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出川哲朗の好感度は、なぜ上昇したのか? リアクション芸全盛の功罪
“ヘタレ”から“芸人をまっとうする姿”へ
バブル時代を迎え、過激なバラエティー番組が視聴者から支持を集めた。その中で、お笑い芸人が体を張る“リアクション芸”が確立。ダチョウ倶楽部、出川哲朗らがつくったひな型は、現在のバラエティーに欠かせない要素を生み出すことになる。団体芸、ワイプ芸、さらにはコロナ禍の影響で多用されているリモート出演まで、今やタレントの役割はリアクションに集約されていると言っていい。リアクション芸がテレビに与えた影響、その限界について考える。(ライター・鈴木旭)
“リアクション芸”には、二つの成り立ちがある。
一つは、“舞台上のネタ”から発生したものだ。1960~1970年代の演芸ブームで活躍した「チャンバラトリオ」や、漫才ブーム時の波に乗って現れた「ゆーとぴあ」に代表される。
チャンバラトリオは、時代劇のチャンバラ(刀で斬り合う剣劇)を模した設定で、ボケに対してハリセンでツッコむというネタで一世を風靡(ふうび)した。この“ハリセンツッコミ”は、その後にあらゆるバラエティー番組で多用されており、画期的な発明だったと言える。
また、ゆーとぴあは、学園モノの“ゴムパッチン芸”で人気の絶頂を迎えた。説教する教師が生徒の口に厚手のゴムをくわえさせ、「人生は長いようで短い。短いようで長い……」などと言いながら引き伸ばしていき、突然手を放して顔面に直撃させるというものだった。このパロディーも、多くのバラエティー番組で見られた。
“ハリセンやゴムの衝撃を受けて痛がる”という笑いは、バラエティーにおける罰ゲームに近いものがある。さらに言えば、プロから見ると“下手をすると芸人よりも素人のほうが面白い”という危うさも含んでいた。だからこそ、即座にバラエティー番組で消化され、そのひな型だけが引き継がれていったのだろう。
もう一つは、ビートたけしが出演するバラエティー番組の影響だ。そのはじまりは、『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系・1981年5月~1989年10月終了)のコントだった。
たけしが熱々のおでんを片岡鶴太郎に無理やり食べさせようとする。これを受け、鶴太郎が文句を言いながら逃げまどう。非常にシンプルだが、さまざまな設定の中で繰り広げられるそのやり取りには、妙な滑稽さがあった。
また、『スーパーJOCKEY』(日本テレビ系・1983年1月~1999年3月終了)では、「THEガンバルマン」という企画の中で、たけし軍団のメンバーが熱湯風呂に挑戦するというものがあった。これがパターン化し、ダチョウ倶楽部の「押すなよ、絶対に押すなよ!」と言いつつ、湯船に突き落とされる芸へとつながっている。
バラエティー特番『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(前同局・1989年1月~1996年4月終了)では、さらに過激なものへと進化。元のクイズ番組を踏襲しつつも、逆バンジージャンプ、スカイダイビング、爆破前に個室からの脱出劇など、若手芸人たちが体を張って危険な企画に挑戦し、視聴者を圧倒した。
派手な映像とリアクションという部分では、過酷な海外ロケで人気の番組『世界の果てまでイッテQ!』(前同局・2007年2月~)にも通じるところがあり、また、大掛かりな罰ゲームという過激さは、『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系・1999年4月~)へと引き継がれている。
『お笑いウルトラクイズ』で活躍した出川哲朗、ダチョウ倶楽部、江頭2:50らは、“リアクション芸人”と称され、知名度を上げていく。とくにダチョウ倶楽部は、「聞いてないよォ」というギャグで、1993年の流行語大賞大衆部門・銀賞を受賞。一気に人気者の階段を駆け上がった。
ダチョウ倶楽部のネタもまた、バラエティー番組の基礎を作ったと言っていい。テレビで見せる寸劇は、トリオという特徴をいかしたものばかりだった。
たとえばなんらかの企画に挑戦する際、肥後克広が「オレがやるよ!」と挙手すると、寺門ジモンも後に続き、やむなくボケの上島竜兵が「じゃあオレがやるよ!」と手を挙げた瞬間に「どうぞ、どうぞ!」と譲るやり取りは、ひと笑い欲しい場面には持ってこいのギャグだった。
この手のパターンが形を変え、“オチを言って共演者全員がズッコケる”という吉本新喜劇的な笑いとともにバラエティー番組へと取り込まれていく。その最たる例が2003年4月からはじまった『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の“団体芸”だろう。
スタート当初の『アメトーーク!』は、MCの雨上がり決死隊が、バラエティータレント、アイドル、俳優、モデル、スポーツ選手など、様々なジャンルのゲストを迎えてトークするというシンプルな内容だった。
ところが、しばらくすると「家電芸人」「ガンダム芸人」といったくくりで7人ほどの芸人が迎えられ、ひな壇のように組まれた椅子に座ってプレゼン形式でトークを繰り広げるようになった。
たとえばある芸人がお題に対するうんちくを語る。続けて、別の芸人がさらに深い情報を足したあたりで、もう一人が笑いどころをつくって緩急をつける。“ひな壇芸人”とは別に招かれたゲストや番組MCに話を振り、収録現場の空気を和らげるとともに、別の芸人が話すエピソードのきっかけをつくる。ある芸人のネタに共演者も参加してスタジオを沸かせるなど、この番組から多種多様な団体芸が生み出された。
スペシャル版でたびたび放送される企画「運動神経悪い芸人」もよく見ると団体芸だ。何人かがスポーツやダンスに挑戦する中で、“もっとも滑稽な動き、リアクションをした芸人”をメインに構成されている。
