連載
#3 金曜日の永田町
菅さん、長期政権の呪縛は解けますか?さわやかなハリス演説との落差
夫婦別姓、答弁で添えた「責任」という言葉
【金曜日の永田町(No.3) 2020.11.13】
「While I may be the first, I won’t be the last.(私は初の女性副大統領になりますが、最後の女性副大統領にはならないでしょう)」。女性として初。またアフリカ系・アジア系としても初のアメリカ副大統領就任が確実になったカマラ・ハリスさんの演説は、多様性が尊重される政治や社会に向けたメッセージとして、国内外で大きな反響を呼びました。ところが日本の国会では、女性たちの切実な訴えが込められた署名の受け取りすら拒否されて問題になっています。ハリスさんにあって、日本の国会に欠けているのは――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
ハリスさんのスピーチは日本時間の8日午前。共和党のトランプ大統領との接戦を繰り広げてきた民主党のジョー・バイデン候補の当選確実を米メディアが一斉に報じたことを受けた勝利演説でした。
「民主主義を守るためには、大変な努力が必要です。犠牲も伴います。でも、喜びや進歩もあります。なぜなら、私たちには、よりよい未来を築く力があるからです」
今年は、アメリカで女性が参政権を獲得して100周年となります。女性の政治進出のシンボルカラーである白のパンツスーツで登壇したハリスさん。「私は初の女性副大統領になりますが、最後の女性副大統領にはならないでしょう」という訴えに大きな歓声が沸くなか、「なぜなら今夜、ここが可能性に満ちあふれた国だということを、全ての少女たちが目の当たりにしているからです」と語りかけました。
「ガラスの天井」は破られていないけれど、いつか、誰かが突破する。願わくは、私たちが思っているよりも早く――。前回大統領選で敗れたヒラリー・クリントンさんがそう言い残してから4年。トランプ政治のなかで差別や憎悪が扇動されてきましたが、それを許さない闘いのなかから紡がれた希望の言葉でした。
ハリスさんのツイッターに投稿された動画はすでに770万回以上再生されています。ひとりひとりに寄り添うように、「黒人」「アジア人」「白人」「中南米系」「先住民」と順番に呼びかけ、「私は、1世紀以上にわたって努力してきた全ての女性たちのことを考えています」と語りかけたスピーチは印象的でした。
While I may be the first, I won’t be the last. pic.twitter.com/R5CousWtdx
— Kamala Harris (@KamalaHarris) November 8, 2020
日本でも、この秋の臨時国会では、ジェンダー平等が大きな議論になっています。
新型コロナウイルス禍が女性により大きな打撃を与えていることに加え、政治家や管理職といったリーダー層を指す「指導的地位」における女性の割合を「2020年までに30%程度にする」という17年前に決定した目標を達成できず、政府の男女共同参画会議が年内に新たな5カ年計画をまとめるからです。
菅義偉首相に対する各党の代表質問では、自民党幹事長代行の野田聖子さんが「女性活躍とは、国・社会がさらに成長する余地そのものだ」といって、ドイツを例にクオータ制の必要性に言及。立憲民主党代表の枝野幸男さんは「日本で最も強く大きな障壁となっている規制は、結婚する時に、一方が必ず氏を変えなければならないという規制だ」と指摘し、選択的夫婦別姓の導入を訴えました。いずれも、年末までの議論の焦点です。
特に選択的夫婦別姓は、1996年の法務省法制審議会で出た「導入」の答申が、四半世紀近くたなざらしにされてきました。今回の計画づくりにあたって政府が意見を募ったパブリックコメントでも、400件以上寄せられた意見は導入を求めるものばかりでした。
11月6日の参院予算委員会では、共産党書記局長の小池晃さんが、菅さんがかつて自民党執行部に導入の民法改正を求め、「不便さや苦痛を感じている人がいる以上、解決を考えるのは政治の責任だ」と訴えていた事実を突きつけました。
「わが国の家族の在り方に深く関わる事柄であり、国民の間にさまざまな意見があり、政府として引き続き国民各層の意見を幅広く聞くとともに、国会における議論の動向を注視しながら対応を検討してまいりたい」
菅さんは安倍政権から引き継いだ答弁を繰り返した上で、こう一言添えました。「ただ私は政治家としてそうしたことを申し上げてきたことには責任があると思います」
この答弁を受け止めた小池さんは「野党は選択的夫婦別姓導入の法案を出し続けています。党派を超えて実現しましょう」と呼びかけました。
「女性活躍」を掲げたのは安倍政権です。しかし、世界経済フォーラムが昨年発表した日本のジェンダーギャップ指数は、過去最悪の153カ国中121位に下落。特に政治分野の遅れが指摘されています。
野田さんは11月9日のTBSラジオで「安倍政権は、旧来型の家庭を壊さないようにやっていこうと、『選択的夫婦別姓などとんでもない』という思いが政権の中に根強くあった」と振り返りました。7年8カ月続いた長期政権が幕を閉じ、遅れを取り戻そうと言う議論が活発になっています。
「全ての女性が輝ける社会の構築に向けて、各大臣におかれては、答申に沿った計画となるよう前例にとらわれず、柔軟な発想で検討を進めて下さい」
菅さんも11月11日の男女共同参画会議で、「全ての女性」と言って閣僚らに指示を出しました。
しかし、そうした動きに水を差しているのが、菅さんの足元の自民党です。
自民党が、性暴力被害者への支援をめぐり、杉田水脈議員が「女性はいくらでもウソをつける」と発言したことに抗議する13万筆以上の署名の受取を拒否しているからです。
