連載
#13 WEB編集者の教科書
記事の拡散はタイトルが9割 ねとらぼ「10年の反省」が生む防御力
「記事への反応は良いもの、悪いものを含めほぼ全て追いかけます」
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#13 WEB編集者の教科書
「記事への反応は良いもの、悪いものを含めほぼ全て追いかけます」
WEB編集者の教科書
共同編集記者情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や出版社、時にテレビもウェブでテキストによる情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。
情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第13回は「ねとらぼ」副編集長を務める池谷勇人さん(42)です。今やSNSはメディアと読者との大事な接点。読者の目を引く投稿はタイトルに関係していました。(withnews編集部・河原夏季)
読者に愛される「ねとらぼ」のSNSの付き合い方
・中の人を知ることができる「身内」ツイート
・「上から目線」「こうすべきだ」は入れない
・本文を読まなくても伝わる「パワーワード」だらけのタイトル
「【ご注意】編集長、副編集長とここ数日、ねとらぼ編集部内でぎっくり腰が流行しています。編集部員を含め、在宅ワークの皆さま、お気を付けください。また外出が必要なお仕事等に励まれている皆様も、健康に過ごされます様お気を付けください。」
新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言発令中の2020年4月13日、ねとらぼ編集部のこのツイートにフォロワーやWEBメディア業界の一部がザワつきました。記事の紹介がメインのアカウントから流れてきたのは、「身内」のいま。さらにぎっくり腰の連鎖という珍しさです。ツイートには「お大事にしてください」の言葉と共に、ストレッチ動画や対処法が寄せられ、3700を超えるいいねがついています。
【ご注意】
— ねとらぼ (@itm_nlab) April 13, 2020
編集長、副編集長とここ数日、ねとらぼ編集部内でぎっくり腰が流行しています。編集部員を含め、在宅ワークの皆さま、お気を付けください。
また外出が必要なお仕事等に励まれている皆様も、健康に過ごされます様お気を付けください。
「僕と(編集長の)加藤(亘)さんがちょうど同じときに相次いでぎっくり腰になって、編集部員から『ツイートしていいですか』と提案されました。読者の反応が優しく、ぎっくり腰に効く体操やマッサージの動画を送ってくれたので速攻でやりましたよ」
記事への入り口の一つとして、WEBメディアでもTwitterなどのSNS運用が欠かせません。ねとらぼのTwitterアカウントは20万、Facebookは5万人がフォローしています。
IT関連のニュースサイト「ITmedia News」内のコーナーが2011年に独立してスタートした「ねとらぼ」は、今年10年目を迎えました。月間PVは約3億。ねとらぼのほか、ねとらぼエンタやねとらぼGirlSide、ねとらぼ生物部など八つのチャンネルがあり、二つの編集部でスタッフは30人ほどいます。元テレビマンや元教師、元ギャンブラー、元質屋、元引きこもりなどキャリアは多様です。
「ネットの話題をきちんと調査・取材し紹介する」がコンセプト。2014年には編集者の行動指針をまとめた「ねとらぼ憲章」を公開しました。「読者のためにある」「オリジナリティ」「裏を取り検証しデマを拡散しない」「早いにこしたことはない」など7つの指針を打ち出しています。
「当初から読者が安心して拡散できるメディアを目指していました。『記事のソースはねとらぼ』と言ってもらいたいがために、『ねとらぼソース』も作りました」
10年の歴史の中で、「身内」の情報がチラ見えしたのはツイートだけではありません。2014年11月と2019年2月、加藤編集長に子どもが生まれた際は祝福の速報記事が出されました。なぜ編集部の個人的なニュースを記事にしたのでしょうか?
