勉強ができないままでいいと思っている子はいないんです。みんな、できるようになりたいと思っている。けれど経済的な理由や家庭の事情などで適切な学習環境や学習の機会が得られず、勉強が遅れ、周囲からダメな子と見なされるうちに諦めてしまう。“勉強なんて嫌いだ、興味ない”と思うようになってしまうのです。機会を与え、環境を整え、励ましながらそばで見ていてあげることで、子どもたちは自然に伸びていくようになります」と。
もちろん、それぞれの脳の特性として勉強の進み具合の速さには違いがあるでしょう。でも「子どもたちは勉強ができなくて困っている。ではどうすればその困りごとをなくせるか」という視点で向き合ってくれるこの知人のようにな人に出会うことで、恵まれない環境に生まれながらも、目標を持って学び続けることができた子どもがたくさんいるのです。それは当人にとってだけでなく、社会にとっても利益のあることですよね。
「当事者研究」で知られる東京大学先端科学技術センター准教授の熊谷晋一郎さんは、精神障害や発達障害は「心がけが悪い」「意志が弱い」などの負のレッテルを貼られやすいと指摘しています。そのためには当事者の語りを聞くことが大事だと。確かに障害を持って生きることがどのように感じられるのかは、当人にしか語れません。
「劣っている人だから切り捨てる」のでもなく、「ダメな人を助けてあげる」という一方通行でもなく、傾聴すること、想像力を持って眼差(まなざ)すこと。これは相手に障害や病気のあるなしにかかわらず、人が人に向き合う時の態度としてとても大事なことではないかと思います。
その人には世界がどのように感じられ、何に困っていて、何を必要としているのかをまずは知ろうとすること。言うは易し行うは難しですが、今、とても必要なことではないでしょうか。
小島慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト。1972年、オーストラリア・パース生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格! ?」完結編』(光文社)。共著『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房)が発売中。
1/45枚