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Yahoo!ニュース「#コロナとどう暮らす」企画班さんからの取材リクエスト

性別に違和感を抱く人々の暮らし、新型コロナウイルスはどう変えた?



コロナが狂わす「性別」に悩む人々の生活 手術中止、収入もゼロ

「私たちは、後ろ盾が何もないまま過ごしています」

新型コロナウイルスは、生まれつきの性別に悩む人々の暮らしをも、大きく揺さぶっています。当事者が置かれている現実について、取材しました(画像はイメージ)
新型コロナウイルスは、生まれつきの性別に悩む人々の暮らしをも、大きく揺さぶっています。当事者が置かれている現実について、取材しました(画像はイメージ) 出典: PIXTA

目次

取材リクエスト内容

新型コロナウイルスが、私たちの生活を大きく変えました。このうち、自らの性別に違和感を抱く方々の暮らしには、どういった影響を及ぼしているのでしょうか。 Yahoo!ニュース「#コロナとどう暮らす」企画班

記者がお答えします!

新型コロナウイルスの勢いが衰えません。その影響は、生まれつきの性別と望む性が一致しない人々にまで及んでいます。海外で受ける予定だった性別適合手術が延期になるなど、当事者特有の悩みが噴出しているのです。日本では、まだ可視化されにくい、数々の課題。ウイルス禍によって浮き彫りとなった、一人一人の生きづらさから、「誰もが暮らしやすい社会」について考えます。(withnews編集部・神戸郁人)

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「ライフプランが崩れてしまった」

「ウイルスの影響で、築いてきたライフプランが崩れてしまった、というのが正直なところです」。水谷ゆうこさん(31)が語ります。男性として生まれ育ったものの、幼少期から自分の性別に違和感を覚えてきました。

約3年前にはホルモン治療を始め、女性らしい発声やメイクの方法について学べる教室「乙女塾project」によるレッスンも受講。並行して、性別適合手術(SRS)を受ける準備を進めてきました。

手術体験者のブログや著書を読んだり、身近にいるMtF(割り当てられた性別が男性で、女性として生きることを望む人)の知人に、術式や病院について尋ねたり……。その過程は、全て手探りだったそうです。

術式には様々なパターンがあり、水谷さんは膣(ちつ)を形成するやり方を選びます。身体的負担が大きく、術後は免疫力が低下するなど、深刻な副作用が出るケースも。国内では対応できる病院が少なく、予後を良くし回復を早める意味でも、施術経験が豊富なタイの病院にかかることにしました。

航空券代や手術費、滞在費を合計すると、必要な資金は120万円ほど。料理人として飲食店の厨房(ちゅうぼう)に立ちながらお金を稼ぎ、両親からのサポートも得て、貯金をつくります。そして今年4月、念願のタイ行きが実現するはずでした。

その夢を、コロナウイルスが打ち砕きます。渡航に先立つ3月26日、タイ政府は全土に非常事態宣言を発令。外国人の入国が原則禁じられ、水谷さんが予約していたフライトもキャンセルされてしまいました。事実上、計画を白紙に戻さざるを得なくなったのです。

笑顔を見せる水谷ゆうこさん
笑顔を見せる水谷ゆうこさん 出典: 山本哲也・戸塚光太郎撮影

コロナウイルスで経験した生活苦

「それまでの疲れもあり、本当に気持ちが沈みました」。ウイルス禍が水谷さんにもたらした損失は、手術に関わることだけではありません。その一つが暮らし向きの悪化です。

水谷さんは4月の手術に先立ち、3月末で業務を請け負っていた飲食店を辞め、収入の一切が断たれていました。その後、日本政府も緊急事態宣言を出したため、接客を伴う店舗の多くが営業自粛に追い込まれ、新たな働き口が減ったことも痛手となります。

「一人暮らしをしていたので、実家に戻る選択肢もあった。でも職業柄、調理器具など荷物が多く、引っ越しにお金がかかるのは明らかでした。2019年の頭に個人事業主の登録を済ませ、その後はフリーランスとして働いていたので、国の持続化給付金を得て、何とかやりくりしました」

