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コラム

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教室で行われた「公開処刑」宗教2世が「星の子」観て思い出したこと

私たちは「別世界の存在」ですか?

「宗教2世」の境遇を描いた映画「星の子」。主人公の少女と同じく、親の影響で宗教団体に入った漫画家・たもさんに、当事者視点で魅力を語ってもらいました
「宗教2世」の境遇を描いた映画「星の子」。主人公の少女と同じく、親の影響で宗教団体に入った漫画家・たもさんに、当事者視点で魅力を語ってもらいました 出典: たもさん提供

目次

俳優・芦田愛菜さん主演の映画「星の子」。両親が新興宗教に入ったことで、数奇な運命をたどる女子中学生の日常を描く、異色の作品です。幼少期、母の薦めで宗教団体の一員になった経験がある漫画家・たもさんは、「当事者のリアルを丁寧に表現した一本」と評価します。そして実際に鑑賞する中で、「宗教2世」の人々が抱える生きづらさを再認識したそうです。一般社会とかけ離れた存在とされがちな、信者の子どもたち。その等身大の姿について、映画の感想を交えつつ、たもさんにつづってもらいました。

「普通の」人生送りたい私が観た映画

先日、映画「星の子」を観(み)てきました。新型コロナウイルスが流行して以降、映画館へと足を運ぶのは初めて。感染予防のため食べ物の提供はなく、コーヒーだけ購入して席に座りました。

私はいわゆる「宗教2世」です。ある宗教団体のメンバーである。母親の影響で、育ちました。今は脱退して「普通の」人生を送ろうとジタバタしているところです。宗教に関わる経験については、もう「終わったこと」として消化しようとしていました。

しかし「星の子」は、宗教2世のリアルをとても自然に描き出しており、見る内に私自身の過去がよみがえってきたのです。そこで、実体験を交えつつ、鑑賞後に考えたことを記しておきたいと思います。

出典: たもさん提供

信者はコンビニにいるかもしれない

映画の主人公は、芦田愛菜さんが演じる女子中学生・ちひろ。彼女の目を通して、両親が宗教に傾倒してゆくさまが、丁寧に描かれます。

組織から、お布施や「布教用」の物品購入を求められ、段々と貧乏になっていく家。両親を改心させようとする、親戚のおじさんによる説得。家族の「信仰」に嫌気がさした、姉の家出。そして憧れの先生が手を染めた、宗教への差別行為――。様々な出来事を経て、ちひろは少しずつ大人に成長していきます。

宗教を扱う映画というと、血濡られたグロテスクな内容の筋書きや、異世界をのぞくようなものになりがちかもしれません。しかし、この映画のテーマは、ただただ静かな「日常」です。センセーショナルな表現に頼らない分、ある意味、とても挑戦的な作品とも感じました。

たとえば、学校生活。ちひろは自宅でこそ宗教に囲まれて暮らしていますが、登校すると行くと同級生と試験対策に取り組み、恋バナに花を咲かせます。ごく一般的な女子中学生そのものです。

私もかつては、薄暗い部屋でろうそくを灯して生け贄(にえ)を捧げるでもなく、普段の暮らしと宗教活動を両立していました。友達と冗談を言い合って笑い、学校から帰ったら宿題もこなしたものです。

近隣の家々を訪ねて回り、布教活動にいそしんでいた点は、一般の人からすれば奇妙かもしれません。とはいえ信者同士でご飯を食べつつ談笑したり、一緒に悲しいストーリーの映画を観て泣いたり、仕事に就いてお金を稼いだりといったことは、よくありました。

どうでしょう、「意外に自分たちと変わらないな」と思われたでしょうか? 「星の子」に登場する人々も、私と同じように、あなたの隣にいるかもしれない「普通の人間」です。

