連載
#16 WEB編集者の教科書
「中の人」はいない クックパッドニュースのマルチアカウント戦略
LINEの友だち700万人、インスタグラムでは海外コラボ
情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や出版社、時にテレビもウェブでテキストによる情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。
情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第16回は「クックパッドニュース」の福井千尋さんと、中山亜子さん、植木優帆さんです。337万件のレシピをインスタグラムやLINEなど、様々なチャンネルを駆使して伝える編集部。その中で見つけたユーザーとの向き合い方について聞きました。(withnews編集部・奥山晶二郎)
クックパッドニュースが目指すもの
・337万件のレシピに付加価値をつけて伝える
・コアなファンから、潜在ニーズまで細かな運営
・課題解決だけじゃないプラスの情報
料理レシピサービスとしてトップを走るクックパッドには約337万品のレシピが蓄えられています(2020年6月30日時点)。クックパッドのオウンドメディアである「クックパッドニュース」の特徴は、膨大なレシピという「宝の山」を、ウェブやインスタグラム、LINEなどを駆使してユーザーに様々な形で伝えているところにあります。
土台となるのは、ウェブの「クックパッドニュース」です。月間PVは約2500万(外部メディアへの配信分含む)。1日に8本から10本の記事を配信しており、月間の新着記事本数は250本から260本にのぼります。編集部の部長である福井千尋さんは「サイトでは三つの柱を大事にしています」と話します。
まず一つ目がレシピ紹介です。8割を占める「クックパッドニュース」の中心になっています。「読者がすぐに取り入れられるような、ハードルを感じさせず、かつ新鮮さのある情報をお届けすることを心がけています」。
二つ目がノウハウ。「手間がかかる調理を簡単に行うためのちょっとした裏ワザや時短テクニック、食材を長持ちさせるための保存方法などのTipsを伝えています」。
最後の三つ目が、インタビュー記事などの読み物です。「料理を『やらなければならない家事タスクの一つ』から『楽しみ』へ変えていくような、新しい価値観を届けたい。そのために、プロの料理家さんや料理好きのタレントさんなど、料理を楽しんでいる方たちのインタビュー記事などを通して、『料理ってこんなにクリエイティブで面白いんだ、気持ちや人生を豊かにしてくれるんだ』ということを伝えられたらと思っています」。
サイトへの流入経路は4等分されており、「検索」「SNS(LINEを含む)」「ダイレクト」「リファラル」となっています。
フェイスブック(フォロワー約22万)は、昔からのコアなファンが多いのが特徴です。そのため、ウェブで配信するすべての新着記事をいち早く届けるために自動で投稿しています。ツイッター(フォロワー約4万)は、男性ユーザーも多いのが特徴です。「フライパンでスモークサーモン風が作れる」などの料理の裏ワザ系の記事を紹介した投稿が人気だそうです。
そして、最近、特に力を入れているのがインスタグラムとLINEです。
インスタグラム(フォロワー約1万2千)の狙いは、コアなファンのコミュニティー作りです。
クックパッドのレシピ作者の中でも特に人気の高い58人の「クックパッドアンバサダー」を中心にしたコミュニティー運営の一環として活用されています。
インスタグラムを担当する中山亜子さんは「アンバサダーの方と編集部が一緒に料理をするインスタライブに取り組んでいます。ライブを見ながら一緒に作ってくれる方もいて、料理好きのユーザーさんたちにとって新しい料理の楽しみ方が生まれているのではないかと思っています」と話します。
4月に4千ほどだったフォロワーは、6月には1万を超えるなど好調のインスタグラムですが、決して“想定通りの結果”というわけではなかったと言います。
「アンバサダーとの連携に力を入れだした今年の初めごろは、主にリアルイベントの開催を軸に様々な施策を企画していたんです」
そんな中、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた外出自粛が広まります。