水谷さんは3月末、手術を受けるつもりで勤務先を退職。手術の延期決定後も新たな職に就けず、生活が苦しくなったという(画像はイメージ)
水谷さんは3月末、手術を受けるつもりで勤務先を退職。手術の延期決定後も新たな職に就けず、生活が苦しくなったという(画像はイメージ) 出典: PIXTA

「絶対諦めない」続けた渡航準備

同時に、タイ行きのチャンスを、再び得るための行動も怠りません。

SRSを受ける場合、「アテンド会社」と呼ばれる仲介業者に、航空券の購入や病院の手配を頼む人もいます。一方、水谷さんは全て個人で手続きを進めました。

タイの病院で働く日本人看護師に、LINEで現地の情勢について照会。在日大使館のウェブサイトも定期的に確認し、渡航に必要な書類などの情報を集めていきます。

手術で体力が落ちた場合に備え、日常的に運動や食事に気を遣い、健康維持にも努めたという水谷さん。生活さえ苦しい時に、なぜそれほど活動的になれたのでしょうか?

「戸籍上の性別と性自認が異なると、希望する仕事がしづらくなったり、周囲の目が気になって気苦労が増えたりします。それに定職に就くと、手術を受けるために、まとまった時間を確保することさえ難しくなる。動くなら、今しかないと考えたんです」

「更に言うと、手術とは『受ければ終わり』ではありません。例えば膣に棒状の器具を挿入し、中が塞がらないよう一定時間固定する『ダイレーション』という作業を、術後3カ月は毎日2回続けます。出血や痛みがひどいので、気持ちも乱れるはず。だから、回復力がある今のうちに済ませておきたい。絶対諦めたくないと思いました」

水谷さんは手術の実現に向け、タイ大使館のウェブサイトをこまめにチェックするなど、情報収集を続けた(画像はイメージ)
水谷さんは手術の実現に向け、タイ大使館のウェブサイトをこまめにチェックするなど、情報収集を続けた(画像はイメージ) 出典: PIXTA

30万円増額でも手術できる喜び

そして8月、事態が動きます。現地滞在に必要なビザの申請者向けに、大使館が航空券の代行予約を始めたのです。ただ便数が少なく、フライトの日時を自由に選ぶことはできませんでした。待機者は数千人単位にも上るとされ、「渡航の再延期を覚悟した」といいます。

しかし9月に入ると、航空券を買った上で、ビザを申請できるように。病院側から情報を得た水谷さんは、同月上旬に往復便のチケットを入手。その勢いで大使館に必要書類を提出し、無事にビザが発行されました。この間、わずか2週間ほど。まさに急展開です。

一方で、PCR検査の受診義務が課され、入院期間も延びるなど、当初より負担は増えてしまいました。費用総額も30万円ほど上積みされ、術後の生活費を賄うため、将来自分の店を開く目的で貯めてきた資金を含め、200万円超の貯金をほぼ使い切る見込みといいます。

それでも水谷さんの表情は晴れやかです。

「タイで過ごす約3週間は、自由に外出することも難しいかもしれません。それでも帰国する頃には、これまで抱えてきたわだかまりが小さくなっていると思うと、不安より期待感の方が強い。どんな人生が送れるのか、楽しみですね」

努力のかいあって、水谷さんは今年9月、タイで手術を受けられることになった(画像はイメージ)
努力のかいあって、水谷さんは今年9月、タイで手術を受けられることになった(画像はイメージ) 出典: PIXTA

気持ちも生活も打撃を受ける当事者たち

水谷さん同様、新型コロナウイルスの影響によって、人生設計が揺らいだというMtFの当事者は、他にも存在します。「SRSを計画していた人たちは、特に状況が厳しい」。そう語るのは、2016年に乙女塾projectを立ち上げた、西原さつきさん(34)です。

乙女塾projectには、今年中にタイへと渡り、手術を受ける予定だった生徒が複数在籍しているそうです。しかしウイルスの出現で、いずれも中断せざるを得ない状況に。それぞれ心理面・生活面で大きな打撃を受けていると、西原さんは打ち明けます。

