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「無知で無名で無謀」な作品がくれた勇気 全国の「映画部」を動かす
療養中、脳裏に浮かんだ「撮りたい」
「3月以降、群馬から一歩も外に出ていない」。それなのに、全国120大学を巻き込んだ一大企画を成功させ、著名な映画監督からもコメントをもらうような、長編オムニバス映画を完成させた大学生がいます。自身が所属する映画部は昨秋立ち上げたばかり、打ち合わせは基本オンラインのみ――。総監督を務めた大学生に、異例の映画を完成させた経緯を聞きました。
映画は『突然失礼致します!』(総監督・熊谷宏彰)。「希望」をテーマに全国120大学の学生から寄せられた180の映像作品(各1分以内)を約3時間にまとめました。作品には、『キングダム』『アイアムアヒーロー』などで知られる佐藤信介さんや、『カメラを止めるな!』の上田慎一郎さんら映画監督もコメントを寄せています。
総監督を務めたのは、群馬大学4年生の熊谷宏彰さんです。ただ、熊谷さん自身、これまで一度も映画を撮ったことはありません。しかも、自身が所属する大学の映画部は、昨年10月立ち上げたばかり。「(多くの人を集めたという意味で)自分はハーメルンの笛吹き男に過ぎない」と自身を評価しますが、その行動力はすさまじいものでした。
熊谷さんは元々映画を観ることが好きで、高校卒業までは地元の図書館でDVDを借りるなどしていましたが、短大に入学してからは、動画のサブスクを利用するようになり、多いときは1日2本のペースで観るようになりました。「最近観た映画では『愛のむきだし』や『きっと、うまくいく』が印象に残っています」
「観る」ことが好きだった熊谷さんが、映画を「撮ってみたい」という気持ちになったのは、つい最近のことでした。
昨年春、短大からの編入生として、群馬大学の3年生になった熊谷さんは、当時居候させてもらっていた先輩と話す中で、全国には「映画部」がある大学があることを知りました。
「それを知ったとき、観るだけでなく、撮ってみたいという気持ちもわいてきたんです」
ところが当時、群馬大学に映画部はありませんでした。そこで、自分の手で部を立ち上げたのが、昨年10月のことでした。
「ただ、機材も、ノウハウもまったくなくて…」と、立ち上げたはいいものの、さっそく壁にぶつかりました。
そんなとき、ふらっと立ち寄った喫茶店に貼ってあった地図に目がとまります。「高崎フィルム・コミッション(FC)」がつくったロケ地マップでした。そこで熊谷さんは、高崎FCに映画部の活動についてアドバイスをもらおうとその足で訪問。機材のことなどについてアドバイスをもらえるよう頼み込み、その後もやりとりをしていくことになりました。
高崎FCの担当者は当時のことを振り返り、「よく覚えていますよ。その後もやりとりを続けていますが、行動力のある面白い子だ」と話します。
0からのスタートを切った映画部に、撮影現場に知見のある地元FCという強力なサポートをもらえる環境ができた少しあと、新型コロナウイルスが流行し出しました。
そして年が明けた3月、熊谷さん自身が体調を崩します。
「食欲がなかったり、微熱があったり…」。新型コロナウイルスの流行で、全国一斉休校がニュースになった時期でもあり、自宅で人と会わずに、しばらく療養を続けました。
PCR検査も受けましたが、結果は陰性。
「陰性とわかると人ってとたんに元気になるもので」と、いまでは笑い飛ばしますが、当時は、体調の悪さも手伝って、かなり気持ちも落ち込んだそう。
そんな療養中、脳裏に浮かんだのが「撮りたい」という気持ちでした。
体調が回復し、「撮りたい」という思いを実現しようと動き出そうとしたものの、新型コロナウイルスの影響が広がり、4月以降も外出自粛が続きます。映画部の活動も停滞し、新入生を集めることもできませんでした。
そこで浮かんだのは、「他の映画部はどうしているんだろう」という疑問。
熊谷さんはツイッターを通じて、早稲田大学や高崎経済大学に連絡を取り、オンラインでの部員間交流を持ちかけます。
「歴史のある映画部相手に、僕みたいな超新参が話をしても相手にされないと思っていた」と熊谷さん。しかし予想に反して、熊谷さんの動きは好意的に受け止められ、交流する大学も徐々に全国に広がっていきました。
他大学と交流する中で熊谷さんはあることに気づきました。「撮りたいけど撮れないという思いは同じ。みんながその葛藤を抱えていた」
そこで、「いまこういう状況だからこそ、オンラインを使いながら、みんなで何か撮れるんじゃないかと思った」と、オムニバス映画の撮影を持ちかけます。
他大学の反応は「批判の方が多いと思っていたけど、賛同一辺倒だった」。
LINEグループやZoomでのやりとりを重ね、製作委員会も立ち上がり、5月末にはクランクイン、9月1日からはYouTubeで完全版の映画を公開するに至りました。
「明るい映画にしたい」「多様性を持たせるために抽象的」という狙いで、「希望」としたテーマのもとには、当初予想の2倍近く、180本もの作品が集まりました。
「ドラマからヒーローもの、アニメまで集まり、多様性を感じた。自分では想像できないようなものもたくさんありました」と話す熊谷さん。
予想以上に作品が集まったことについて熊谷さんは、「創作性が絶えていなかったことの表れだと思います」とし、「コロナ禍でこそできたこの企画を知った人が、181番目の希望を見いだしてもらえれば」と願っています。
現在休学中の熊谷さん。来年1月以降に予定している『突然失礼致します!』の東京、大阪など、全国の主要都市での劇場公開に向けた準備を進めています。
復学後は、専攻する倫理学の観点から岩井俊二監督作品を紐解く卒業論文を執筆する予定です。
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