「いろんなものがストップしてしまいました。でも、限られた状況であれこれ試行錯誤してみた結果、手応えを感じられたのがオンラインでできるインスタライブの配信でした」
数あるSNSの中でも料理と相性がよいインスタグラムの特徴を踏まえ、グローバルで展開しているクックパッドの海外アカウントとの連携も強化していきました。
「アンバサダーさんの中にはすでに多くのファンがいる方も少なくありません。でも、自分のレシピが海外のアカウントに取り上げられるのは新鮮だったようで、すごく喜んでくださいました。インスタグラムで発信力のあるアンバサダーさんが、自らライブ配信の告知やクックパッドニュースの記事の情報をストーリーズに流してくれるようになり、新たな料理好きのユーザーさんとの出会いが生まれるなど、好循環を作り出せたのです」
LINEの公式アカウントメディアの中でもトップクラスの累計約700万人というお友だち登録数を誇る、クックパッドニュースのLINE公式アカウントをどういかすか。担当する植木優帆さんが心がけるのは「プッシュ型」という特性です。
「LINEのユーザーさんの多くは、お仕事や育児などで忙しく、毎日の料理に時間をかけられなかったり、献立を考えるのに困っている方」と認識していると話す植木さん。
自ら目的を持ってレシピを検索して探すクックパッド本体の能動的なユーザーとは違い、LINEで記事を配信する際は、明確なニーズのないユーザーへ情報を提供することを踏まえて、料理そのものにより関心を持ってもらえるよう工夫を重ねています。
特に気を遣うのが、料理のおいしさを効果的に表現するための〝シズル感〟です。ユーザーの「食べたい!」「作ってみたい!」という気持ちを刺激するべく、「あまじょっぱい」「とろ〜り」などの言葉を効果的にちりばめていきます。
「(LINEで表示できる)13文字という短い文字数の見出しに、いかに、いろんな要素を詰め込むか日々悩んでいます(笑)」
毎日お昼時に配信しているため、天気や気温は特に気にするそうです。
「今年は梅雨が長くてなかなか気温が上がらず……6月の配信記事のセレクトが難しかったですね。梅雨明けせずとも少しずつ暑くなってくるだろうと予測して、冷やし中華を『6月から紹介していこう』と思って準備していたら、梅雨寒が続いてしまって、読者さんは冷たい麺はまだ作るモチベーションが上がらなかったり、秋は秋で編集部としては『10月から鍋を取り上げたいなあ』と思っても、まだ早すぎたり」
プッシュ型で“受け身”の状況で知るレシピには、雑誌の特集のような実用情報とは違う役割があると言います。
「フローな情報として流れていくのが前提です。だから、発信するのが早すぎたかなと思った注目のトレンド料理があった場合は、いいテーマであれば訴求や紹介するレシピを変え何度か配信して読者さんの目に止めてもらえるようにしています」
企業のSNSアカウントには、「中の人」が有名になるケースも少なくありませんが、「クックパッドニュース」全体を取り仕切る福井さんは「うちに『中の人』はいません」と言い切ります。
「主役はあくまでもクックパッドのレシピを投稿してくださっているユーザーさんや、クックパッドニュースの記事を読んで実際に料理を作ってくださる読者さんたちである、という考え方が基本にあります。主役の皆さんにそれぞれの料理の楽しさと出会っていただきたいので、編集部が前面に立って特定の楽しさを押し付けるようなことはしたくないと思っているんです」
その一方で、守っているスタンスはあるそうです。福井さんはそれを「前向きな一方通行」と呼びます。
「親近感があって、少し世話焼き。SNSではそんなトーンで『こんな時にはこんなレシピはいかがですか?』と一つ一つの記事をおすすめしています。その時々、人それぞれで、その情報が必要だったり不要だったりすると思いますが、もちろんそれも承知の上で前向きに情報を発信し続けています(笑)。約337万品のレシピ、そのものが持つコンテンツとしての価値を、私たちが介在することでバイアスをかけてしまうことのないよう、あくまでもフラットなスタンスで真摯にお届けすることに徹しています」
サービス単体としてすでに大きな存在感を持っているクックパッド。そのオウンドメディアである「クックパッドニュース」は、他の多くのオウンドメディアと異なり、本体への送客は目指していません。
