連載
#2 金曜日の永田町
菅さんに週末、読んでほしい本は…〝同期〟から食らった「鬼滅返し」
任命拒否を続ける首相への痛烈な皮肉
【金曜日の永田町(No.2) 2020.11.06】
「全集中の呼吸で答弁させていただきます」――。就任後初めての予算委員会に出席した菅義偉首相は、アニメ『鬼滅の刃』の主人公が必殺技を繰り出す際のセリフを口にしながら、4日間の論戦に臨みました。日本学術会議の会員任命を拒否した問題で追及を受け、野党から「支離滅裂」と言われる説明が続く菅さん。終盤になって深みにはまってしまった菅さんに今こそ読んで欲しい本は――。朝日新聞政治部の南彰記者が金曜日の国会周辺で感じたことをつづります。
菅さんが「全集中の呼吸」と言ったのは予算委員会初日の11月2日。野党側の質問が始まったときです。
予算委員会は「首相の政治姿勢」などあらゆることがテーマとなり、党首クラスの論客を相手に一問一答のやりとりが続きます。自民党議員からも、菅さんの答弁能力を不安視する声があがっていたので、菅さんも場の空気を和らげようとしたのでしょうか。
ただ、委員会室の空気は張り詰めたままでした。菅さんが直前までメモをみて、自然な話しぶりではなかったからかもしれません。
休日を挟んだ11月4日の質疑では、立憲民主党の辻元清美さんから、こんな「鬼滅返し」に遭いました。
「総理は『鬼滅の刃』のセリフをおっしゃったが、最後に『鬼滅の刃』の黒幕の言葉を紹介しておきます。『私は何も間違いない。すべての決定権は私にあり、私の言うことは絶対である。お前に拒否する権利はない。私が正しいといったことが正しいのだ』。こんなセリフ、言っているんですよ。こうならないようにくれぐれも御注意いただきたい」
主人公・竈門炭治郎の宿敵である鬼舞辻無惨の言葉です。「政治からの独立性」が求められる学術会議の人事で、学術会議が推薦した6人の会員候補の任命拒否を続ける菅さんへの強烈な皮肉でした。
辻元さんによると、終了後、菅さんに「総理のためにも6人の方を再任命してスタートした方が良い」と声をかけると、笑顔を見せたようです。ちなみに菅さんと辻元さんは1996年の衆院選で初当選した「当選同期」です。
「この問題を解決できるのは総理しかいない。説明できないなら6人を任命するしかない」
立憲の川内博史さんの質問でこう諭された際にも、菅さんは「全体の内容をみて判断する」と答弁しました。前の週まで菅さんは「(任命拒否を)変更することはない」と語っていたので、「解決の方向に大きな一歩を踏み出したのではないか」という見方がネット上で広がりました。
菅さんにとって、学術会議問題は政権運営の足かせになっています。
「携帯電話の料金値下げ」などを掲げ、ご祝儀相場もあって65%と高かった内閣支持率は、任命拒否の発覚後に下落しました。国会などで任命拒否の理由を問われると、「総合的・俯瞰的」→「多様性の観点」→「国民に対する責任」と次々に変わっていき、そのたびに矛盾やわかりにくさを指摘される状態です。
追い込まれると、「人事のことなのでお答えを控える」。一向に納得いく説明が出てきません。杉田和博官房副長官に任せていたためか、東京大教授の加藤陽子さん以外の5人については、菅さんは名前も業績も「承知していなかった」という状況なので、無理のないことかもしれません。
野党から「支離滅裂」と批判されるなか、菅さんが5日夕方の参院予算委員会で、自民党議員の質問に次のような答弁に踏み切りました。
「以前は学術会議が正式の推薦名簿が提出される前に、さまざまな意見交換の中で、内閣府の事務局などと、学術会議の会長との間で一定の調整が行われていたと承知しています。一方、今回の任命に当たっては、そうした推薦前の調整が働かず、結果として、学術会議から推薦された者の中に、任命に至らなかった者が生じたということです」
学術会議が政府と事前調整をすれば任命する――。そんな打開策を示したような答弁です。
この答弁だけを見ると、「通常は事前調整を行うものなのか」と誤解を招くので、解説が必要です。
菅さんが指摘した「事前調整」は、2017年の人事で行われた官邸と学術会議とのやりとりを指しています。このとき、学術会議は官邸側に求められ、選考の最終段階で候補に残る6人を加えた111人の名簿を事前に示していたからです。
前年に官邸から補充人事案に難色を示された結果、会員の欠員を補充できなかったことに危機感を覚えた学術会議側が苦渋の決断で応じた「事前調整」でした。
しかし、こうした「事前調整」がまかりとおるようになれば、学術会議の独立性を保つための「形式的任命」(当時の中曽根康弘首相)が崩れてしまいます。案の定、野党側から「露骨な政治介入だ」と批判を浴びることになりました。
官邸前では6日の金曜日も「学問の自由」が守られることを願って、本を読みながらスタンディング・デモを行う人の姿がありました。
国会での答弁資料から解放された週末の菅さんに薦めたい本があります。
戦前の日本の政治家や官僚、軍人が、客観的に考えれば勝つことが出来ないはずの戦争にどうして突入したのか。加藤陽子さんが中高生と授業で考えた講義録をまとめた『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』です。巧みな対話を通じて、失敗への道と、時代のなかで埋もれがちな選択肢に気づきを与えてくれる一冊です。
《来週の永田町》
11月10日(火)衆院本会議で新型コロナのワクチン接種で健康被害が出た場合に製薬会社などの賠償責任を免除するための法案審議開始。菅首相が出席
11月11日(水)東京などで自民党の杉田水脈氏の「女性はいくらでもうそをつけますから」という発言に抗議するフラワーデモ
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南彰(みなみ・あきら)1979年生まれ。2002年、朝日新聞社に入社。仙台、千葉総局などを経て、08年から東京政治部・大阪社会部で政治取材を担当している。18年9月から20年9月まで全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連に出向し、委員長を務めた。現在、政治部に復帰し、国会担当キャップを務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったのか』『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)、共著に『安倍政治100のファクトチェック』『ルポ橋下徹』『権力の「背信」「森友・加計学園問題」スクープの現場』など。
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