連載
#14 WEB編集者の教科書
ラーメン→世界経済まで…東洋経済オンラインが見つけた「PVの役割」
リニューアルから8年、月間3億ページビューを達成した「東洋経済オンライン」の作法
連載
#14 WEB編集者の教科書
リニューアルから8年、月間3億ページビューを達成した「東洋経済オンライン」の作法
WEB編集者の教科書
共同編集記者「東洋経済オンライン」が目指すもの
・「健全なる経済社会の発展」に貢献すること
・「正義」ではなく「正しさ」を追究
・PVは大事だが、求めるものではない
今年1月末に中国・武漢が都市封鎖され、国内では2月にダイヤモンド・プリンセス号の集団感染が発生し、日々不安が高まっていった時期でした。
「新型コロナに関してビジュアルなページをつくれないかと、編集部のデータ担当に持ちかけました。『どうすればいいんだ?』と担当者はぼやいていましたが、バラバラに報じられているデータをまとめて、一目で感染の状況や日ごとの変化がわかるページを考えてくれ、すぐに実現しました」と武政さん。ネットメディアならではのスピード感で製作されたページは改良を重ね、ピーク時には一日に40万人、今も10万人が訪れるコンテンツになっています。
「読者の関心や知りたいことにどう応えていくのか。メディアにとって改めてその点が重要だということを感じました。読まれる記事とは、読者にとって有益なテーマを独自の切り口で、説得力ある内容にまとめ、よいタイミングで、興味をひくタイトルをつけて発信すること。それが編集者の仕事の基本と考えています」
「東洋経済オンライン」を運営する東洋経済新報社は,1895(明治28)年創刊の総合経済誌『週刊東洋経済』、1936(昭和11)年創刊の企業情報誌『会社四季報』で知られる老舗出版社です。現在では雑誌、書籍の編集・発行、各種統計や企業情報を販売するデータ事業、セミナー開催などのプロモーション事業、そして「オンライン」を含むデジタルメディア事業が収益の5本柱になっています。
「東洋経済オンライン」は、「日本経済新聞電子版」のような有料課金モデルではなく、基本は広告収入による無料サイトで、自社が展開する各事業のハブ的な役割も果たしています。『週刊東洋経済』はじめ雑誌と連携し、会員制をとる雑誌のデジタル版『東洋経済プラス』や『四季報オンライン』への送客、刊行書籍のプロモーションや手がけるセミナー事業のPRや集客といった役目など、オンライン単体で稼ぐ以外にも、会社の事業を世に出していくプラットフォーム的な側面も持っています。
こうしたビジネスモデルは、当初から構想されていたわけでなく、「いわば偶然の産物」だったと武政さんは話します。
「私は、マクロ経済などを担当する市場経済部の記者から、2010年にオンライン編集部へ異動を命じられました。オンラインができた2003年から2011年くらいまでは、社内ベンチャー的な位置づけで、どちらかといえば日陰者的な存在でしたから、私自身もこの部署には行きたいとは思っていなくて正直、複雑な心境の中で異動しました」
当時のオンラインは、『会社四季報』の要素が強い、投資家向けの色彩が強いメディアだったそうです。
「うちの記者は全員、上場企業約3700社を手分けして自動車、金融など業界ごとに企業単位で担当社を持っています。その企業の業績を四半期毎に取材し、今後の予測を『会社四季報』に掲載している。その業績にかかわる部分を『四季報速報』として、ネットで配信していくのが業務の中心でした。しかし、法人や投資家に販売するにも限度がある。ビジネスパーソンだけでなく、主婦や学生らより幅広い層の人々に読んでもらえる方向に、2012年のサイトリニューアルを機に大きく方針変換しました」
そのターニングポイントになったのが、東日本大震災だったそうです。
当時の「東洋経済オンライン」は月間200万~300万ページビューほどのサイトでしたが、震災直後、被災した企業の状況を一斉に取材して伝える記事を配信したところ、一時的ですがページビューが倍増したそうです。コンテンツをしっかり集めて出せば効果が出ることはこれでわかりました。
さらに1本ごとの記事を分析していってわかったことは、「発表モノをまとめたような短い記事は読まれない」ということでした。