「PVだけを重視するなら、最も需要の高いレシピを紹介する記事、つまり実用情報の配信に徹した方が取れるかもしれません。でも、課題を解決するだけだとマイナスを埋めることで終わってしまい、プラスの楽しみが生まれません。だから、純粋に料理というアクティビティが持つ楽しさを伝える情報も大切にしたい。料理をする時に得られるマインドフルネスや、大切な人と一緒に食卓を囲む時間の豊かさなど、料理が持つ根源的なパワーに気づいてもらえるようなインタビュー記事や、時には『疲れた日は外食でもいいじゃない』と語りかけるコラム記事とか。ちょっと立ち止まって、改めて料理ってやっぱりいいよなぁと思える、そんな瞬間やきっかけを届けていきたいです」
様々なアカウントを駆使する「クックパッドニュース」ですが、これから、どんな方向を目指すのでしょうか。
インスタグラムを担当する中山さんは、海外とのコラボの可能性に手応えを感じています。
「クックパッドのサービスは日本だけではなく、海外でも74カ国/地域、32言語(2020年6月30日時点)で展開しています。海外拠点にいるメンバーや現地ユーザーの方々にも、日本の料理は『washoku(和食)』として注目され、とても人気があります。インスタグラムを通じて、いろんな国の料理好きをつなげていきたいです」
中山さんは入社して18年。サービス設計や書籍の企画など「エンジニアやデザイナー以外の職種は何でもやった」という経歴の持ち主です。
「サービス開発では、ユーザーのご意見をそのまま反映しても、実はユーザーにはほとんど使われないことがあります。『こんな機能がほしい』という表向きの声よりも、その奥にある根本的な欲求を理解することが必要です。今、担当しているメディアの仕事でも、ユーザーが求めていることを編集部として一度受け止めて、何が最適なアウトプットかを丁寧に考えることが大事じゃないかと思っています」
LINEを担当する植木さんが強調するのが「とにかく、クックパッドニュースの存在を知ってほしい」という思いです。
出版業界から2年前に転職してきた植木さんが注目するのが、クックパッド内のユーザーの検索動向を元にした『たべみる』というデータベースの存在です。
「これまで本の編集を長くしていましたが、ユーザーのニーズをリアルタイムで読み取れるデータを活用して企画を立てられるのはクックパッドならでは。例えば、今年大ブームになった『ダルゴナコーヒー』というワードは、去年だと『たべみる』に存在すらしていませんでした。また、近年の『バスクチーズケーキ』の流行で2019年以降チーズケーキそのものの検索頻度が高くなっています。そうしたデータを元に企画を考えられること、またもしかしたら記事という形にとらわれず、新たなサービス立案にもつなげていけるかもしれないのが面白さだと感じています」
「クックパッドニュース」福井さんの教え
・伝えたいことばかりのメディアはうまくいかない
・主役はユーザー「中の人」はいない
・フラットなスタンスを生む「前向きな一方通行」
部長の福井さんは、前職では人材系のオウンドメディア運営を手がけていました。「発信側が伝えたいことを伝えるだけのメディアではうまくいかない」ということを痛感してきたと言います。
その中で学んだのは「ユーザーのためになる、真に役に立つ情報を提供しなければ、集客ツールとしての機能は果たせない」ということです。
「クックパッドに投稿していただいた、ユーザーの皆さんのレシピの数々は、世の中の多くの方のお役に立てる貴重な情報です。このリソースを正しく、求める方のもとへお届けできたら、理想的なオウンドメディアの形が創れると思っています。本体のサービスを含め、クックパッド社が手がけるさまざまなサービスへの信頼感、ファンづくりに貢献できる存在になっていきたいですね」
ウェブ、インスタグラム、LINEなど、クックパッドニュースのアカウントの運営方針は、それぞれが別のメディアといってもいいくらい異なります。それが相乗効果を生みだせているのは、約337万品のレシピを最適な形で伝えるという、ぶれない思いがあるからでしょう。
料理に特化しているからこそ見えるユーザーの細かなニーズを大事にするクックパッドニュースの姿勢は、情報発信と摂取の手段が多様化した時代、貴重な気づきを与えてくれます。
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