連載
#7 金曜日の永田町
菅さん、聞こえてますか? 日本にもいる〝ノーベル平和賞〟議員の声
ニコニコ動画で切り捨てた「GoTo見直し論」
政府が集中的に新型コロナウイルス対策を講じる期間と位置づけた「勝負の3週間」の期限が迫るなか、感染者数が過去最多を更新するばかりです。ところが、政府が予備費からの支出を決めたのは、菅義偉首相の肝いりで進められてきた観光支援策「GoToトラベル」の事業費ばかり。いま菅さんが耳を傾けるべきノーベル平和賞受賞者の言葉とは――。朝日新聞政治部(前・新聞労連委員長)の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
12月10日の木曜日、今年のノーベル平和賞の授賞式がありました。
今年選ばれたのは、飢餓のない世界を目指して活動する「国連世界食糧計画」(WFP)です。世界の9人に1人が十分な食料を得られないと言われています。そうしたなかで、紛争地・被災地での緊急支援や、母子への栄養支援、学校給食支援などを行ってきた長年の活動が評価されました。
授賞式で、WFP事務局長のデイビッド・M・ビーズリーさんは「食糧を通じて飢餓と闘い、平和と安定をもたらす私たちの仕事を認めてくれたことを感謝したい」と謝辞を伝えたうえで、現状への危機感を訴えました。
「戦争や気候変動、飢えの政治的・軍事的な利用、パンデミックのために2億7千万人が飢餓に近づいている。対応できなければ飢餓のパンデミックが起きます」
「資金が十分になければ、私たちはどの子が生き、どの子が死ぬのか、決めなければならなくなる。そんな選択を私たちにさせないでほしい。全員を養いましょう。食料は平和への道です」
実は、日本の国会にもWFPの元職員がいます。
立憲民主党の参院議員、田島麻衣子さんです。昨年まで13年間、ラオスやアルメニア、エジプト、南アフリカで活動しており、今回の受賞チームの一員と言えるかもしれません。
WFPの授賞が決まったとき、田島さんが真っ先に思い浮かべたのは、人道支援の最前線で犠牲となった同僚たちでした。紛争現場では、罪なき人々に食料を運ぶ支援者が攻撃の対象になりやすいという厳しい現実があります。
「戦争の悲惨さを目の当たりにしてきた」
田島さんも本物の銃声を聞かされたり、牢屋に放り込まれたりするトレーニングを現地で受けながら、「それでも生きる希望を絶対捨てちゃいけない」と教えられてきました。
「平和を壊すことはすごく簡単。そのときの為政者が思いつきで爆弾を落とすかもしれないが、落とした後の平和を構築するエネルギー量とそこに払われる犠牲の大きさというのは、いま日本で普通に暮らしている人の想像をはるかに超えるものがある」
そのような体験に根ざして、「誰もが『生きていてよかった』と思える社会」の実現を掲げて活動をしています。
田島さんはいま、参院厚生労働委員会に所属し、新型コロナ対策の質疑で、政府にさまざまな提案を重ねています。その中心は、危険と隣り合わせで、時に卑劣な誹謗(ひぼう)中傷も受けながらも、必死に医療を支えている人たちへの支援です。
コロナ対策のために開かれた12月10日の閉会中審査でも、医療機関に支援金が届いていないことを指摘し、医療従事者への慰労金を追加支給するよう要請しました。
「いま彼らが本当に必要としているのは、感謝のメッセージではなくて、休みであり、危険手当であり、慰労金なのではないですか。本当に年を越せるのでしょうか。『GOTOトラベル』に予備費から3千億円を使っている政権がなぜできないんでしょうか」
今週の永田町ではもう一人、国連機関出身者の発言が注目を集めました。
世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務局長などを務め、現在、政府の新型コロナ対策の分科会会長を務める尾身茂さんです。
12月9日の衆院厚生労働委員会で、人の動きを止めるということは「世界的な感染対策上の合理的なオプション」と指摘し、「今の感染状況を打開するには『GoTo』含めて人の動き、接触を控えるべき時期だ」として、政府が延長を決めた「GoToトラベル」事業について一時停止すべきだとの認識を示したからです。