過激さの違いこそあるが、『お笑いウルトラクイズ』もまた同じ構造を持つ。どの芸人のリアクションが一番面白いかを肝として、団体で笑わせるつくり方が根底にあるのだ。
“リアクション芸”の要素は、昨今のほとんどのバラエティー番組に取り入れられている。そのため、芸人以外のタレントやアイドルもまたリアクションを求められるようになった。
その代表的なものが、VTRを見ながらワイプの中で表情をつくる“ワイプ芸”と呼ばれるものだ。メイン画面で「ロケ映像」「事件の再現映像」などが流れ、それを見ながらうなずいたり驚いたり、時に共演者と話したりもする。ここで目立ったのが、指原莉乃、小島瑠璃子、高田秋といった女性タレントだ。わずかな小窓の表情で映像を引き立たせることから、一時期はワイプを使用する番組で見ない日はないほどに出演していた。
求められていたのは笑いではない。映像の邪魔をすることなく、「視聴者の共感を得られる表情ができること」が役割となった。ワイプのリアクションは、タレントの好感度にも直結していった。
『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)も、団体芸やリアクション芸の要素が色濃く表れている。
同番組は、過去にしくじった著名人を先生として招き、失敗の経緯とそこから学んだ気づきを学校の授業形式で放送している。
ここ最近、有名企業やアニメヒーローなどのしくじりをタレントが解説する特別編、本編とは別に芸人のスキルアップを目指す企画「しくじり学園 お笑い研究部」の放送も増えているが、ここでは元来のスタイルについて考えてみたい。
もちろん著名人の過去をのぞき見る面白さもあるが、実のところ保障されているのは番組レギュラー陣のリアクションだ。担任役のオードリー・若林正恭、男子生徒役の平成ノブシコブシ・吉村崇、ハライチ・澤部佑で脇を固め、女子生徒役を担うアイドルやタレントの率直なリアクションで視聴者を楽しませる。
かつての人気者にスポットを当てているようで、実際には今まさに人気のある担任・生徒役によって番組が成立しているのだ。
また、招かれた著名人のエピソードを“最大の過激さ”と設定することで、担任・生徒役は必然的にツッコミに回ることになる。このことで、しくじり先生側に多少の暴言があったとしても、倫理的な問題は生じにくい。一見シンプルな番組に見えるが、実によく考えられた設定なのである。
今やリアクションこそが、バラエティーにおけるタレントの役割といっても過言ではない。コロナ禍以降、頻繁に使用されるリモート映像のやり取りを見ても、スタジオとうまくやり取りできないところで、“どうリアクションするか”が求められている。
10年ほど前まで、ブレークした芸人の象徴と言えばバラエティー番組のMCだった。うまく共演者たちからエピソードを引き出し、視聴者に分かりにくい部分をフォローしたりして笑いを生み出す。それが芸人の力量の証であり、成功者の姿というイメージがあった。
たとえば、ダウンタウン・浜田雅功は、大御所の俳優やタレントのトークに違和感があれば、タイミングよくツッコむことで笑いに変えるスペシャリストだ。また、若手時代のロンドンブーツ1号2号・田村淳は、芸人だけでなく女性タレントや素人相手にも容赦のないツッコミを入れて注目を浴びた。
しかし、現状で番組MCを目指したいという若手芸人はごく限られるだろう。その理由は一般視聴者から見ても明白だ。
景気が停滞し、以前のように高額なギャラが支払われていないことに加え、コンプライアンス順守が求められ、少しでも過激な発言をすれば「パワハラだ」とバッシングを浴びる恐れもある。つまり、番組MCは、ハイリスク&ローリターンの立ち位置に様変わりしたのだ。
さらにネット番組の出演やYouTubeチャンネルの開設によって、テレビ以外でも収益を確保し、自己アピールする場ができた。このことで、タレントはテレビやラジオといった従来型のメディアに依存する必要がなくなった。
どのメディアでも共通するのは、「ネガティブな自虐」ではなく「ポジティブなリアクション」によって高い評価を受けるという点だろう。面白いのは、こうした変遷によって芸人に対する評価も劇的に変わったところだ。
一昔前まで、出川哲朗は「嫌いな男」の代名詞的な存在だった。しかし、この10年で好感度の高いタレントとしてすっかり定着している。以前は、“ヘタレ芸人の遠吠え”だったリアクションが、今は“芸人をまっとうする姿”として広く認識されたということだ。この事実は、いかに現在のバラエティーが「リアクション頼みになっているか」を証明しているように思う。
以前は体を張ることが“リアクション芸”と呼ばれていたが、今は形を変えて“リアクション番組”とも言うべきバラエティーがテレビの世界を席巻している。ただ、ここにはある種の予定調和が必要不可欠だ。このことで、タレントがテレビで活躍できる幅を狭めてしまったのも否めない。
たとえば、かつてテレビでブレークしたオリエンタルラジオ・中田敦彦は、自身のYouTubeチャンネル「中田敦彦のyoutube大学」で膨大な知識と巧みな話術を披露している。チャンネル登録者数は282万人(2020年8月26日時点)。動画によっては300万回再生を超える人気コンテンツだ。しかし、この独壇場は、リスクの高いテーマを取り上げることへの客観的な指摘や、解説に対する有識者の意見といったリアクションが入る余地はなく 、今のテレビの風潮にはそぐわないだろう。
今後、独自性を持ったコンテンツは、テレビ以外のメディアから生まれる可能性が非常に高い。ネットなどで新しいムーブメントが生まれた時、テレビはそれにどう反応し、変わっていけるのか。リアクションという老若男女問わない笑いで満足することなく、テレビが画期的なコンテンツを生み出す場所となることに期待したい。
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