連載
#4 金曜日の永田町
菅さんの危機管理能力 迅速に対応したのは〝政権の猛威〟だけ?
「スーツを着て寝ているのではないか」と言われた迅速さ、「GoTo」で試された真価
【金曜日の永田町(No.4) 2020.11.21】
新型コロナウイルスの感染拡大が進むなか、菅義偉首相の肝いりで進められてきた「GoToトラベル」が問題になっています。「スーツを着て寝ているのではないか、とささやかれるほど、危機対応はいつも迅速だった」。そのように自民党幹部が持ち上げてきた「危機管理の菅」の実相とは――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
新型コロナの感染者数が過去最多を更新し続けた今週。永田町で持ちきりになっていた話題は「岸田潰し」でした。
「岸田」とは、9月の自民党総裁選で、菅さんに敗れた岸田文雄さんのことです。安倍政権では外相や自民党政調会長を歴任。池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一と4人の首相を輩出した自民党の名門派閥「宏知会」(岸田派)を率いており、来年9月の自民党総裁選での再挑戦にも意欲を示していました。
しかし、岸田さんのお膝元である広島の選挙区(衆院広島3区)で、岸田さんが同志となる候補者の擁立を目指すなか、公明党が11月19日、副代表の斉藤鉄夫さんを擁立すると宣言。公明党に近い菅さんにも伝えました。
岸田さんたちが自民の候補者を広島3区で擁立すれば、全国の岸田派の議員を次の選挙で応援しないというプレッシャーが公明党側からかけられており、岸田派内が混乱状態に陥っています。
「岸田潰し」と言われる前には、安倍政権に批判的だった石破茂・元自民党幹事長に対する「石破潰し」という言葉が自民党内で飛び交いました。
国民的な支持はありましたが、総裁選では国会議員票が26票(自民党国会議員の7%)と低迷。石破さんはその責任を取る形で自らが立ち上げた派閥の会長を辞任するなど、来秋の総裁選で菅さんに対抗する道筋を描けずにいます。
一方、菅さんは今週、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と会談し、来年の東京五輪・パラリンピック実施をアピール。9月の総裁選で争ったライバルが崩れるなか、菅さんには来年9月の自民党総裁選での再選に向けて、追い風が吹いているように見えます。
安倍政権は、自らの権力基盤を脅かす野党を分断することで政権の危機をコントロールし、国政選挙で連勝を重ね、集団的自衛権の行使に道を開く安全保障関連法なども異論を押し切って成立させてきました。菅さんは政権の中枢において、野党を一枚岩にさせないカギを握る日本維新の会との連携を担ってきました。
2017年衆院選で、東京都知事の小池百合子さんが「希望の党」を結党して民進党と連携し、安倍政権が窮地に立たされたときには、「一夜にして政策の協議も全くないまま、いつの間にか政党が一つになってしまった。選挙目当ての数合わせが進んでいるのではないか」「信念のない政治は停滞と混迷をもたらす」など、政府のスポークスマンの記者会見としては異例の批判を繰り返しました。
そして、小池さん側の自壊もあって、安倍政権は森友・加計学園問題という疑惑を抱えながらも、選挙に勝利し、政権の骨格を変えることなく、長期政権を維持することができたのです。
これは、政権を脅かす危機の芽を摘む、一種の「危機管理」と言えるかもしれません。
ただ、本来求められている「危機管理」は国民・市民の命や生活にかかわるものです。このことを考えさせられる場面が、いま開かれている臨時国会でありました。11月5日の参院予算委員会でのやりとりです。
「総理は『官房長官として7年8カ月、何よりも危機管理に重きを置いてやってきた』とおっしゃっていますが、その中で何が記憶に残っていらっしゃいますか」
立憲民主党副代表の森ゆう子さんから質問された菅さんは次のように答えました。
「まず、最初にあったのが、アルジェリアの人質事件でありました。それから、北朝鮮のミサイル、あるいは熊本地震、昨年の台風19号、台風による大雨だとか、いろんな危機管理に対応してきたわけでありますけれども、私自身、内閣官房長官というのは危機管理の責任者でありまして、夜も時間を問わずに、地震とか発生もあるわけでありますので、まあ緊張しながら、この7年8カ月はすぐ行くことができたというふうに思っています」