12月11日に専門家を集めた分科会では、抜本的な対策の強化を迫る提言書をまとめ、政府に提出しました。
尾身さんは分科会終了後の記者会見で、「さらなる(対策の)強化が必要だ。地方と国には国民のために、今まで以上の英断をしてもらいたい」と求めました。
尾身さんはWHO時代から、政治・経済の論理と、公衆衛生の専門家としての論理の調整に腐心してきました。
日本のコロナ対応を検証した「新型コロナ対応・民間臨時調査会」のインタビューで、2003年に中国・広東省で始まった新型肺炎SARSが拡大したときに、WHO西太平洋地域事務局長として、史上初の渡航延期勧告を香港と中国・広東省に出す決断をしたときのことを振り返っています。
「伝家の宝刀を抜くしかなかった。そうすると中国との関係も悪くなるし、経済もだめになる。だけど、感染症対策上は、やらないと、WHOの使命を果たせなくなる、そういうジレンマです。そのとき思ったことは、経済の打撃が大きいことは素人でもわかるが、しかし、ほっとくと世界中に感染が広がって取り返しがつかないことになるんじゃないかということでした」
こうした決断が功を奏し、SARSは八つの国と地域以外には広がることなく姿を消しました。
9月に行われたこのインタビューのなかで、尾身さんは「GoTo」キャンペーンの実施について相談がなかったことにも触れながら、「意見の違い自体は問題ではない」としたうえで、「(専門家の意見を)採用するならする、しないならどういう理由でしないのか、きちんと説明するのが政府としてあるべき姿」といって、政治と専門家の関係性を説いていました。
いま、菅さんに問われているのが、尾身さんが説いた「きちんとした説明」です。
「GoTo」にこだわる菅さんの姿勢が表れたように、政府が12月11日に支出を閣議決定した予備費(3856億円)の約8割が「GoToトラベル」の追加費用でした。感染拡大が続くなか、2カ月ぶりの予備費使用の閣議決定でしたが、医療従事者や医療機関への支出は含まれていませんでした。
政府はこの日、衆参両院の予算委員会の理事会メンバーに、「GoToトラベル」への3119億円の追加支出について「緊急性があるから」と説明しました。本来の予算審議では首相や大臣が説明しますが、この日の説明役は財務省の官僚です。
立憲民主、共産、国民民主の3党の議員は「国民に誤ったメッセージになる」「いまは医療機関や医療従事者への支援策が先ではないか」と指摘。「緊急性があるというなら、医療はどうなのか」などと問いただしました。医療機関に支援金が届いていない目詰まりを指摘しても、政府は「医療は大丈夫です」と繰り返したようです。
その後、ニコニコ動画の番組に出演した菅さんも「何としてもこの(感染)拡大を防がなければならない」と語るばかりで新たな具体策は示さず、尾身さんが求めた「GoToトラベル」の一時停止についても「まだそこは考えていない」と即答しました。
菅さんが心配する「約900万人の観光関連に従事している人」への支援は、何らかの形で手当てする必要があるでしょう。しかし、多くの人の命を救う医療機関・従事者の崩壊は何としても食い止めなければなりません。
ノーベル平和賞の授賞式で、WFPのビーズリーさんはこう話していました。
「世界中の多くの友人や指導者が『あなたは何百万人の命を救う世界で最もすばらしい仕事をしている』と言うが、私は、救った子どもたちのことではなく救えなかった子どもたちのことを考えて泣きながら寝る」
「勝負の3週間」がまもなく終わります。救えない命が出ないためにはどうしたらいいのか。「敗北の3週間」としないためにも、菅さんは、自説にこだわらず、国際社会でもまれた人たちの言葉に耳を傾け、事態を直視した対策を示すべき時期だと思います。
《来週の永田町》
12月16日(水)菅政権発足から3カ月。政府が「この3週間が勝負」と設定した期限。衆院内閣委員会で新型コロナ対策で閉会中審査
12月17日(木)参院内閣委員会で閉会中審査
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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