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#71 #となりの外国人
「いいきもちになれるチョコ」コンビニの不思議なPOPいったい誰が?
「おいしくて、おいしくていいきもちになれるため…」
とあるコンビニの店頭に貼られたちょっと不思議な手書きの「POP」が、ツイッターで反響を呼んでいます。「いいきもちになれる」チョコ、「マンモスの肉」のワンタン。話題の店を訪ねると、笑顔の絶えない留学生たちと、オーナーが、POPに込めた願いについて、話してくれました。
話題になったのは、守谷勇人さん(@mori1154)がツイッターに投稿した4枚の写真です。
コンビニで目撃したPOPを写した写真。その商品説明を見ると、チョコには「おいしくて、おいしくていいきもちになれるため…。 ビネーシャ」。ビールには「休みの日これを飲むと楽しくなったり体もすずしいくなります。 サンカル」。
ユニークな言葉選びが並びます。
ワンタンスープには「マンモスの…肉。すっぱくて、おいしい」という謎めいた言葉。お茶には「日本人はこれをよく買っています。なんで買っているのかわかりません」と、商品説明というより、素朴な疑問を書いたPOPも。
守谷さんは「完全に最近の癒し。留学生アルバイトが多い近所のコンビニ、各コーナーに留学生たちからのメッセージがある。ほっこりすると同時に斬新すぎていつも笑ってしまう笑」と文章をつけて、これらの写真をツイートしました。
すると、POPににじみ出る店の雰囲気に、「ほっこりします」「素直な感想でいいですね」「癒されました」「優しい気持ちでレジに並ぶことができる」などのコメントがつき、「いいね」は26万件以上つきました。
完全に最近の癒し。
— 守谷勇人 (@mori1154) October 1, 2020
留学生アルバイトが多い近所のコンビニ、各コーナーに留学生たちからのメッセージがある。
ほっこりすると同時に斬新すぎていつも笑ってしまう笑 pic.twitter.com/0d3u0ivEbW
留学生が書いたという情報をもとに、「マンモスの肉がワンタンに通じるものがあるのでは?」「お茶の疑問は、文化と味が違うから?」などPOPが生まれた背景を推測する人も相次ぎました。
一体、どんな人たちが書いているのか、この店を訪ねることにしました。
店は横浜市にありました。ローソンストア100六ツ川店。店内は、生鮮食品や日用品まで幅広い商品が棚に並んでいます。
その中に手書きのPOPがありました。ヨーグルトの前には「ネパールではダヒといいます。ラッシをつくるときにいれたり、ごはんといっしょに食べます」との説明も。その文言のユニークさに、商品棚を回りながら、ついPOP探しをしてしまいます。
レジの脇にはこんな紙が貼られていました。
オーナーの山本弘幸さん(41)が、取材に応じてくれました。
山本さんは、本屋の手書きPOPに感銘を受けて、9月から店でPOPを始めたそうです。
店では10人の留学生が働いています。外国人が多い店柄もあり、POPを留学生アルバイトに書いてもらうことにしました。
「自分が好きな商品、日本の人がよく買う商品について書いてみて」とお題を投げ、どの商品をどんな言葉で売り込むかは、留学生にまかせました。
「コロナに勝つ」や「健康になる」などのNGワードがないかチェックはしましたが、文法的に気になるところがあっても「ここは学校じゃないから、間違えてもいいよ」と、「あえて」直しませんでした。すると、感性が光る「楽しい」POPが続々と出来上がりました。
そこには、山本さんのある思いが込められていました。
特にツイッターで話題になったPOPについて、書いた4人本人が、取材の日、日本語学校の行き帰りなどにお店に寄って、話してくれました。
ワンタンスープに「マンモスの肉」というPOPをつけたのは、ベトナム出身のタオさん(25)でした。
2019年4月に来日し、今年5月から「日本の人がどんな生活をしているのか、日本の文化が知りたい」とコンビニで働き始めました。
それまでは坦々麺のレストランでアルバイトをしていたそうです。ワンタンスープは、もちろん知っていました。
大好きなワンタンの酸辣湯味を紹介しようと思いましたが、「日本の人がどう書いたら喜んでくれるか分からなくて、母国の感覚に置き換えて考えてみました」。
「マンモスの肉」って?
