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#8 Busy Brain

小島慶子さんのもつ共感覚とは?「人の名前は色分けして記憶する」

「島田」と「大野」は黒みがかった紺色、「加藤」と「寺田」は茶色の脳内フォルダに入れてます

本人提供
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目次

BusyBrain
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40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが語る、半生の脳内実況です!

物事の優先順位がつけられず、大混乱はザラ

 軽度のADHDであることを公表してから、それについての取材を受けたり文章を書いたりする機会が増えました。でも全員が固有の脳みそを生きるしかない以上、定型発達と非定型発達、健常と障害、線引きをするのは無理があるのではないかと思えてなりません。

 以前、NHKの発達障害に関する特別番組の密着取材を受けたのですが、軽度のADHDであることを映像で捉えようとすると、とても難しいのです。部屋に定点カメラを設置して私の様子を撮影しても、ほとんどの生きづらさは脳の中で起こっていることなので、映像化できません。

 ごく普通にデスクに座っているように見えても頭の中では物事の優先順位がつけられずに大混乱を起こしているなんてことはザラで、それを専門家は障害の特徴と呼ぶかもしれませんが、私の頭の中で起きていることが同じ診断名のついた人の頭の中で起きていることと同じだと証明するすべは私にはありません。

 当人の感じている生きづらさの理由は一つではないし、何が発達障害によるものなのか、性格に起因するのかその時の体調なのか環境が合わないのか、厳密に客観的なデータとして示すことは不可能ではないかと思うのです。

 私はたまたま、頭の中がどんな感じになっているかを比較的細かく説明できるので、あくまでも主観的な「私の場合はこうです」を一人称で語るという形で、体験を他の人に伝えています。でも常に、それが私に固有のことなのか、それとも多くの人にも起きていることなのか、ある現象はADHDだからなのか、いろんな要素で成り立った私のありようそのものによるものなのか、わからないなあと思いながら言語化しています。もうとにかくこうなっているので、なんとでも名付けてください、という心境です。

 ADHDであることは私の脳みその特徴の一つですが、それが全てではありません。この脳みそは世界に一つしかなく、一回きりの発生の過程で形成された再現不可能なものなので、私がこうなのは「ADHDだから」ではなく「この脳みそだから」というほかないのではないかと思っています。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

「誰かと融合してしまいたい」という強い欲求

 私たちは肉体という牢獄からどうしたって出ることができません。どれほど親密に接しようとも、他者の身体と融合することもできません。そのどうしようもない孤独は誰しも同じでしょう。誰かに「わかるよ」と言って欲しいのは、ほんのひと時でもその孤独を忘れたいからだし、同時に簡単に「わかるよ」なんて言われたくないのは、その孤独をこそ知って欲しいと思うからで、どちらも「私はここにいる」という切実な生の実感を、それが消えてしまうまで誰に預けることもできずに抱えていかなくてはならない、やるせなさのあらわれなのではないかと思います。

 と、今これを書きながら気がつきましたが、私はどうもこの「誰かと融合してしまいたい」という欲求が強いようです。それというのも、自分が消えてしまったら随分楽だろうという気持ちがあるからです。独房に入ったまま自ら消えていく方法を選ぶよりも、叶うことなら誰かに吸収されてしまいたいと願っているのです。

 大きな物語ではなく、個人の物語や肉体と同化したいと願う私のような人間にとっての救いは、子どもです。息子たちが他の人とは違った存在なのは、彼らの身体がもともと私の卵子を材料にして生成されたことに起因するように思います。実際には、息子たちの身体にはもう私の卵子由来のタンパク質なんてかけらも残っていないにもかかわらず、そもそもの始まりが自分と同一の成分であったということが、他にはない安心感につながっています。

 すでに固有の肉体を持った他者との間では、どこまで行っても果たされない融合を願う不全感を生きねばなりません。それに比べて、もともと同一の成分であった息子たちが私とは異なる個体として子宮から出てきて、どんどん遠ざかっていくのを見るのは、彼らに含有された私が彼らによって私でないものへと変換されて希釈される過程を見ることであり、他者に吸収され代謝されて消えてしまいたいという叶わぬ願いへの慰めであるように思うのです。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

箱に投げ入れた写真のように、前後の順番もなく折り重なっている記憶

 さて前回、幼稚園に上がる少し前にようやく子ども社会にデビューして、自分が神様に選ばれた世界に唯一の子どもではないと気づいたところまでを書きましたが、そのように自己の相対化ができるようになってからの私には、他者との共存という大きなお題が示されることとなりました。

