連載
#3 「きょうも回してる?」
会社を辞めてガチャガチャ会社を起業 300円とは思えない完成度
「無駄なことに価値がある」
静岡に、「ガチャガチャに魂を吹き込む」というポリシーを持つガチャガチャメーカーがあるのはご存じでしょうか。
その会社の名前は、トイズキャビン(静岡市)です。
静岡といえば、プラモデルの一大生産地。キャラクター商品をはじめ、スーパーカー、ガンダム、ミニ四駆などのヒット商品を生み出しています。「2019年工業統計調査品目編」(経済産業省)によると、平成30年における全国の「プラモデル」の出荷額は242億9000万円です。そのうち、静岡県の出荷額は226億7000万円で日本一です。
その静岡で、唯一ガチャガチャで勝負している、トイズキャビンの代表を務める山西秀晃さん。
山西さんは約20年ほど勤めた模型会社を退職し、17年1月に1人で会社を立ち上げます。
前の会社を辞めるときに独立することは決めていましたが、退職してからも「本当に一人でガチャガチャメーカーができるんだろうか」と不安を抱えていた山西さんの姿を見て、山西さんの奥さんはこう言います。
「独立して、いっぱい稼ぐと言ったよね!」
この言葉に心動かされ、迷いは吹っ切れました。そして静岡で唯一のガチャガチャメーカーが誕生したのです。
たった一人の零細企業が他のメーカーと戦うために、山西さんは会社にポリシーが必要だと考えました。
そこで生まれたポリシーが「ガチャガチャに魂を吹き込む」でした。
このポリシーには、「絶対に他のメーカーができないことをガチャガチャで表現し差別化する」という想いが込められています。
独立当初、山西さんは企画をはじめ、原型師への依頼、金型や塗装等の製作管理、営業などガチャガチャを作る工程すべてを一人でこなしていました。ようやく20年にはスタッフが2人増えた今でも、山西さんがメインで指揮を執り商品を作っています。
今回は、そんなトイズキャビンが今秋発売した「1/64スズキキャリイ・スーパーキャリイ コレクション」を紹介します。10月末に売り場に登場しました。
キャリイはスズキ株式会社が1960年台からおよそ60年にわたり、販売を続けている軽トラックです。東京ではあまり見かけませんが、郊外に行くと誰もが一度は目にしたことがある軽トラックのキャリイを、トイズキャビンがガチャガチャで再現しました。
見どころは、車の足回り機構を表す「シャーシ」を別パーツで作り、出来る限り忠実に再現している点。プラモデルやラジコンなら売価を高く設定でき、クオリティを高めるためにシャーシを再現することは可能です。しかし、この商品は300円のガチャガチャです。確かに車のガチャガチャはたくさんありますが、シャーシまで再現すると、コストや手間がかかり効率が悪いから再現しないのが普通です。
たとえコストがかかってもシャーシをプラモデル並みにガチャガチャで再現することで、差別化していく――。これがトイズキャビンの商品の特徴です。
しかも、20年ほど模型会社で培ったお客さんのウケるポイントがわかる山西さんのなせる技でもあるのです。
山西さんになぜそこまでこだわるのかと尋ねると、「ガチャガチャでシャーシをあそこまで細かく再現をしているメーカーは一切ありません。自動車マニアやキャリイを実際持っている人以外はシャーシの部分まで目に止めません。そんなところを表現しても意味がないのです。しかし、シャーシが再現してあると自動車が大好きなお客さんが喜ぶんですよ。無駄なことに価値がある。それがトイズキャビンの美学です」と楽しそうに語ります。
実際にガチャガチャ売り場でこの商品を回してください。そして、このキャリイをじっと見つめてください。
そこで私がどうしても伝えたいことがあります。よく見るとわかるのですが、車にルームミラーがついています。正直、ルームミラーがついていようが、ついていまいがどうでもいいことなのです。
ひょっとしたら、買ったお客様も言わなければ一生気づかないかもしれません。ルームミラーが無いからといって、「このガチャガチャには車内のルームミラーがない」と文句言ってくるお客様はいないはずです。
それに、ルームミラーを作るとコストが高くなります。他のメーカーではありえません。
しかし、トイズキャビンは違いました。コストがかかってもルームミラーをつけることで、こだわりを見せたといえます。まさに、ガチャガチャに魂を吹き込んだ商品になっています。
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「1/64スズキキャリイ・スーパーキャリイ コレクション」のラインナップは、キャリイの「ホワイト」、「シルキーシルバーメタリック」「ノクターンブルーパール」の3種類と、スーパーキャリーの「ホワイト」「シルキーシルバーメタリック」「ノクターンブルーパール」の3種類で合計6種類。価格は300円。
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