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コロナに重なる「エイズ患者」騒動 磯野真穂さんと考える差別の連鎖

人類学者・磯野真穂さん。差別は「〝仕方ない〟の連鎖で起こるのではないでしょうか」と指摘します
人類学者・磯野真穂さん。差別は「〝仕方ない〟の連鎖で起こるのではないでしょうか」と指摘します

目次

どんなに気をつけていても「絶対にコロナに感染しないゼロリスクの生活」を送ることは難しい――。それでも現状では、患者や医療従事者が差別されたり、治っても「陰性を証明しろ」と迫られたりといった問題が起きています。私たちは病や健康をめぐる「リスク」とどのように向き合っていけばいいのでしょうか? 人類学者の磯野真穂さんはHIV感染症をめぐっても、1980年代に今と同じような「差別」があったと指摘し、「『しょうがない』の連鎖で差別が起きていく」と話します。

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8月25日夜に開かれたオンラインイベント「磯野真穂さんと考えるリスクとの向き合い方」の内容から記事を構成しています。3回に分けてお伝えします。
イベントの記事の初回「コロナなければ幸せだった? 磯野真穂さんと考えるリスクと自己責任」はこちらから

リスクと「秘密」の関係

――磯野さんは、リスクには「秘密」が関わってくると指摘されています。

雑誌「こころの科学」に、医療ジャーナリストの市川衛さんと連名で論文を出しました。4月の終わりから、SNSでのインプレッション上位10位のウェブの記事を分析しました。この上位の記事には、けっこう「陰謀論」が出てくるんです。

陰謀論とは、「社会がこんな風になってしまったのは国家などの権力が何か重要なことを隠しているから」「本当はできる対策があるのにしていない」というものです。
ツイッターにも「政府が何かを隠している」「オリンピックをやりたいからPCR検査をしない」というつぶやきが流れていました。

この分析で注目したいのは、批判の矛先が日本政府、中国政府だけであることです。

社会が混乱すると、潜在的に人々が嫌っている何かへの攻撃が顕著になります。いわゆるリベラルの人の攻撃がより強固になって安倍政権に向かったのは当然でしょう。憎悪や敵意が増幅されてしまって、より激しい分断が起きます。

BuzzFeedのインタビューで、「市民自らが政府に対して自分たちをもっと監視するよう求めること、つまり『緊急事態宣言を出せ』と要請することに問題はないですか」「日本政府の初期の頃の対応はよくやっていたのでは」と話したら、「安倍政権の味方なのか」と批判が来ました。

こういった「強者と弱者」「加害者と被害者」という分かりやすい二項対立は、修復し難い分断を作り出すので注意が必要です。

――権力者の隠していることが何かあって、自分が損してるんじゃないかと思ったり、どこかに責任をなすりつけたい気持ちを持ったりするのでしょうか。

「欧米すごい」という反応もありましたね。それはコロナ前から潜在的にあったのでしょう。ドイツの対応が称賛されていましたが、実際は、日本より患者数・死者数が多いですよね。

松本市のHIV陽性、今と同じような差別

――居酒屋への「営業やめろ」、個人宅への「帰省するな」といった貼り紙も問題になりました。

私は長野県出身です。1986年に日本で2番目の「エイズ患者」が出たのは松本市でした。本来はHIV陽性と言うべきですが、当時は「エイズ患者」と言われていました。

最初の患者は、アメリカ在住の方が日本にいた時に分かったもので、すぐにアメリカへ戻りました。
長野で陽性だと分かったのは、フィリピン出身で「夜の街」で働く方でした。記憶を辿るとですが、当時メディアで流されたのは、エイズが発症し、末期になってやせ細った方の映像です。今考えると、エイズを知るには極めてアンバランスな情報ですが、これを繰り返し見た結果、小学生の私にはとにかくエイズは恐ろしい病気であるということが刻まれました。

