連載
#1 #戦中戦後のドサクサ
「さあ」刃物を手渡され…戦争中、子どもたちが担った「衝撃の任務」
引っ越し先で、隣人から教わった現実
戦時中、空襲などの脅威を避けようと、多くの人々が都市部から比較的安全な地方へと引っ越しました。「疎開」です。漫画家の岸田ましかさん(ツイッター・@mashika_k)は、中学時代の恩師が授業中に披露した幼少期の体験談を、今も忘れられないといいます。一緒に暮らす家族を守るため、妹と担った意外な「任務」。知られざる小さな歴史について、岸田さんの漫画とコメントを通して伝えます。
今回の物語は、岸田さんが通っていた中学校の理科教諭が、かつて経験した出来事に基づいています。
舞台は関東地方の山村。小学校高学年の少年が主人公です。最近、父母と妹の4人で、都市部から疎開してきました。周囲には、田んぼや森林が広がっています。
「今、ご近所から聞いたんだが……この村は肉屋も魚屋もないそうだ」「まぁ!? 本当に……なら、配給なのかしら?」
藁葺(わらぶ)き屋根の古民家に、家財道具が詰まった行李(こうり・竹などを編んだかご)を運び入れながら、両親が不安そうに話し合います。
ある日、隣の家に住む「おじさん」が一家のもとを訪れました。そして、なぜか子どもたちだけを呼び出したのです。
「いいかい? この村でお肉が食べたかったら、自分たちでシメて食うんだ」。家畜や家禽(かきん)として飼っている動物をさばきなさい、という意味でした。おじさんは、刃物を片手に続けます。
「そしてそれは、君たちの仕事だ」
思わず、あぜんとするきょうだい。その様子を見つめながら、おじさんは嚙(か)んで含めるように語りかけます。
「君たちのお父さんとお母さんはね、これ絶対にできないよ」。それもそのはず、両親は都会で生まれ育ったから。文明的な生活に慣れてしまった以上、生き物を犠牲にしようとすれば、すさまじい抵抗感と闘わねばならないはずです。
その点、少年には蜂を取るため、捕らえたカエルを処理した経験があります。とはいえ、それはあくまで遊びの域を出ません。いま目の前を歩く、体温を伴ったウサギやニワトリを、手にかけることができるのでしょうか。
「君らは町暮らしで、ご両親に大切にされてきただろう」「これからはここで、君らが家族を支えなさい」
おじさんは、少年に刃物を手渡します。「さあ」。静かに促され、顔を見合わせる二人。次の瞬間、おじさんが押さえ込んだニワトリに向かって、刃を振りかぶるのでした。
生きるためとはいえ、年端もいかない子どもが、動物の命を絶っていた――。少年のモデルである理科教諭は、衝撃的な過去について、学期末の授業中に語ったそうです。初めて耳にしたときの感想を、岸田さんは、こう振り返ります。
「肉屋に並ぶお肉は動物である。子どもながらに知識はありました。しかし、そのお肉を自分たちで調達していたという事実に、ショックを隠せませんでした」
「私は昭和の時代に中学生活を送りましたが、大人から何でもしてもらえるのが当たり前でした。先生の昔話に、価値観の大きなギャップを感じたことをよく覚えています。同時に、自分は命を食べ、命に生かされているのだとも。いまだに、ときどき思い出すお話です」
特に印象に残っているのが、当時小学生だった先生に、おじさんが家族を守るよう諭すくだりだといいます。
都会の文化に染まった両親ではなく、劇的な環境の変化にも、柔軟に対応できる子どもにこそ未来を託す。一連の行動からは、そんな強い意志が感じられるようです。
「先生は事情をくみ、怖がったり泣きわめいたりすることなく、淡々と状況を受け入れたようです」
「もちろん、現代とはかけ離れた暮らしぶりなのは確かでしょう。それでも、先生のような子どもたちも確かにいたのだと、知って頂けたら幸いです」
「戦中戦後のドサクサ」では現在、太平洋戦争前後の思い出に関するエピソードを募集しています。おじいちゃん・おばあちゃんから聞いたお話を記録したい。そんな思いを抱える方、ぜひ以下の入力フォームより、ご連絡下さい!
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