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おぎやはぎ・小木、あとから効く話芸 野心ない“心地よさ”の魅力
バク転に音楽…意外な才能も
8月14日に放送の『おぎやはぎのメガネびいき』(TBSラジオ)で、初期の腎細胞がんをサラリと公表して話題となった「おぎやはぎ」の小木博明。数日後には無事手術を成功させ、翌月の9月2日には水曜レギュラーを務める『バイキング』(フジテレビ系)で早くも仕事復帰を果たした。おぎやはぎと言うと、とかく相方・矢作兼の評価ばかり目立つが、野心もなくマイペースな小木のスタンスは、芸能界において代えがたい存在といえる。実はバク転ができるほど運動神経がよく、音楽一家で開花した才能も……。「自分が楽しみたい」を貫いたら生まれていた“心地よさ”を持つ小木の特異な魅力について考えてみたい。(ライター・鈴木旭)
おぎやはぎというと、「2人揃ってメガネ」「穏やかな口調」「コンビ仲がいい」という印象から、文化系のイメージを彷彿(ほうふつ)とさせる。しかし、実はどちらも運動神経がよく、意外なほど器用にこなす。とくに小木は、バク転(後方倒立回転跳び)ができることでも有名だ。
2002年に行われた合同コントライブ「バナナマン・ラーメンズ・おぎやはぎ ライヴ!!君の席-SPECIAL SIX SEATS-」では、華麗なバク転を披露して観客を驚かせた。また、『リンカーン』(TBS系・2005年10月~2013年9月終了)では、小木の投げるフォークボールが素人とは思えない落差を起こすため、“魔球を投げる男”として話題になったこともある。
高校時代はサッカー部で活躍したスポーツマンだ。ラジオ番組『メガネびいき』で本人が話すところによると在学中に「第67回高校サッカー選手権大会」の準々決勝「暁星VS国見」という歴史的一戦をピッチ上で見学している。この時、PK戦で劇的な勝利を収めた暁星高校に感極まり、なぜかメンバーに交じってスタンドの観客席にあいさつする、という奇行を働いたそうだ。ちなみに小木は、国立競技場の壁に貼ってある旗を監視する、という単なるアルバイトの一人だった。
飄々(ひょうひょう)としたキャラクターだからこそ、その分見る者に強烈なインパクトを残す。この点は、小木の最大の特徴と言っていいだろう。
小木は、2006年に元ミュージシャンの森山奈歩と結婚。義理の母が歌手の森山良子、弟は森山直太朗という音楽一家に身を置くことになった。このことで、小木は歌唱法でも独自の芸風を開花させている。
その一面が現れたのが、2008年2月に放送された『おぎやはぎのメガネびいき』(TBSラジオ)の本編放送後のポッドキャスト収録時だった。この日のゲストは、きれいな裏声“ファルセット”を多用する歌で一躍時の人となった森山直太朗。
パーソナリティーの一人である矢作兼が「何オクターブ出んの?」と森山に話を振ると、「ファルセット合わせると3オクターブ」「もうちょい行くのかな?」と答える。これに小木は、「ファルセット合わせてるのに?(それだけしか出ないの)」と即座に挑発。続けて、矢作が「聞かせてやれよ」と小木をあおったため、独自の歌唱法を披露することとなった。
「ド・レ・ミ・ファ……」と低音から徐々に高音へ。しかし、2オクターブ目から音域が伸びない。3オクターブ目に入ると声を張り上げ始め、最後の“ド”で声を奇妙に波打たせるビブラート、通称“オギラート”で「ドォォォォ~!!」と圧倒。これに森山は失笑しつつも、「ビブラートはすごい……」と認めざるを得ないようだった。
この“オギラート”は、同番組で森山良子の前でも披露したことがあり、「音楽環境を悪くする」「やめてほしい」とツッコまれていたが、衝撃的なパフォーマンスであることは間違いない。お笑い芸人としては、秀逸な一芸と言えるのではないだろうか。
あまり注目されていないが、小木のトークには独特のユーモアがある。それが広く知れ渡ったのは、『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)に出演し始めた頃だったと記憶する。とくに芸人を始める前、ハワイに住んでいた頃のビジネスパートナー“ボブ”とのエピソードは印象深いものがあった。
ハワイでの仕事を辞めて4~5年経った頃、小木は家族でハワイ旅行に行くことになった。ふと「ボブに会いたい」と思い立った小木は、ボブの居所を探すことに。どうやら、あるストリップ小屋で働いているらしいとの情報をつかみ、小木は現場へと向かうことになった。店長に「ボブはいないか?」と尋ねたところ、なんと8人ほどのボブが現れた。ハワイではよくある名前らしいのだ。
しかし、そこには小木の探していたボブはいなかった。肩を落として戻ろうとする小木。そこで「待ちな」と声をかけたのが、休憩中にたまたま居合わせたストリップ嬢だった。ハッとして小木が振り返ると、ストリップ嬢が「ボブだったらもう一人いるよ」とたばこを吹かす。「呼んできてあげるから、坊や待ってな」と促され、半信半疑で待機していると、本当にかつてのボブがやってきた。
久々の再会に涙まじりで抱き合う2人。「文通しよう」と約束し、小木はボブの住所を紙に控える。しかし、ここで小木は痛恨のミスをしてしまう。ストリップ小屋からホテルに戻るまでの間に、その紙をなくしてしまったのだ。