彼ら・彼女らは、いつも通っているコンビニの店員さんかもしれないし、明日行く歯医者さんであなたの歯を治療してくれる人かもしれない。そういうことを、この機会に知ってほしいと思います。あなたの職場の同僚や、新しく知り合った人の中に信者がいたら、どうか気味悪がらずにいて頂きたいのです。

出典: たもさん提供

宗教2世が入信する「お母さん教」

ちひろは、親の宗教の教えが矛盾をはらんでいたり、自分の家族が周囲から奇異の目で見られていたりすると気付きながらも、親を見捨てられずにいます。姉の「まーちゃん」が失踪した経緯もあり、「両親のそばにいなければいけない」と考えていたのかもしれません。

実は私にも、信徒ではない父に殴られながら、自らの信仰を貫き通す母を見て、「この人を守ってあげないと」という気持ちを大きくした記憶があります。

真面目で、家事を一切手抜きせず、4人の子供を育ててくれた母への感謝は、今でも消えません。そんな母が唯一、よりどころにしたのが宗教だったのだと考えると、彼女の抱える孤独を感じずにはいられませんでした。

多くの宗教2世は、神様を信じているというよりも、「お母さん教」に入信しているのではないかと思います。少なくとも、私が所属していた教団では、母親の導きで入信に至ったという子どもたちが一般的でした。

ちひろも親の宗教に疑問を感じつつ、霊験があるとして組織から受け取ったアイテムを学校に持ち出し、信者による集会に参加します。一方で、教義が禁じているコーヒーをこっそり飲むことも。そのように、世間的にも教理的にも宙ぶらりんなところが、宗教2世の特徴だと感じます。

出典: たもさん提供

「隠れてやれば良い」が不可能な理由

また、ちひろは映画の中盤、ある試練に直面します。多くの宗教2世が直面する問題を如実に描き出していて、「もうやめてあげて」と目を覆いたくなるシーンでした。

私が学生時代に最も恐れていたのは、「布教しているところを同級生に見られたり、偶然同級生の家に訪問したりしてしまう」ことや、「クラスのみんなの前で信仰を告白させられる」ことでした。神様を信じてはいたのですが、そこまで誇りを持っているわけではなく、周囲から自分の振る舞いを否定されると傷付くからです。

教理上、学校生活に制限が加わることも少なくありませんでした。私の場合、校歌や国家を斉唱したり、運動会の騎馬戦や生徒会に立候補したりすることが、これに当たります。

「隠れてやってしまえば良い」と思われるかもしれません。ただ、同級生の中に同じ宗教に入っている子供がいると、禁を犯したことが、お互いの親経由で組織に伝わってしまう可能性があります。そのため、先生に事情を話さざるを得ませんでした。

先生によっては、便宜を図って目立たないよう対応してくれることもあります。しかし多くの場合「親に無理やり言わされてるんだな、かわいそうに」と思われるらしく、「よし、じゃあクラスのみんなの前で、自分の言葉で話してごらん!」となるわけです。

はっきり言って、これは拷問です。ひそひそ話をするクラスメートの前で、宗教のことを打ち明けなければなりません。中には意地悪な質問をしてきて、答えられないと笑いものする子もいます。先生も笑っています。「公開処刑」です。

出典: たもさん提供

「従順は愛される条件」という思い込み

そんなトラウマだらけの青春時代を過ごしているので、宗教2世の中には精神疾患があったり、健全な人間関係を築けないでいたりする人が少なくありません。

背景には「この世には善と悪の2種類しか存在しない」という二元的な思考や、「愛されるには一定の要求を満たさねばならない」という教えを、幼少期から(ときにはムチによる虐待も添えて)叩き込まれることがあります。

相手の中に、自分の思想にそぐわない部分を見つけたら、その人を全否定してしまう。そんな「白黒思考」は、人間関係を築く上で大きな障壁になります。「あなたはそう考えるんだね、私は違うけれど」が出来ないんです。

