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アスリート式「語学勉強法」英仏語操りテニス留学、日本人学生の極意
英語とフランス語に堪能でテニスも学業もトップクラス。そんな日本人の学生アスリートがいます。アメリカのワシントン大学にテニス留学している、荒川夏帆さんは、アメリカの大学のスポーツを統括する組織・NCAAから成績優秀で表彰されました。そんな荒川さん、どうやって語学を身につけたのか。最初は「楽しい」から始めましたが、次第に「仲間に入りたくて」磨くようになり、気がつけば「必要とされる環境」に身を置いていたといいます。「文武両道」を地で行く荒川さんに「アスリート式の語学勉強法」を聞きました。
<目的は「友達に会う」でもいい>
東京出身の荒川さんは、2歳から東京都の自宅近くの英会話教室に週一回、習い事として通っていました。
あくまでも、勉強ではなく、友達と歌ったり、踊ったり。「英語って楽しい、というところから入れました」
英会話の先生は日本人でしたが、レッスン中はずっと英語。全国展開する教室が開いた劇のコンクールでは、先生がオリジナルの台本を作成。賞も受賞したといいます。
「友達に会えるのが楽しみでした。2歳から小学6年までずっと地元の友達と一緒だったので、みんなで頑張ろうと切磋琢磨できました」
荒川さんのポイント
<語学が必要な環境に身を置く>
「将来の夢」と英語をつなげられたことも大きかったといいます。
テニスを5歳から始めた荒川さん。6歳のときに8歳以下の全国大会で優勝し。副賞として四大大会のウィンブルドンに1週間、無料招待されました。
「ジュニア時代の錦織選手とシャラポワ選手を初めて見て、びっくりしました。オーラがすごかったし、こんなにかっこいい選手になりたいなと思いました。小学生のころの七夕の短冊には『ウィンブルドンに出たい』でした」
いつか海外で活躍したい。そんな気持ちから語学に力が入りました。
<仲間に入るため語学を磨く>
「話せないと仲間に入れない」。言葉が話せず孤独を感じた経験も彼女の向上心に火をつけるきっかけとなりました。
テニスでトップを目指すため、中学1年生の秋から中学3年まで約1年半、フランスとベルギーに留学しました。テニススクールでは、現地の生徒たち同士がつるんでいて、中に入ることができなかったといいます。
「自分から伝えにいかないとだめなのに、もじもじしてしまって、『静かな人』で終わっちゃったんです」
それは、テニスのコーチも同じでした。
「自分から教えてもらうために声をかけないと、待っているだけでは教えてもらえない。先生も英語はネイティブではなかったので、私のつたない英語ではうまく伝わらなかったり、矛盾があったり。このとき、話せないと本当の意味で仲間になれない、と痛感したんです」
荒川さんのポイント
<隙間時間で自分なりの勉強法>
高校はアスリートコースのある日体大柏高校(千葉)に進学し、1年の半分はテニスで海外に遠征するなど、スポーツに打ち込んでいました。
勉強は母親のテニスの練習の送り迎えの車の中ですることも。教科書とプリントをタブレットで写真を撮って単語帳に書いたり、問題を自分で作ったり、工夫をテニスと勉強の両立を工夫。高校2年のときには、成績は学年で4番になりました。
テニスでは、高校時代に18歳以下のITF(国際テニス連盟)世界ランキングで100番以内に入るなど、力を発揮。アメリカの大学からリクルートの声がかかり、熱烈なオファーを受けたアーカンソー大学に進学を決意します。
中学生で留学したときの悔しさを晴らすために、フランス語を極めたいと思い、3年生からは専門のコースがあるワシントン大学に転学しました。
荒川さんのポイント
<中学の時の悔しさをバネに語学を極める>
ワシントン大学は、東大に並ぶほどの有名大学。さらに、荒川さんは奨学金をもらっています。アメリカではスポーツで奨学金をもらう場合でも、優秀な成績が求められます。
荒川さんは朝6時に起きて、授業は早いときは朝8時半から、4時間程度受けます。その後、トレーニングも含めて3時間、テニスを練習。大学からバスで15分くらいのアパートでルームシェアし、夜ごはんは自炊です。その後、夜は課題を3時間ほどするという生活でした。
今年は、新型コロナウイルスの影響で3月中旬から日本に帰国しましたが、実家でウェブ授業を受けており、テニスの練習のほかに、4~5時間机に向かっています。4月には大学の全アスリートの女子の中で2位の成績を取りました。
荒川さんのポイント
今年、ラグビー元日本代表の福岡堅樹選手が、医学の道に進むため、東京五輪の代表挑戦の断念を表明しました。
ワシントン大学でアメリカンフットボールアシスタントコーチの経験があり、アメリカの大学スポーツに詳しい吉田良治・追手門学院大客員教授は「日本では歴史的に勉強を犠牲にして、スポーツにすべてをかけるというのが当たり前になっています。でも、アメリカでは違います」と指摘します。
「アメリカは、スポーツだけでなく勉強やボランティアを通して経験を積んでいきます。そして、セカンドキャリアに向けた土台を在学中に作っていきます。福岡選手のニュースは多くの日本人にセカンドキャリアの大切さを知ってもらうきっかけになったと思います」
以前、取材をした元阪神タイガースのマット・マートンさんは、名門のジョージア工科大学で学んだ経験があります。
ジョージア工科大学は、アメリカで初めて、スポーツだけでなく教育を通して人間として成長するためのプログラム「トータルパーソンプログラム」を導入した大学として知られています。
トータル・パーソン・プログラム(人格形成プログラム)
1980年にジョージア工科大で作られたスポーツクラブに所属する学生の教育プログラム。学業とスポーツの両立、社会貢献活動を促す。将来の人生設計やビジネスマナーなど社会で必要なノウハウも教える。全米に普及し、全米大学体育協会(NCAA)も91年、生活全般にわたるルールを定めるプログラムを作成。今年度、早大も体育会の学生が部活を続けるために必要な単位数を設定するなど同様のものを導入。龍谷大や立命大も文武両道のプログラムを取り入れ、日本でも普及しつつある。
取材の時、マートンさんはアスリートに次のように呼びかけていました。
「一つの小さな世界に閉じこもることは、とても危険です。教育が殻を破って違う道もあると気づかせてくれるのです。バッターボックスの外に出てみませんか」
2カ国語を操りテニスでも優秀な成績をおさめるような荒川さんは「特別な人」のように見えるかもしれません。もちろん、本人のひたむきな努力はなかなかまねできないものですが、大事なのは、周囲の環境です。
アメリカには、「Student athlete」、「学生アスリート」という言葉があります。つまり、 アスリートである前に学生であるということが前提なのです。
荒川さんをはじめ、アメリカの「Student athlete」は、「アスリートとしてだけでなく、人として尊敬できる人間になりたい」という思いが強い人が少なくありません。そういう同じ思いを持っている仲間が周りにいる環境の影響は少なくないと感じました。
荒川さんは将来、プロ選手を目指し、引退後は語学を活用した仕事に就きたい、という夢を持っています。
マートンさんの言葉通り、一つの世界に閉じこもってしまうと、周りが見えなくなってしまうことがあります。今はコロナで練習ができず「もうだめだ」と不安に感じているアスリートも多いでしょう。でも、今、スポーツができないからこそ、違う世界も見てみよう、と視野を広げてみることも大事ではないでしょうか。
「自分の強みは他にもある」。そんな自信は、スポーツにもよい影響を与えるかもしれません。
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