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“遅咲き芸人”が増えた理由 サンドウィッチマンの衝撃、錦鯉の実力
年齢高めに慣れた視聴者、強まる実力主義
「第七世代」と呼ばれる若手芸人が活躍する昨今、時代に逆行するように露出を増やしているのがお笑いコンビ・錦鯉の長谷川雅紀と渡辺隆だ。とくに“屈託のないおバカキャラ”である長谷川のインパクトは強烈で、ネタ番組以外でも頻繁に姿を見せるようになった。綾小路きみまろやマキタスポーツら珍しい存在だった“遅咲き芸人”の殻を破ったサンドウィッチマンの実力。ピン芸人の永野、チャンス大城から、錦鯉に至る系譜。 “遅咲き芸人”の魅力をたどる。(ライター・鈴木旭)
ほんの数年前まで、“芸人の遅咲き”がたびたび話題になっていた。そもそも新人にチャンスを与えるための賞レースで、30~40代の芸人が優勝していたからだ。
『M-1グランプリ2007』でサンドウィッチマン、『キングオブコント2012』でバイきんぐ、『R-1ぐらんぷり2016』でハリウッドザコシショウが優勝し、「いよいよ芸人は辞めるタイミングを失った」ともささやかれた。
この点についてバイきんぐ・小峠英二は、2020年6月に放送された『ボクらの時代』(フジテレビ系)の中で、「たぶん上まで行き切ったんだよ、天井まで行っちゃったんだよね、遅咲きが」と分析している。
過去を振り返ると、賞レースで注目を浴びるのではなく、自力でチャンスをつかんだ遅咲きの芸人もいる。その代表格として思い浮かぶのが、綾小路きみまろとマキタスポーツの2人だ。
毒舌漫談で知られるきみまろは、そもそも司会者を目指して上京している。キャバレー回りの修業中、様々な芸人のエッセンスを吸収し、1979年に漫談家としてデビュー。同郷の森進一、小林幸子といった演歌歌手のコンサートで司会を務めつつ、自作の漫談テープを配布する日々が続くも光は当たらなかった。
2002年、きみまろは、あるアイデアでその状況を脱する。高速道路のサービスエリアに停車する観光バスに自作テープ『爆笑スーパーライブ第1弾! 中高年に愛をこめて...』を無料で配布したのだ。これが面白いと評判を呼び、50歳を超えて大ブレーク。一躍時の人となった。
著書『一億総ツッコミ時代』(「槙田雄司名義」星海社新書)をはじめ、ラジオ番組での鋭い分析力に定評のあるマキタスポーツも遅咲きと言える。
1998年、マキタは28歳の時に芸人デビューしている。スタートは遅いが、テレビ出演は比較的早かった。とはいえ、当時は矢沢永吉や長渕剛といったミュージシャンのしぐさや言い回しをまねた芸風。現在のようなクレバーさにスポットが当たることはなかった。
駆け出し時代に出演していた『完売劇場』(テレビ朝日系・2000年4月~2009年3月終了)のお笑い討論企画「朝まで生テレビ!?」を見返すと、“いじられキャラ”の扱いを受けている。まだこの頃は、見た目のイメージが先行し、正当な評価はされにくい時代だったのだ。
マキタの転機と言えば、なんと言っても2012年に注目を浴びた「作詞作曲ものまね」だろう。「作詞作曲ものまね」とは、歌声そのものというよりも「音楽構造」や「歌詞の思考形態」をメインにまねたものだ。
たとえば「もしミスチル桜井和寿が”トイレ”という曲を作ったら」というテーマで、マキタ風にものまねする場合、Mr.Childrenのヒットナンバー「Everything(it's you)」を軸とした曲調の中で「うじうじ~、めそめそ~、もじもじ、トイレがない~♪」と始まり、歌い方の特徴を押さえつつ、サビの「STAY~♪」を「したい~♪」と歌い上げることで笑いを生む。
「曲を一度分解し、再構築する作業=マキタ流ものまね」と言ってもいい。こうした着眼点は、マキタ以前にはない画期的なものだった。それまでバンド活動も行ってはいたが、マキタならではの「論理的思考」と「音楽ネタ」が結実したのは間違いなくこの時だ。
また、この少し前にマキタとプチ鹿島、サンキュータツオの3人で『東京ポッド許可局』(2008年2月~2013年3月までポッドキャスト番組として配信。2013年4月~TBSラジオ)をスタートさせている。ここでマキタの優れた分析力、洞察力に注目が集まり、ファンをつかんだことで、徐々に自分自身と世間のイメージとのギャップを埋めていけたのだと思う。
現在では、俳優としても活躍。独自のルートをたどり、盤石のポジションを築いている。
綾小路きみまろは例外的に花開いたが、マキタスポーツのケースを考えても2000年代初頭は遅咲きの土壌はなかったと見て間違いないだろう。
遅咲きに違和感がなくなったきっかけとして考えられるのが、『M-1グランプリ2007』で敗者復活枠から優勝を果たしたサンドウィッチマンの存在だ。決勝戦のファイナルに進出した残りの2組は、キングコングとトータルテンボス。どちらもシュッとしていて華がある。売れる芸人の条件に「コンビのうち1人はイケメン」という定説もあった。
