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末期がんでも続く平凡な物語「おならプー」に喜ぶ親子、マンガに
のめり込まず支えきる「抗がん剤の間に描いた」ほのぼのさ
「プー、出たよ~」。おならが出たことを笑顔で報告する母と、それを喜ぶ娘の様子がコミカルなタッチの四コマで描かれます。でも、母は「余命宣告」を受けたがん患者。それでも変わらない大切な日常を描いたマンガは、クラウドファンディングの支援に支えられ一冊の本『てるてる坊主食堂』(風濤社)になりました。「もっといい選択があったかもしれない」という悩みもぶっちゃける姿からは、「平凡な小さな物語」の価値が伝わってきます。
「元気なおなら、なんてマンガにする人いないですよね」
子どもが四コママンガ教室に通ったことでマンガを描きはじめたという著者の、のりぽきーとさん。もともと、美術を学んで、フランスへ渡り結婚。日本に帰国後は、実家が営む食堂を母のてるこさんと一緒に切り盛りしていました。
そんな、のりぽきーとさん親子を襲ったのが、てるこさんへの「余命宣告」でした。
2013年12月、てるこさんは、膵臓(すいぞう)がんと診断されます。手術が難しいと言われ「余命2カ月」とされた場面から、物語は始まります。
気負わずに「母が抗がん剤やっている間に描いた」というマンガを、のりぽきーとさんは、自分のブログにアップします。ほのぼのさを失わず、深刻な病気を受け止める心情を描いたマンガは、1日で30万人がアクセスする日もあるなど、ファンを増やし、4年間、続きました。
当初、手術ができないと言われた、てるこさんのがんですが、新しい抗がん剤の投与を耐え抜き、手術ができるまでに改善します。そして、食堂の仕事にも復帰します。
「もちろん、みんなが同じようにいい結果になるわけではないし、自分たちの経験だけを正解だと言えるわけではありません」と話す、のりぽきーとさん。主治医の解説文をはじめ、文字で補足する情報を入れて、あくまで個人の体験であることが示されています。
それでも描こうと思ったのは、娘として体験した経験を伝えることが、同じ病と闘う人や家族の支えになると思ったから。
「苦しい苦しいで終わってしまうのではなく、成功例があれば、がんばれる人がいるはず。気持ちで変わることってあると思うんです」
がんについては様々な情報があふれ、新聞や雑誌には毎日のように書籍の広告が掲載されています。「てるてる坊主食堂」は、それらの本とは少し違います。
「不安になった時は、ちゃんと不安な様子を描く。手術した後とか、数値は悪くなっていないのに、気持ちが落ち込むと体の調子も悪くなってしまうんですよね」
マンガで、てるこさんは、とことん明るい存在として描かれます。
「実際、かわいいんですよ。主治医のお医者さんを『イケメン』と呼んで、乙女のようにはしゃぐんです。そういった場面を、切り抜くようにしていったら一冊の本になっていました」
大切にされているのは、あくまで親子の「小さな物語」です。
「マンガは“さくっとした日常”を伝えやすいのだと思います。モヤモヤを描いていても、ポジティブにとらえられる。だから、闘病記なのに明るいんだと思います」
喜怒哀楽がはっきりと描かれる、てるこさんに対し、のりぽきーとさんの表情の変化は控えめです。そんなマンガの描写は実際の親子関係から生まれたものでした。
「ショックなんですけど、支えるんだけど、そんなにのめり込まないのがよかったと思います。病の怖さにのまれないように、楽しむというか。母は、ものすごく苦しいとき笑うんです。『あなたがいるから大丈夫な気がしてきた』と言って。実際、気の持ちようで数値も変わってくることには、主治医の先生も驚いていました」
それまで何度か出版の話はありましたが、実用書ではない内容のためか、立ち消えになっていたそうです。
「あきらめてた時に、友だちが『まとめた方がいい』と言ってくれて。クラウドファンディングをやったことで話題にもなって、出版社が決まって。以前は『巨匠じゃないとできない』と言われたオールカラーにもなって。いいタイミングが重なることで、モノってできるんだと実感しました」
出版のために呼びかけたクラウドファンディングには147人が支援し、目標をこえる117万円が集まりました。
てるこさんは、できあがった本を見届けることはできず、旅立ちました。のりぽきーとさんは、これまで百冊以上の『てるてる坊主食堂』を全国の病院図書館に寄贈しています。
「食堂に復帰することは、母にはとても大事なことでした。誰もが母のようになるわけではないけれど、生きがいみたいなものを持っていると強くなれるはず。この本を読んで、同じように悩んでいる誰かが喜んでくれたらいいなと思っています」
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