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坂本龍馬?竜馬?校閲のプロも悩む表記「一筋縄ではいかない」難しさ
教科書では「龍→竜→龍」変遷も…
「澤」、「櫻」、「邊」……旧字体を使った人名は数多く存在しています。新聞では「沢」「桜」「辺」など、常用漢字で表記されるのが基本ですが、旧字体がそのまま使われるケースもあります。これらのルールや基準は、新聞の校閲記者にとっても一言で説明するのは難しいもの。辞典や教科書などをつくる企業に聞いてみると、それぞれに「読みやすさ」を追求して検討しているのがわかりました。「渋沢栄一」や「坂本龍馬」を例に、取材しました。
日本の紙幣が2024年に刷新され、1万円札の「顔」が福沢諭吉から渋沢栄一に交代します。銀行や商社など500社もの設立に関わった「日本資本主義の父」。日本史の授業でも登場する有名人です。
この「渋沢栄一」、彼が生きていた戦前の紙面では、澁、澤、榮のように旧字体で表記していました。しかし、現在の紙面では新字体。どんな経緯があるのでしょうか。
来春から全国の中学校で使われる教科書では、東京書籍、帝国書院など渋沢を扱う6社全てで新字で表記しています。ただ「坂本龍馬」は全て旧字です。
東京書籍で社会科を担当する和田直久さんは「人名表記に各社共通のルールはありません」。東京書籍は本人が使っていた表記、博物館や資料館が用いる表記など、子どもたちが目にする機会があるものにそろえているそうです。
確かに、渋沢栄一記念館(埼玉県深谷市)はすべて新字、高知県立坂本龍馬記念館(高知市)は「龍」が旧字です。
龍馬に関しては、新字で「坂本竜馬」としていたこともあったとか。「司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の影響もあってか、『竜』が使用されているケースが多いと思われたための判断」と和田さん。
しかし、さらに時代が進むと、やはり旧字体のほうがなじみ深いということで旧字に戻ったそうです。
次に国語辞典を見ると、広辞苑も大辞林も新字で「渋沢栄一」。大辞林の凡例(編集の方針)に「常用漢字表および人名用漢字別表の漢字は、それぞれの漢字表で示される字体を用いた」とあります。その一方で、旧字体は「用いなかった」としています。
終戦直後、国語の平易化のために国は「当用漢字」をまとめ、簡略化された新字体を採用しました。これらが現在の常用漢字表にも引き継がれています。
三省堂大辞林編集部の山本康一さんは「見た目は違うけれど、旧字体も新字体も同じ字のバリエーション。辞書ではみんなで共通に分かる字を使おう、というのが基本姿勢です」。
国語辞典が扱う分野は国語、古語、百科語と様々。分野によっても表記の傾向は異なります。幅広い分野にわたる膨大な数の言葉を、一貫したルールに基づいて表記するため、常用漢字表に沿っていると言います。
ただ、新字体を使っていると、古い時代の文献を読めなくなってしまうという指摘もあります。字体にアイデンティティーを感じている人も多く、日々紙面を校閲する立場としても、むずかしいテーマです。
最近の事例だと、歌舞伎の名跡「市川團十郎」。これまでは新字で「団十郎」としていました。
ですが、十三代目を襲名する市川海老蔵さんから強い希望があったことに加え、舞台やテレビなどで旧字の「團十郎」表記を目にする機会も多いことから旧字表記としました。
広く流通する字体を使うことで、多くの方々に伝わりやすく読みやすい紙面をお届けしたいと思っています。
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