安倍政権の官房副長官を務めた世耕弘成さんも「菅長官はスーツを着て寝ているのではないか、と官邸の中でささやかれるほど、危機対応はいつも迅速だった」と10月29日の参院本会議で評価しています。「(官邸に)すぐ行くことができた」というのは自他共に認めるところなのでしょう。
そこで、森さんは2016年7月にバングラデシュの首都・ダッカで起きた人質立てこもり事件の対応を尋ねました。
この事件は、日本時間の未明に発生。官房長官だった菅さんは朝に緊急記者会見を開いて、「日本人が含まれている可能性もある」と明らかにしましたが、当時の安倍晋三首相らに対応を任せて、新潟の選挙応援に出発。国家安全保障会議(NSC)も欠席したからです。
この事件では、日本人7人が殺害されています。「危機管理の要がまさか選挙に来ないと思っていたが、(新潟に)おいでになった。あのときの判断は正しかったと思われますか」
菅さんは「しっかり体制を整え、最高責任者である総理大臣が(選挙の)遊説を中止して陣頭指揮を執るということになりましたので、私は応援に出かけた」と説明。森さんから「だから適切だったかどうか、最後まで答えてください」と問われましたが、「そこは適切であったというふうに思います」と述べるだけで、非を認めることはありませんでした。
菅さんが答弁であげた「危機管理」の例からは、安倍政権時代に問われた重要な項目が抜け落ちています。
2014年に過激派組織「イスラム国」(IslamicState=IS)による邦人人質事件が起きたときは、当初家族に解放交渉が委ねられました。そして、安倍さんが「ISIL(ISの別称)と闘う周辺各国に、総額で2億ドル(約236億円)程度、支援を約束する」と演説。その後、フリージャーナリストの後藤健二さん、会社経営者の湯川遥菜さんが殺害されました。
2018年には、気象庁が記録的な大雨になることを警告しているなか、東京・赤坂の衆院議員宿舎で安倍さんや自民党国会議員が懇親会「赤坂自民亭」を開いていました。政府が「非常災害対策本部」を設置したのは、最初の大雨特別警報発表の約39時間後で、政府が把握する死者は48人にのぼっていました。
そして、今年に入ってからの新型コロナ対策をめぐっても、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の感染拡大で国際的に批判を浴び、菅さんと安倍さん周辺との溝が開き、危機において官邸の意思疎通が乱れるという状況になりました。
その後のコロナ危機をめぐる政権対応への評価は、「アベノマスク」を主導した安倍さんが一身に背負うことになりましたが、7年8カ月の「危機管理」の実相はさまざまです。
とりわけ、コロナ対策は世界の指導者にとって鬼門です。アメリカのトランプ大統領も、コロナ対策の失敗で追い詰められました。
20日の参院本会議でも、野党からGoToキャンペーンを見直し、まずは感染拡大防止と生活補償をしっかり行うよう求める意見が相次ぎましたが、菅さんは「約900万人の方が観光関連に幅広く従事している」と意義を強調し、「適切に運用する」と繰り返すばかりでした。
政府の分科会の「見直し」提言に押されるように、3連休が始まった21日になって、菅さんは「感染拡大地域を目的地とする旅行の新規予約を一時停止するなどの措置を導入します」と表明しました。
しかし、「タイミングは遅くなかったですか」「Gotoの一時停止はいつから、どこで始まるんですか」という記者団からの問いかけには応じませんでした。
持論に固執しないで、危機に対応できるのか。そして、その方針をわかりやすく国民に説明し、安心感を与えることができるのか。11月25日には衆参両院の予算委員会で集中審議が行われます。「危機管理の菅」と言われてきた菅さんの真価が問われています。
《来週の永田町》
11月24日(火) 中国の王毅外相が来日
11月25日(水) 衆参両院の予算委員会で菅首相が出席した集中審議。新型コロナ対策や日本学術会議の任命拒否問題、「トランプ後」の日本外交などを議論する予定
11月26日(木) 衆院憲法審査会で自由討議
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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