「『大きい肉』という意味で使いました。大きい肉が入っている方が、買う人が喜ぶかなと思ったから」
店の中にはほかにもタオさんのPOPが数多くありました。よく見ると、「マンモス肉」以外のPOPは、文章中心のものが目立ちます。
山本さんによると、マンモス肉は初期の作品ですが、その後「やるからには徹底してやりたい」と家にいくつもPOP紙を持って帰って、研究。仕上げてきたいくつものPOPは、「飛躍的に上達してきています」。
最近は、のど飴に「のどにすっきり、頭にすっきり、のどが痛いときのあなたの味方。いちどなめたらやめられないおいしさ」といった名文句をつける「POP職人」になっています。
チョコレートに「おいしくて、おいしくていいきもちになれるため…」というPOPを書いたのはビネーシャさん(25)。スリランカから2017年に来日し、IT専門学校でプログラミングの勉強をしています。コロナ禍で苦戦した就職活動も、無事に内定をもらうことができ、来年4月から関東の会社で働くそうです。
POPを書いたのは、よく食べているナッツ入りのチョコレートでした。
スリランカにいたときは、よく母が勉強中にチョコレートを差し入れしてくれました「ピーナッツとチョコレートを食べたら、ストレスが減るのよ」。そう言って、2人姉妹の長女であるビネーシャさんを励ましてくれました。
日本に来た当初、ビネーシャさんがあまりにさみしくて、母に連絡すると「帰ってきてもいいよ」と言われました。でも、子どものころからの夢だった海外留学。高い学費を負担してくれる親に、「私はここで頑張ります」と返し、勉強に励みました。
つらいとき、傍らにあったのは、母国のチョコレートよりも、甘さ控えめで小さな日本のナッツ入りチョコレート。ビネーシャさんの日本での勉強や生活を、支えてくれたものでした。
日本での生活費は自分で工面したいと、学業の傍ら、サンドイッチやお弁当を作る工場でアルバイトしていました。でも、従業員同士での会話は限られていました。「コミュニケーションをとりたい」とコンビニのバイトを始めたそうです。
山本さんから頼まれた「仕事」はPOPだけではありませんでした。七夕のときの短冊の飾り付けや、ステイホームで子どもが遊べるように配布した塗り絵の色つけ。
頼まれたことが嬉しくて、「楽しく書きました」と話しました。
ビールコーナーに「休みの日これを飲むと楽しくなったり体もすずしいくなります」と書いたのは、ネパール出身のサンカルさん(25)。
特に気に入っているのはサントリーの「金麦」で、「ネパールビールに味が似ているから」というのが理由だそうです。
来日して1年半。毎日日本語を勉強して、会話には支障がないほどになっています。
POPの着想は、自分の生活から生まれています。厚焼きクッキー「バランスパワー」につけた、「毎朝これを食べるとエネルギーが出ます」というPOP。「忙しい朝はいつも食べているんです」
このPOPで、商品の売り上げがアップしたそうです。
今はビジネス専門学校で勉強し、日本の会社で働くのが夢だといいます。
ネットでも話題になった緑茶に寄せられた疑問「日本人はこれをよく買っています。なんで買っているのかわかりません」というPOP。
これを書いたのはネパール出身で、来日1年半のサガルさん(22)でした。
疑問を持ったきっかけは、日本語学校で先生たちがよく飲んでいたペットボトル入りの緑茶。「ネパールでは紅茶が主流です。グリーンティーはありますけど、あまり売れてなかったから」。
どんなものかと思い、初めて日本で飲んだ緑茶。でも、甘みがある母国の紅茶になれていると、「苦くて。なぜこれを飲むのか、飲んでも全然分からなかったんです。理由が知りたくてPOPにしました」。
海外にいると、特に食品関係は、失敗がないように、「おいしい」と分かったものを選びがちになる気がしますが、サガルさんは何でも挑戦してみたいと思う方だといいます。
最近はまっているのは、トムヤムクン味のカップラーメン。「ネパールでは食べたことないです。酸っぱくて、辛くておいしい!」
サガルさんは、最初は、同店の客でした。「学校が近かったから、よく買い物に来ていました」
ネパールにはない「コンビニ」。毎日使うものは大体そろっている品揃えの豊富さに目を見張りました。「なんて便利なんだろう」
そんな時、オーナーの山本さんが声をかけてきました。「ネパール人ですか?」。そして簡単なネパール語であいさつするなど、好意的に接してくれたそうです。
「日本で、こんな風に話しかけてくれた人は、山本さんが初めてだったんです」
2014年に同店を開業した山本さん。
近くの日本語学校に通うネパール人が、よく客として来てくれました。笑顔で日本語で話しかけてきてくれたのを見て、山本さんも「ネパール語で返せたらいいな」と、インターネットであいさつやことわざを調べたそうです。
「純粋で真面目な人たちが多い」と感じていました。
時代の流れか、当初はまだいた日本人の若いアルバイトも、募集を出しても、なかなか集まらないようになってきました。だんたんと、アルバイトに留学生が増えていきました。
「母国語以外に英語を勉強して、さらに日本語を習得するために努力している」と敬意を持っていました。
一方で、肌の色など見た目のせいか、留学生と日本人がレジに並んでいると、正面の留学生ではなく、横にいる日本人に注文をする人もいました。「『伝わらないのでは』と思って、話せなくなるのかもしれない」と感じました。
コロナ禍で着用する機会が増えたマスクや、レジ前のビニールシートは、口の動きも頼りに日本人客とコミュニケーションをとっていた留学生の障壁になりました。
POPを留学生に書いてもらう時、山本さんが込めた願いの一つが、「私も同じもの食べているよ!」など、客と留学生のコミュニケーションのきっかけになればいいな、ということでした。
「見た目は違っても、怖い人たちではありません。お客さんにも、彼らが日本に来て、何を好きになって、どう思っているのかを感じてもらえたらと思いました」
手書きPOPは、文化の違いもあることを伝えています。敬語や文法に多少の間違いがあるなど、文章を書くのがまだ苦手な人もいることもにじみ出ます。それでも「伝えたい」という気持ちや、「お客さまに喜んでもらいたい」という気持ちで、頑張っている姿が見えてきます。
ツイッターでの反響の多さに、山本さんもアルバイトも驚きました。「こんなに『ライク』をもらえるとは思わなかったです」(サガルさん)「みなさんにほめてもらえてうれしかったです」(タオさん)
山本さんは願いを話しました。「彼らのPOPで、コンビニにくるお客さんにも楽しんでもらえたらうれしいです。今は、国に帰りたくても帰れない子もいます。理解が広がって、少しでも働きやすい職場になればいいと思っています」
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