「SRSに臨むにあたり、勤務先を辞める当事者は少なくありません。周囲から男性とみなされる場所に、女性として通うことには、強いストレスが伴うからです。人生をリスタートさせる上で、職場を変えるためのきっかけになる、との意義もあります」

一方、ウイルス禍は国内の景気を揺るがし、企業の採用減につながりつつあります。西原さんによると、手術が中止となった後、転職先が見つからず無職の状態が長引き、苦境に陥る人々も。「実際、いまだに働けていない当事者のケースを知っています」

またSRSを受けるには、十分な時間が必要です。西原さんも7年前に経験しており、当時は術後のケアを含め、3カ月以上費やしました。タイ行きを考えていた生徒の中には、夏場に仕事を休んで実施する目算が狂い、来年以降への延期を迫られた人もいるといいます。

「乙女塾project」を主宰する西原さつきさん
「乙女塾project」を主宰する西原さつきさん 出典: 乙女塾project提供

ウイルスが教えたコミュニティの価値

こうした中、西原さんは乙女塾projectの存続に力を注いでいます。疫病を機に、性的違和を抱える人々が、安心して集まれる「場」という価値を再確認したのです。

ウイルスが拡大し始めた2月以降、レッスンのキャンセルが目立つように。4月の緊急事態宣言発出後は活動を自粛し、公的な休業補償も受けました。そして7月、オンラインと対面式の授業を並行する形で、再び開校します。

現在の受講者数は、月100人超。一時減少したものの、結果的には、自粛前と比べて生徒が増えたそうです。背景には、次のような事情があるといいます。

「性別移行は始めるとやめられません。ホルモン治療に乗り出したら、一生続けなければならない。女性らしい外見の獲得も同じです。社会に溶け込む上で大切な要素であり、それを磨くことは、周囲から受け入れてもらえるという安心感につながります」

「当事者の多くは、戸籍上の性と自認する性が違うため、就職に苦労するといった形で孤独を感じてきました。ウイルスの流行により、他の人と会いづらくなり、その度合いは深まっています。だからこそ、コミュニティとしての乙女塾が求められているのかもしれません」

オンラインレッスンを始めたことで、変化もありました。生徒の多くを占めていた関東圏に住む人々に、四国や九州など遠方の仲間が加わったのです。メイクの方法を対面で伝えたり、化粧品を貸し出したりすることはできませんが、参加者からは好評を博しています。

「苦しい時期に活動していてくれてありがたい」。西原さんは周囲から、そう声をかけられるそうです。

人と人をつなげる場として、乙女塾の存在感はますます高まっている(画像はイメージ)
人と人をつなげる場として、乙女塾の存在感はますます高まっている(画像はイメージ) 出典: PIXTA

社会のサポートが、大きな後ろ盾となる

一方で西原さんは「性的少数者の悩みを根本的に解決するには、社会によるサポートが欠かせない」とも訴えます。

例えば現時点で、ホルモン治療には保険が適用されません。手術を望まない人も含め、女性らしい肉体を得たいというMtFの当事者は、毎回高額の医療費を支払うことになってしまいます。

そして、これはFtM(割り当てられた性別が女性で、男性としての人生を望む人)の場合も同様です。就職のしづらさなどと合わせ、性的違和と向き合う全ての人々にとって、共通の課題と言えるでしょう。こうした制度上の不便さは、以前から指摘され続けてきました。

他方、これまでジェンダーの多様性に関する情報を広めてきた企業が、業績不振から広報活動を縮小する、といった弊害も表れつつあります。西原さんは「大変な状況だからこそ、生まれ持った性に悩む人々も存在していると、少しでも知ってもらいたい」と話しました。

「私たちは、生きるための後ろ盾が何もないまま、日々を過ごしています。それが手に入るだけで、ずっと生きやすくなるはず。セクシュアリティーのみならず、誰もがそれぞれの個性や特性、生き方を活かせる世の中に変わっていけば、うれしく思います」

※記事の内容は、9月中旬時点での取材結果に基づいています

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