 人生で最初に出会った組織は幼稚園でした。年少時の私の興味関心は人間関係よりも、幼稚園で目にする色鮮やかなモノたちに集中していました。色紙で作った青い星形の手袋、滑らかな手触りの木製のままごと道具、花壇で育てた真っ赤な二十日大根、園庭のスピーカーから流れるくぐもった童謡、武蔵野の侘しい秋風の匂い、遠足のリュックサックにできた麦茶のシミ……。触れるもの全てを味わうことに夢中だったのです。

 覚えているのは、園庭で遊んでいるときに担任の先生に激しく叱られて、そのあと教室で泣いているシーンです。ああ先生は私のことが好きではないのだなと感じました。年長組になってからも担任の教師に明らかに好かれていないことがわかりましたが、それと私のADHDがどのように関係していたかはわかりません。

 この頃の記憶は連続したストーリーではなく、箱に投げ入れた写真のように前後の順番もなく折り重なっています。ほんのワンシーンを切り取った画像に、その時私を取り囲んでいた空気や、湧き上がった感情などが、細かく書き込まれています。

 テレビやネットの動画では、映像に文字を重ねたり、小さな画面を入れ込んだり、ポップアップで情報を入れたりBGMを入れたりしていますが、それは普段私たちがそんな風に世界を見ているからなのだろうと思います。見るといっても目による行為としてではなくて、視覚的な情報に紐付けた意味の塊やひとつながりの連想として認識するということかもしれませんが。

 好きな人といるときの景色がキラキラして見えたり、初めて肌を合わせたときの記憶が飛び気味だったり、なのに感触だけは妙にリアルで、前後も不明確にただ言葉の端々が思い出されたりなんてこともそうでしょうが、入力された刺激が記憶として定着するときや、それを再生するときにはある程度加工されてしまうので、そのとき見たままに追体験することはできません。そもそも果たしてちゃんと見ているのかさえ怪しいものです。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

人の名前にも数字にも色がある

 おそらくADHDだからというより、単なる脳みその癖なのだと思うのですが、私は、物事を覚えるときや考えを巡らせるときなどは視覚的にイメージすることが多いのに、映像そのものを外部から取り込んで正確に記憶することはあまり得意ではありません。

 例をひとつあげると、親しい人でも顔を思い出すことが難しいのです。思い出そうとすると細かい部分がぼやけていたり、たまにはっきりするけどすぐにまた曖昧になってしまったりします。家族でも、顔の細かいところを思い出そうとすると映像が霞んでしまいます。ところが似顔絵は描けるのです。しかも割と似ているのを。見たままを再生しようとしたり、細部の記憶を取り出そうとすると難しいのに、デフォルメしたイラストにすることはできる……これは一体どういう記憶の仕組みなのだろうと不思議でなりません。

 まして家族以外の人の顔はなかなか覚えられません。名前を覚えるのも壊滅的に苦手なので、顔も名前もわからないという、社会人として非常によろしくない事態となります。あれ、この顔は見たことがあるぞと思っても、頭の中にストックされている顔の類型と似ているからそう思うのか、会ったことがあるからそう思うのかが判別できません。

 覚えやすい顔とそうでない顔があって、人によっては、何度見ても顔の作りを把握することができません。もし何かの事件の目撃者となり、犯人の顔について証言を求められてもきっと全く当てにならないことしか言えず、虚偽の証言をしたと疑われかねないでしょう。何につけ、見たままに記憶することが難しいのです。すぐ加工されてしまう。

 名前の場合は色分けをしているので、音が全然違う名前と混同してしまうこともしょっちゅうです。例えば「島田」と「大野」は黒みがかった紺色のフォルダに入っているので間違いやすいですし、「加藤」と「寺田」も茶色のフォルダに入っているので混同しがちです。

 文字に色がついているのは共感覚と言ったりもするようです。私の場合は、数字にも色があって、「36」はピンクと茶色で「72」は黄緑と赤、「21」は赤と白で「68」は茶色とオレンジを感じます。1972年7月27日生まれなので、黄緑と赤のしましまみたいな誕生日ですし、2020年は赤、銀、赤、銀でこちらもクリスマスめいた色彩です。

 物事を説明するときは頭の中で図形のようになっているものを言葉に直す感覚です。これが多くの人に共通することなのかどうかはわかりません。きっと人それぞれいろんなやり方があるのでしょうね。脳みそって本当に不思議です。

小島慶子(こじま・けいこ)

エッセイスト。1972年、オーストラリア・パース生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格! ?」完結編』(光文社)。共著『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房)が発売中。

 
  withnewsでは、小島慶子さんのエッセイ「Busy Brain~私の脳の混沌とADHDと~」を毎週月曜日に配信します。

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