当時、サンドウィッチマンの2人は33歳。その頃の感覚では、遅咲きにあたる年齢だ。ところが、そうした固定概念を覆して王者の座をつかんだ。その後、2011年に起きた東日本大震災で率先して支援活動にあたった姿勢も支持され、2人の人気はうなぎ登りとなった。
芸人にアイドル性は求められなくなり、震災によって国全体が保守化した。「年齢や見た目に左右されない」という価値観がここで定着したように思う。
2010年代に入り、遅咲きに拍車をかけたのがピン芸人の永野だ。
「孤高のカルト芸人」とも称され、デビューから20年近く飛躍することがなかった。しかし、2014年末の『アメトーーク!』(テレビ朝日系)に出演して注目を浴び、翌年からバラエティー番組で大ブレークを果たす。
テクノ調のBGMのリズムに乗って、「ゴッホより~普通に~ラッセンが好き♪」と歌って踊る永野。この“テレビではしゃぐおじさん”というかわいげは、視聴者からしても痛快だった。
永野の存在によって、「イリオモテヤマネコの顔をしながらフクロウの音を出す」といったニッチネタを披露するチャンス大城や錦鯉・長谷川らが出てきやすい土壌ができたのは間違いないだろう。
遅咲きの芸人に共通するのは、すでに同業者から実力を買われていたという点だ。芸歴が長いことから、若い頃の角が取れており、程よく力も抜けている。ある意味で、一番脂が乗った状態でメディアに露出できているのかもしれない。
ほんの少し前まで、錦鯉の2人が小規模のライブに出演していたのを私は見ている。現在と変わらず、スキンヘッドでギョロ目の長谷川は白いスーツを、小太りで冷静沈着な渡辺は黒いスーツを着ていた。
「こぉ~んにぃ~ちはぁ~!!」と長谷川が元気よくあいさつし、渡辺が「うるせえな」とツッコんで始まる漫才スタイルも今と同じだ。若手に交じりながら、決して手を抜くことなく楽しそうにネタを披露していた。
2人はそれぞれ何度か相方を替え、2012年に錦鯉を結成。この時点で長谷川は40歳を超えており、現在は49歳。普通なら哀愁漂う年齢だが、「M-1グランプリのラストイヤーが56歳」「奥歯が5本ない(※ここ最近で7本目の奥歯を失っている)」といった自虐的な発言も、あまりの屈託のなさに笑ってしまう。
これが20年前なら視聴者の多くは引いていただろう。しかし、今はキャラクターとして受け入れられる。芸人だけでなく、見る側の感覚も変わってきたのだと思う。
一般視聴者は、もはや30代前半を“おじさん”“おばさん”とはみなさないだろう。もちろん見た目の若さもあるが、ここで注目したいのは「出演者の平均年齢の高さに見慣れている」ということだ。
昨今、20代の女性が40代の芸人を支持するのは珍しいことではない。「テレビでよく見る面白い芸人が40代だった」というだけのことだからだ。そう考えると、40代でテレビに出始める芸人に違和感がないのも当然だ。それどころか、芸歴や年齢からくる安心感が好印象となる可能性さえある。
遅咲きの芸人が増える一方、昨年2019年から「第七世代」の潮流が起き、ようやく若手芸人にスポットが当たるようになった。
これは、テレビ局全体のターゲットが「世帯視聴率」から若い男女を意識した「個人視聴率」へと変化した影響もあるだろう。
20代のYouTuberが注目を集め、地上波がネット配信に力を入れ始めた結果、バラエティー番組の新陳代謝が図られたが、全体を見渡せば30代後半~50代の芸人の活躍が目立つ。まだまだ中年層によって番組はつくられているのだ。
それでは、遅咲きの芸人が増えていくことで、タレントの競争は激化していくのだろうか。私はそうは思わない。
5年ほど前まで、芸人の成功例はごく限られていた。テレビやラジオで活躍するか、テレビで知名度を上げて舞台や営業をメインに活動するかの大きく2つだろう。
しかし、ここ最近でネット番組やYouTubeをはじめとするSNSの動画視聴が一般的になった。今年2020年10月からは、日本テレビがプライム帯(午後7~11時)のテレビ番組をインターネットで同時に楽しめる「ネット同時配信」を施行している。反応によっては、ネットのオリジナルコンテンツが生まれる可能性もあるだろう。
つまり、ネットの普及によって芸人の活躍の場も広がっている。以前のように限られた選択肢ではなく、自分次第で成功のきっかけをつかめる時代になった。
ただ、だからこそ厳しくなった側面もある。コンテンツ制作そのものが、芸人だけの特権ではないからだ。YouTuberや一般クリエーターとも比較され、継続性がなければ支持を集めるのは難しい。そういう意味では、以前よりも競争相手が増えたと考えることもできる。
“遅咲き”とは、世間から注目を浴びた年齢が遅かったということだ。古くは落語の名人である5代目・古今亭志ん生も遅咲きと言われた。身もふたもない言い方をすれば、面白い人間は時代に関係なく、何歳であっても求められるのだ。
今の時代、その可能性が広がったのと同時に、さらなる実力主義が進んでいると言えるのかもしれない。
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