「『四季報速報』は月に100本以上配信していましたが、合算してもページビューはびっくりするほど少なかった。一方、雑誌でいえば2ページ以上にあたる2千~3千字でしっかり背景を書き込んで分析した記事を出すと、当時でも4万~5万PVを獲得するものがありました」
「この違いとは何か。結局、読者は賢くて、自分たちが発表情報を基にさらっと書いているということはすぐばれてしまう。オンラインを大きくしていく過程で意識していたのは、とにかく雑誌と同じクオリティーのものを手を抜かずに作り込まないと読まれない、ということ。これは本当に痛感させられました」
「ほかにはない切り口が深く入って、しっかりとしたエピソードやデータ、ファクト、ロジックがあって、ストーリーができている記事を読者は選り分けて見ています。雑誌とは出すタイミングや見せ方は違いますが、そこに詰まっている品質は同じでないと勝負できないのです」
では、デジタルと雑誌の違いとは何でしょうか。
「週刊東洋経済」の副編集長も兼任し、この春から「東洋経済オンライン」副編集長を務めている井下さんは「コンテンツを作るという意味では、あまり違いを感じない」といいます。
「違うとすればスピード感とタイミングの重要性でしょうか。以前、雑誌とオンラインの両方へ記事を出す仕事も担当していましたが、その時より情報が流れていく早さ、拡散するスピードはより増していると実感しています。雑誌では今日起きたことは載せられませんが、オンラインならすぐ出せる。アウトプットの方法が多様になっていることに記者はメリットを感じていると思います」
「一方、単にスピード勝負ではなく、少し時間をおいて、切り口を変えて出すことできっちり読まれる場合もある。タイミングをはずすと、絶対読まれると思っていた記事が、全然読まれないこともある。オンラインではそれがシビアにわかるのが、難しく面白いところです」
現在、オンライン編集部には12人の編集部員が所属。井下さんのように社内の記者が書いてくる記事をまとめるメンバーのほか、フリーライターやエコノミスト、企業のアナリスト、弁護士や公認会計士といった士業など多彩な300人を超える外部ライターに記事を発注し、発信する担当もいます。
他にもデータ部門が作成する様々な指標をもとにしたランキング記事や他の出版社や通信社からの転載記事も配信されます。その数は月に600~700本にのぼり、硬派な経済記事はもちろん、教育やライフスタイルからラーメンやアイドルの話題までとバラエティーに富んでいます。
「読者がリアルに感じている経済を、どう届けていくかがポイントです。身近なテーマを切り取り、自分事としてとらえてもらえるよう記事に具体的なヒト、モノ、コトに落とし込んでいくと、読者にとってのリアリティーや当事者感が生まれる。そうした小さなリアルを積み重ねていくことで経済という現象を伝えることができる。そのためには、自前のコンテンツだけにこだわらず、いろんなものを集めてたくさんの人に来てもらうことが重要なんです」と武政さんは話します。
その際の基準になるのは、創業者・町田忠治が残した社是「健全なる経済社会の発展」に貢献するかどうか、という視点だそうです。
「読まれるなら、何をやってもいいというわけではありません。読まれた指標であるPV(ページビュー)はとても大事ですが、求めるものではないと、編集長に就いた時に打ち出しました。それはあくまで自分たちの存在意義を知らしめていくためにつくったコンテンツの集積の結果である、と。そのためにやるべきこと、やらないことを整理しました」
「PVもとれそうでやるべきものは、もちろんやる。PVがとれなくてもやるべきものは、切り口や見せ方を工夫しながらやる。問題なのはPVがとれるが、やってはいけないもの。これは魔物のようなところがあり、フェイクニュースには手を染めずとも、扇情的なあおりや根拠の薄い表現に走ってしまうといったことは起こりうる。常に矜持、理念、節度を持ちながら、読者が求めるコンテンツを提供していこうというのが現在の方針です」
さらに、武政さんはもうひとつ、「正義」ではなく「正しさ」を求めるという立場も挙げています。
「記事は書き手の主観や正義を押しつけるものであってはならない。客観的事実をベースに正確に報道することで、読者が受け入れてくれるものをつくる。そうした読まれる記事を出すことが、媒体の支持や信頼につながり、ブランドになっていくのです」
では、そうした記事を世に送り出していく、WEB編集者に求められる資質とは何なのでしょうか?