「いいものは他人に教えてあげないと失礼だ」という正義感から、悩んでいそうな人を見かけたら、自らの宗教観に基づく「アドバイス」をしてしまうことも少なくありません。加えて、無条件に「ただ存在しているだけで愛される」という経験ができなかった人も存在します。

各家庭の教育方針にもよるので、一概には言えないのですが、当事者たちは「従順は愛され救われるための条件」と信じ、特に恋人や配偶者とフェアな関係を結びづらくなりがちです。反対意見を述べることが、相手の全否定につながると思い込んでしまうこともあります。

ちひろの姿を通して、私は自分自身を含む、多くの宗教2世が感じてきた「生きづらさ」について再考することができました。

出典: たもさん提供

心動かされた「大会」のワンシーン

ところで、「星の子」を観て、私が特に優れていると感じたシーンがあります。終盤に挟まれる、山あいにある宗教施設で、信者たちが一堂に会する一幕です。

私も信者時代は、年に3回ほど、みんなでバスに乗ったり乗用車に乗り合わせたりして、大きな宗教施設で開く「大会」の会場まで足を運びました。

あまり遊びに行く機会がなかった私にとっては、大会への参加自体がレクリエーションのようなものでした。静まり返ったステージに響く感動的な宗教体験談。大勢で合唱する賛美の歌――。会場は異様な熱気に包まれていました。

映画のワンシーンに触れたとき、当時参加した大会の会場に、そのまま入ったかのような気持ちになりました。「映画のスタッフは、どこかの宗教施設に見学に行ったのかな?」と思ったほどです。

多くの人にとっては珍妙に思えるであろう光景ながら、宗教2世の立場からすると懐かしくもあり、過去を掘り起こされたような、何とも言えない気分にさせてくれる場面でした。このような点でも、とてもよく練られた映画であると感じます。

宗教2世の悩みは他人事じゃない

ここで改めて断っておきたいのですが、私自身も長い時間を経て「自分には必要ない」と棄教したのであって、個人の信仰をとやかく言うつもりはありません。

「星の子」もまた、宗教や信者を「悪」として描いていません。ちひろの両親のように、信仰によって救われた人もいるでしょう。「自分には宗教が必要だ」と考える人々の気持ちは尊重したいと思っています。その意味で、映画のスタンスは、私の考え方と一致するものでした。

「日本には信教の自由がある。しかし、信じない自由もある」。私が高校時代に憧れていた現代社会の先生は、そう話していました。子供たちには、どうか「信じない自由」を与えてほしい。どんなに素晴らしい教えでも、必要とするかどうかは、その子自身が決めることです。

宗教と聞くと、一般に「別世界のもの」と考えられがちです。一方で宗教2世の生きづらさは、全ての人に通じると思います。

良かれと思って、特定の「教え」をわが子に強要してしまう親。親から抱きしめられたり、「大好きだよ」と言われたりした経験がなく、普段から鉄拳制裁される子ども――。世の中には様々な家族の形があり、完璧な親子関係など存在しません。

「他人との距離感がわからない」「親切心から助言したのに反発される」「どうしても他人の要求を断り切れず、損ばかりしている」。宗教2世が直面する、こういったトラブルは、教団と無関係な人にも覚えがあるのではないでしょうか。

誰か一人でも信頼できる人が近くにいれば、宗教2世を始めとした、多くの子どもたちが救われるのではないかと思います。映画を通して、当事者の悩みを別世界のものではなく、誰もが陥る「親子関係」の問題として捉え直して頂けたらうれしいです。

・たもさん:10歳の時に母親に連れられてキリスト教系の宗教団体に入信。進学や夢、友人関係など、多くのものを宗教による制限のために諦めてきたが、息子の病をきっかけに宗教への違和感を強め35歳の時に脱退。その後アメーバブログ「たもさんのカルトざんまい」やTwitter(@tamosan17)などで細々と活動中。著書に、『カルト宗教信じてました』『カルト宗教やめました』(ともに彩図社刊)がある。
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