それからさらに4~5年後、再び小木にハワイ旅行のチャンスが巡ってきた。さっそく前回のストリップ小屋を訪れたが、店長は「(ボブは)一人もいない」と首を横に振るばかり。小木の知るボブどころか、働いていた8人のボブさえいなかったのだ。「2回目は、どれでもいいからボブに会いたかった」ともらす小木の話は、誰も予想できないオチだった。
そのほか、小学校時代に仲間たちでキスの練習に励んだ「小木キスクラブ」の話、小木が愛人と称している元AKB48の小嶋陽菜と2人でミュージシャンの故・ムッシュかまやつ氏のお別れ会に出席した話、妻の奈歩夫人が妖精を見た話など、なぜか小木の周囲には信じがたいことばかりが起きる。
うそか本当かはさておき、緩やかにスタートした語りがとんでもない方向に着地するエピソードは、小木ならではの話芸と言えるだろう。
2019年4月からスタートした『おぎやはぎのハピキャン 〜キャンプはじめてみました〜』(メ〜テレ)は、おぎやはぎの2人がこれまで縁のなかったキャンプやアクティビティーに挑戦する番組だ。ここでも小木は、マイペースな言動で現場を盛り上げている。
とくに小木らしさが発揮されたのは、アウトドアのスペシャリスト・つるの剛士を講師役として迎えた回だった。ゲストのあばれる君、吉崎綾とともに、食材調達のため湘南の沖合へと海釣りに出かける一行。揺れる漁船で、つるのが釣りのアドバイスを施しながら番組は進行していく。
序盤にあばれる君が極小のアジを釣り上げると、矢作に釣りのうんちくを熱弁し始める。終わらない語りに矢作が「うるせぇ!」とツッコむと、これを見た小木はシメシメと釣りのアドバイスを求める。これにあばれる君が「(釣り針は)魚から見て上にあったほうが……」と解説しようとしたところで「うるせぇな!」と一蹴。これが連鎖し、共演者全員があばれる君に「うるせぇな!」とツッコむ展開に。あばれる君自身も番組ディレクターに「うるせぇな!」と噛みついた。
ひとしきり終わると、小木が「これでみんな言えたねぇ」と微笑む。まるで子どもをあやすような表情とトーンだ。この“アメとムチ”のような落差も、小木の大きな魅力の1つと言えるだろう。
ダウンタウンが東京に進出した1980年代後半から2000年代中盤あたりまで、テレビでの活躍が目立ったのは関西出身の芸人だった。テンポがよく明確なオチのあるトークは、視聴者からも多くの支持を集めていた。それだけに、おぎやはぎの存在は異色だった。
2人とも穏やかな語りで滑舌がいいほうではない。「お笑いで天下を獲りたい」というような野心もない。「適度に仕事をして、適度に休みたい」というスタンスは、当時の芸人の世界ではあり得ないものだった。ほとんどの若手芸人は、ダウンタウンのように「スターへの階段を駆け上がりたい」と考えていたからだ。
そのなか、おぎやはぎは淡々と自分たちのペースで進んでいく。バラエティー番組では人当たりのよい矢作にスポットが当たっていったが、ラジオ番組では小木の面白さが際立っていた。
『メガネびいき』の過去のコーナーを見ると、思わず笑ってしまうラインナップが目白押しだ。
リスナーからの悩みに、すべて霊の仕業だと決めつけて小木がお祓いを行う「あっち逝きなさい、小木!」。小木が格好いいと感じるであろうシチュエーションや名言などをリスナーから募集し、小木自身がジャッジする「小木の美学」といったコーナーは、その真骨頂と言えるだろう。
そのほか、時代の流行に便乗した企画「オギ音ミク(≒バーチャル・シンガー「初音ミク」)vs 歌うさくら野郎・森山直太朗」や「魔法小木おぎか☆オギダ(≒深夜アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』)」では、どこかミステリアスな小木の個性とファンタジーとが見事に融合し、唯一無二の笑いを生み出していた。
ファンを喜ばせるためにネタを仕込んで披露するのが芸人の常だが、昔から小木は「自分が楽しみたい」「自分を楽しませてほしい」というスタンスだ。格好つけたがりの人見知りで、友人づくりは「矢作が今まで作ってくれたストックがある」と言い切ってしまう。こういった小木のマイペースな言動には、なんとも言えない滑稽な魅力を感じるのだ。
小木の芸風には、“東京の匂い”を感じさせるシャイネスと趣がある。これは、芸人だからではなく地のものだろう。かつてダウンタウン・松本人志は、矢作のお笑い的才能を“浮遊芸”と称していたが、その核を担っているのは小木だという気がしてならない。
もちろん矢作の人柄やトークセンスによって、小木の存在が世間に知れ渡っていった点は大いにある。しかし、それはあくまでも矢作が“小木の持ち味”を理解したうえでの策だったのではないか。言い換えるなら、話の水を向けられた後にこそ小木らしさが光る、ということを矢作は熟知しているのだと思う。
ジワジワと薬のように効いてくるのが小木の面白さだ。短くわかりやすいトークが主流の時代にあって、心地のよいトーンで延々と話を聞かせる芸人はそういない。お笑い界においても、小木は貴重な存在なのだ。
今はあまり無理をせず、健康を第一に考えて活動してほしい。ファンは、ありのままの小木に期待している。
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