井下さんは「自分自身まだ手探りの状況ですが、やはりコミュニケーション力が一番大事なのでは」と話します。「私の場合、相手は社内の記者になりますが、ネタをとってきた記者に共感しつつも、一歩ひいた冷静な視点を持つことも重要ですね。あくまで黒子として、記者とは少し離れて並走する形で意見交換しながら、良い記事を出していきたいと思っています」
武政さんは「メディアの特性によって、違いはあるでしょうが、編集者とは、その名の通り”編んで集める”役割だと考えています」といいます。自分が表に立つのではなく、記者や書き手のプロフィールや人生経験から、個性を見極め、得意分野を引き出し媒体の特性に合わせて、〝編んで集める〟。そのためには、表現力や切り口やテーマを考える企画力、文章を整える力などは必須で、さらにやはりコミュニケーション力が重要だと指摘しました。
「編集者は一人で仕事ができないので、結局、どれだけ多くの人の力を借りることができるかが鍵になる。そのためには、自分の得意なことは何かを知っていなくてはいけない。例えば私なら、文章を整える力やタイトルをつける能力、読者の関心を得られそうな企画のイメージを伝えるのが得意だと思っている。そんな自分の得意と、相手の得意なところを掛け合わせることで面白い企画や切り口、コンテンツが生まれるのだと思います」
「自分の得意がわかっていないと、相手の得意なことも引き出せませんよね。自分の良さと相手の良さを、同時に〝編んで集めて〟いけるのが、よい編集者と私は考えています」
また、自分の良さや得意を生かしていけるように武政さんは、編集者としては「なるべく好きな人、気の合う人と付き合うようにしている」といいます。
「私の場合、関心のあるテーマや企画で、常に外部ライター50人以上、出版社20社以上と連絡を取りながら、月に60本ほどのコンテンツを用意します。もちろんバランスは取らなければなりませんが、この状況になると、なるべく好きな人、気の合う人と付き合っているだけでも仕事は回るんです。こうした状況を作る方が大事だと思います」
「仕事の上ではオールマイティーを目指さなくてもいいのでは。苦手を克服するより、自分ができないことを認めて、人にまかせる。それぞれが好きなこと、得意なことを一生懸命やっていくことで、自然と全体的にバランスがとれてくるものです。規律と節度、理念を守った上で好きなことにチャレンジできる。そうした編集部の自由さが結果にもつながっていると思っています」
「東洋経済オンライン」武政さんの教え
・編集とは「編んで集める」こと。黒子に徹せよ
・自分の得意と相手の得意を掛け合わせて、引き出す
・好きな人、気の合う人と付き合うだけで仕事が回る状況をつくりだす
経済系のウェブメディアは新聞社系、出版社系、さらに外資系や新興ネット系と激しく競争している世界。その中で「東洋経済オンライン」が打ち出す方向性は、決して目新しいものではなく、むしろ紙媒体とデジタルの関係などオーソドックスなものです。しかし、こうしたぶれない「基本姿勢」が重要なのでしょう。
「読まれないと意味がないが、読まれればいいわけではない」といった二律背反は永遠の課題です。それを乗り越える手段が、自分の好きや得意を突き詰めることだとするなら、希望につながる気がしました。
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