問題が起きたのは菅政権が発足してまもない9月25日。自民党の部会でした。報道で発覚した後、本人は発言を否定していましたが、性暴力の根絶を訴える「フラワーデモ」の主催者たちが「これは性暴力被害者を貶めるセカンドレイプであり、激しく性差別的であり、性暴力根絶に向けて取り組む動きを後退させかねないヘイトスピーチ」と訴え、謝罪と議員辞職を求めるネット署名を開始。短期間に10万以上の賛同が集まったのです。
そうした抗議の広がりに、杉田議員は一転して発言を認めましたが、記者会見も開かず、自らのブログで「女性を蔑視する意図はまったくない」と一方的に訂正をしました。
署名を届けたいフラワーデモの主催者たちは、野田さんや自民党に日程調整を求めましたが、自民党は応じませんでした。そして、10月13日には署名簿を持って党本部を直接訪れましたが、「アポイントがない」として断られ、その後、宅配便で送っても受取拒否で返送される状態です。
国会で野党議員から署名を受け取るよう求められた菅さんも「党の判断を尊重する」と述べ、党の代表(総裁)としての考え方を示しませんでした。
困惑するフラワーデモのメンバーが「11月11日のフラワーデモを見に来てください」と要請しましたが、東京駅前の会場に、自民党議員の姿はありませんでした。
子どもの頃から性被害に繰り返しあってきたという参加者のひとりは、「私は被害に遭った後、仕事ができなくなり、金銭的にも困窮しました。これだけの被害をこうむって、健康も損なって、噓をついていったい、何のためにそんなことをする人がいるのでしょうか」と杉田発言への怒りを訴えて、自民党のあり方に疑問を投げかけました。
「国民の声を聞かない政治家というのはいったい何なんでしょうか。なぜ署名の受取を拒否し、この場にきて、国民の声を聞いてくれないのでしょうか。性暴力被害者が勇気を出して声をあげている場で実態を聞くことが何よりの政策を考えるうえでの力になり、現実を知る何よりの力強い手段なのではないでしょうか」
フラワーデモを発案した作家の北原みのりさんは、一連の経緯を綴った11月10日付のnoteのなかでこう記しています。
「ジェンダー平等推進法ではなく、女性活躍推進法にした時点で、性差別の現実が見えなくなってしまったから。差別根絶ではなく、男たちが今あるポジションを一切譲らず、上から女性たちに輝きなさいと粉を振るだけだから。権力者から選ばれる女性には活躍の場が与えられるけれど、差別と暴力に命を削られるように生きている女性の姿はそこにはありません」
2年前。私が担当していた自民党の女性政治家も、安倍政権が掲げた「女性活躍」という言葉への違和感を語っていました。
「『女性活躍』『女性が輝く』という言葉が、私としても何となく違和感があった。何もちかちか輝きたいと思ったわけではない。自分の努力や能力が真っ当に認められる国をつくらないといけない」
総務大臣だった野田聖子さんです。2018年4月の財務事務次官のセクシュアルハラスメント問題が起きた時も、「セクハラ罪はない」などと主張する閣僚がいる安倍内閣の中でいち早く声をあげていました。
しかし、菅政権で幹事長代行に就任してからの野田さんはどこか変です。
11月9日のラジオでは、菅政権で女性閣僚が安倍政権のときよりも減ってわずか2人(内閣全体の9.5%)にとどまっていることを問われ、「数は2だけど、量より質を取った」「菅さんはフェミニストだと思う」と擁護しました。
荻上チキさんから「なぜ菅さんがフェミニストと思うんですか」と尋ねられると、菅さんが市議時代から出産一時金の問題に取り組んでいたことを挙げましたが、荻上さんから「フェミニストというのは、男女差別を是正するというのが第一義的な定義だと思うが」と疑問を投げかけられてしまいました。
「誰も議員を辞職させることはできない」「私はプラクティカル(現実的)な人間だからできないことで(署名を)受け取るのはかえって失礼」などという署名を受け取らない理由も腑に落ちません。
深夜にポッドキャストを聞いていて、ハリス演説のさわやかな気分がすっかり壊されてしまいました。
菅さんや野田さんが進めている不妊治療への支援も、女性たちが求めてきた大切な政策です。しかし、さらに多くの女性たちが、さまざまな性暴力に苦しみ、自己肯定感をすり減らし、自分らしく生きていくことを奪われ、その被害を語ることすらできずにきました。
そうした理不尽な状況を変えていくため、「過小代表」になっている女性の議員を増やしていくことも必要ですが、投票をちらつかせて男性支援者らがセクシュアルハラスメントを行う「票ハラスメント」をなくしていかなければ、女性政治家が安心して活動を続けていくことができません。
11日のフラワーデモの会場には、「#with you」と書かれたランタンが置かれていました。これまで多くの女性が泣き寝入りを余儀なくされてきたのは、この社会や政治に被害者の声に耳を傾け、受け止める力がなかったからではないでしょうか。声をあげたときに「噓」と否定されることではないでしょうか。
杉田発言はそうした問題の象徴なのです。差別や偏見と闘い、そのひとりひとりの人権を大切にしようとするハリスさんの訴えとの違いはそこにあると思います。
フラワーデモはそうした社会のなかで傷ついてきた被害者たちが安心して声をあげ、優しく受け止めていく空気があります。年内にもう一度、12月11日に開かれる予定です。ぜひ、自民党議員も花を持って、じっと耳を傾けて欲しいと思います。
《来週の永田町》
11月15日(日)自民党結党65年/政府が進める事業を有識者らが公開で検証する「行政事業レビュー」の最終日
11月16日(月)国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が来日し、菅首相らと会談
11月18日(水)バッハ会長が来日を総括した記者会見
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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