その結果、何が起きたかというと、ナイトクラブなどに行っていると噂される男性の子どもが学校でクラスメートから「エイズ」と揶揄される。野菜を載せた松本ナンバーのトラックが東京の市場に入れない。東南アジアの方が買い物に行くと、おつりを投げて渡される。「ドントタッチミー」と言われるような事態が起こりました。

居酒屋などの飲食店がひしめき合う東京・歌舞伎町。人の姿は少なく閑散としていた=2020年4月8日午後5時47分、嶋田達也撮影
居酒屋などの飲食店がひしめき合う東京・歌舞伎町。人の姿は少なく閑散としていた=2020年4月8日午後5時47分、嶋田達也撮影 出典: 朝日新聞

「しょうがない」の連鎖で起こる差別

――今と変わらないことが起きていたんですね。

はい。目を覆うばかりの差別が起きていました。
怖いのは、あの時の社会が「エイズは怖いからしょうがないよね」「感染予防のためには仕方ないよね」と、それを受け入れていたことです。
アメリカでは、「HIV陽性の人には入れ墨をするべきだ」というアンケートに、20%の人が「イエス」と答えていたそうです。

今も、県外からの来客を断る貼り紙があります。これは、する側も「コロナ予防だからしょうがない」、される側も「コロナが怖いからしょうがない」となっている。

差別って悪意からのみ起こるのでなく、「しょうがない」の連鎖が引き起こすことも多いのではないでしょうか。する側が「差別」と思っていないこともあります。

でも、「しょうがない」の連鎖がどれだけの悲劇を生みだしているかは、歴史からも学べます。
ハンセン病も同様です。患者さん自身もその家族も、自分あるいは家族が排除の対象になることをどこかで仕方ないと受け入れてしまう側面があったのだろうと当時の手記を読むと思います。

分断を生んだHIV陽性への差別について、当時の松本市長は「この過ちを繰り返してはならない」とコメントを出していますが、結局歴史は繰り返されています。

外出自粛要請を受けて普段の週末よりも人影がまばらな東京・渋谷駅前のスクランブル交差点=2020年3月28日午後1時34分、東京都渋谷区、本社ヘリから、飯塚悟撮影
外出自粛要請を受けて普段の週末よりも人影がまばらな東京・渋谷駅前のスクランブル交差点=2020年3月28日午後1時34分、東京都渋谷区、本社ヘリから、飯塚悟撮影 出典: 朝日新聞

――30年たっても変わっていないんですね。

「HIV」と「コロナ」は違うという意見もありますが、当時の差別の形態、流れた情報の性質を見れば、コロナと相似形であることがわかります。

――正しい情報や、エビデンスがあれば、差別は起きないのでしょうか?

それだけでは、難しいのではないのでしょうか。エビデンスはそもそもグラデーションなので、それを知っていれば絶対に安全な対策が取れるというわけではありません。

東京がものすごく危ない地域のように考えられていますが、人口1400万人がいます。14万人が感染しても1%という規模です。それなのに全員を対象として「東京の人は来ないで」「入店お断り」といった張り紙を出してしまう。そしてそれを東京の人も受け入れてしまう。差別はこうやって拡大していくのではないでしょうか。

東京の人、松本の人、夜の街で働いている人……。こういったわかりやすい属性に注目し、それら属性に入る人を排除する秩序の守り方は分かりやすくはありますが、それこそが悪意のない差別を生み出していくのだということを知っておく必要があるでしょう。

「しょうがない」という、これこそが差別の芽だと考えます。

磯野真穂(いその・まほ)
人類学者。1999年、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒。オレゴン州立大学応用人類学修士課程修了後、早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。
「人がわからない未来を前にどう生きるか、人類学の魅力を学問の外に開きたい」と、「独立人類学者」として活動中。著書に『ダイエット幻想ーやせること、愛されること』『​なぜふつうに食べられないのか』、哲学者・宮野真生子氏との共著に『急に具合が悪くなる』。
磯野真穂|人類学者

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イベントの様子は3回に分けて記事でお伝えします。第3回は25日配信予定です。

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