連載
#51 #やさしい日本語
給料ゼロ、異性と相部屋の寮「まさか日本で?」外国人が見た怖い職場
「日本で、こんなにおかしいことがあるなんて」
ヴェロニカさん
岩橋さん
相談者【ヴェロニカさん(仮名)、20歳代、女性、ポーランド人】
ヴェロニカさんからPOSSEにメールがあったのは、今年2月のことでした。「昨年(2019年)10月に来日して神奈川県にある宿泊施設で住み込みの仕事をしているが、給料が4ヶ月間、1円も支払われていないので、とにかく早く逃げ出したい」という内容でした。
メールから何日かして、私はヴェロニカさんとPOSSEの事務所で会って話を聞きました。ヴェロニカさんは母語のポーランド語に加えて英語と日本語も話すことができましたが、英語のほうが得意だったため、私たちは英語でやり取りをしました。
ヴェロニカさんは、ポーランドの大学で日本語を専攻し、卒業後すぐに来日しました。もともと日本文化に興味があり、まず日本で働く経験を積みたいと思っていたそうです。
働くための在留資格(ビザ)として、「ワーキングホリデー」のビザを取ることがヴェロニカさんの状況では最も容易だったため、ヴェロニカさんはこのビザで来日しています。
今回、問題となっている宿泊施設の仕事は、来日前にインターネットで探したとヴェロニカさんは話しました。会社のオーナーによる面接はスカイプ上で行い、無事合格。必要な書類を作成してもらい、2019年10月に来日しています。
しかし、働き始めてから、おかしなことがたくさんあったとヴェロニカさんは訴えます。ネット求人には「寮付き」と書かれていて、確かに寮は提供されたのですが、部屋の中はカビだらけでとても人が住めるような環境ではなかったようです。さらに、途中から、同じ会社でアルバイトをする外国人男性と同居することを強いられたとのことでした。
仕事は、朝8時頃から昼の12時頃まで、客室の清掃やお客さんの案内などでした。観光名所の近くにあり、比較的安価で泊まることができたため、バックパッカーなど外国人観光客が多かったそうです。
しかし、最初の1ヶ月が経っても給料は支払われず、そもそも契約書もありませんでした。ヴェロニカさんは「なぜ給料を払わないのですか」と会社に聞きました。会社側は「最初から給料は払わないという約束だった。それに、会社の寮をタダで提供しているので、給料を払うとしても家賃と相殺になる」と言われたそうです。
ただ、これでは日本で1円も稼ぐことができず、このまま1年間ずっとこの寮でこの会社で働くしかなくなってしまいます。ヴェロニカさんは、仕事がない日は近くのラーメン店でアルバイトをしながらお金を稼ぎ、ようやくある程度の金額がたまったため、今年2月に「辞めます」と会社に伝えて、逃げだすように引っ越ししたということでした。
ヴェロニカさんは、フランス人の友だち経由で、その友だちが通っていた東京の日本語学校の講師からPOSSEを教えてもらい、メールで相談をしました。
ヴェロニカさんの訴えを聞いて、私や同席していたPOSSEの学生ボランティアも驚きを隠せませんでした。この会社は、ホームページもあり、ツイッターやインスタグラムでも日本国外に向けて積極的に宣伝活動を行っています。それなのに、給料を1円も支払わないという「奴隷労働」を外国人に強いている現状に、怒りを覚えました。
私たちは、「大前提として、会社はヴェロニカさんに働いた分の給料を、絶対に払わないといけません。労働基準法という法律で決まっています。働いたら給料を支払うというのは、当たり前のことです」と説明しました。
そして、「ヴェロニカさんのようなワーキングホリデーの人も、技能実習生の人も、留学生の人も、働いた時は絶対に給料をもらえるべきです。在留資格や国籍で、労働環境が差別されてはいけません」と伝えました。
会社は給料を通貨(お金)で支払うことが義務付けられています(労働基準法24条)。お金を支払わない代わりに、会社寮や食事を提供することは違法です。
私はヴェロニカさんに、朝8時から12時まで働いた分の給料をもらう権利があると伝えました。
もう一つ、ヴェロニカさんが気にしていたのは、会社は「面接の時に、給料はありませんと約束しています」とヴェロニカさんに伝えていたということでした。ただし、これはほとんど気にする必要はないことです。
もし働く人が「給料はいりません」と約束しても、法律上、会社は給料を払わないといけないからです。
そもそも、ヴェロニカさんがネットの求人を確認すると、きちんと「給料は支給される」と書かれていました。ヴェロニカさんは「給料はない」というような約束はしておらず、会社は嘘をついていました。
私は、労働組合(ユニオン)に入り、会社に給料を請求することを勧めました。ヴェロニカさんは、「総合サポートユニオン」というPOSSEが連携している労働組合に加入しました。そして、3月に私(私も総合サポートユニオンの組合員です)や他の組合員と一緒に、ヴェロニカさんは賃金の支払いを求めて会社に向かいました。
しかし社長は「無給という約束をしているし、家賃は会社が負担しているので給料は払わない」と断言しました。私たちは何度もそれは労働基準法違反であることを説明しましたが、社長は全く理解する様子はありませんでした。
その後、労働基準監督署が私たちの申告を受けて会社に調査に入り、「ヴェロニカさんに給料を払わないのは労働基準法違反」と判断しました。会社は私たちに対して「わかりました。給料を払います」と伝えてきました。しかし「会社寮の家賃分は給料から相殺します」と一方的に告げてきました。
私たちは「そもそも寮は無料という約束でしたので支払いません。いまさら一方的に家賃の金額を会社が決めるのもおかしい」と会社に告げたところ、会社は結局、私たちの主張をすべて認めて、給料を全額支払うことを約束しました。
ヴェロニカさんには、約20万円ほどが支払われました。本当であればこのまま日本で働く予定でしたが、コロナウイルスの影響で今年4月にポーランドに帰国せざるを得ませんでした。
ヴェロニカさんは帰国後にfacebookでこのようなメッセージを送ってくれました。
「働いている最中は強制的にタダ働きをさせられ、とても怖かったです。逃げ出したくてもお金がないので、それもできませんでした。日本で、こんなにおかしいことがあるとは思いませんでしたが、会社におかしいと言えたこと、そして、給料を払ってもらえたことはよかったです。困っている人は相談してほしい」
※配信時に「ユースホステル」としたのは「宿泊施設」の誤りでした。神奈川県にある「ユースホステル」とは関係ありません。修正してお詫びいたします。(2020年9月11日)
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