「子どもが生まれた時に記事にしたら、加藤さんがびっくりするかなと思ってやっただけなんです。普通のメディアはやりませんからギャンブルでしたね。読者によっては『そんなの載せるんじゃない』と怒るかなと思ったのですが怒られませんでした。ありがたいです」
2019年5月には池谷さんの第一子誕生を祝う速報も出されました。記事を紹介するツイートには祝福が相次ぎ、1100を超えるいいねがついています。編集部のプライベートな情報を記事にするメディアはあまり例がありません。生まれた時の体重まで公開されると、親戚のような気持ちで成長を見守る読者もいそうです。実際、「入園や七五三までシリーズ化してほしい」という声もありました。
翌日には、「【業務連絡】副編集長です。この記事を書いた人へ、怒らないからあとで名乗り出るように。そして温かいリプライありがとうございます」という文章が添えられ、ねとらぼ公式アカウントから引用リツイートされました。同じアカウントを舞台に編集部の様子がわかるやりとりに、「こういう雰囲気の企業はいいなぁ」という反応も。ネットユーザーに愛されていることがわかります。
キャラクターがぶれたり距離感を間違えたりすると、一気にファンが減って炎上するリスクもあるTwitter。塩梅が難しいツールですが、ねとらぼではSNS専任担当を置いているわけではなく、記者が記事を執筆後にツイート内容を考えて投稿しています。「記事のツイートボタンを押すと出てくる文言に、記者の一言感想を加えるのがねとらぼの基本的な投稿」です。数年前いくつかツイートのパターンを試した結果、「一番ねとらぼらしく、拡散されやすく、いいねもつきやすい」形が今に残っているといいます。
「身近に感じられるツイートもしないといけないという意識はあります。記事に関係のない話題や個人的なおめでたごと、記事で間違いや訂正があったときにごめんなさいの意味を込めて『おやつ抜きの刑』のツイート。おやつ抜きの元祖は虚構新聞さんですが(うそで言ったことが現実になったとき、おわびとして社主がおやつ抜きの刑になる)、リスペクトを込めて真似した結果、うちでも定番になりました。最近は読者も覚えてきて、何か間違えると『これはおやつ抜きの刑だな』と言われます」
Twitterのアイコンには、マスコットキャラクターの「ITちゃん」が使われています。明確なキャラ設定はないものの、「なんとなく『読者に寄り添う柔らかいキャラクターでちょっとドジっ子』というイメージ」です。ツイート内容はITちゃんのキャラに引きずられないのでしょうか?
「ITちゃんのつもりでつぶやくことはないと思いますが、ツイートを見ているとITちゃんが言っている感じはありますよね。読者から訂正情報や間違いの指摘がきたときは『すみません』『ありがとうございます』と積極的に絡みます。ドジっ子キャラが板についるからか、間違えてもみんな優しいのはありがたいですね。間違いは良くないので、読者に甘えすぎてはいけないのですが(笑)」
ねとらぼの基本姿勢は、「フラット」であること。記事でもツイートでも、「上から目線の偉そうなメッセージや『こうすべきだ』ということは絶対に入れません」。これまで関わってきたライターや編集者はそれぞれ個性的なキャラクターですがこの姿勢はブレず、試行錯誤の結果が今のねとらぼにつながっています。身内のツイートが受け入れられるのは、読者もこの空気感を理解しているからかもしれません。
公式アカウントを持つほか記者個人でのSNS発信も当たり前になっている今、書き手の顔が見える記事を意識し、記者のツイートをリツイートして拡散を図るメディアもあります。しかし、ねとらぼアカウントでリツイートをするのはねとらぼ生物部やねとらぼエンタといった公式アカウントのみです。
「ねとらぼの共通認識として、書き手のキャラを前に出してはいません。強いて言えばITちゃん、ねとらぼという共通の個性を意識しています。書き手の意見を前に出さない記事を心がけているので、ツイッターで書き手推しで行くと受け入れてもらえないのではという懸念はあります」
「編集側と読者側の両輪がかっちりかみ合ってないと今のキャラではできません。読者の質でメディアの質が決まるところもあると思います。うちが愛されているのであれば、それは読者によるところもすごく大きいと感じます」
ねとらぼの記事ツイートは一見シンプルでも、多くのいいねを集めシェアされています。「拡散を狙うという意味では、 タイトルが9割」と断言する池谷さん。ねとらぼでは、プラットフォームやSEOに強いものよりも、SNSで伸びるタイトルを狙ってつけているそうです。
特にタイトルの長さが特徴で100文字ほどになったこともあります。「SNSでは流れてきたものが自然と目に入るため、パッと見ただけで読者の感情を刺激する必要があります。タイトルでどれだけ読者にストーリーをイメージさせられるか。美味しそう、楽しそう、すごい、けしからんなど想起させるストーリーを入れるので長くなってしまうんです」
タイトルを考える際、池谷さんは「パワーワードの足し算」をすると話します。「文章のつながりがおかしくならない範囲でパワーワードを入れ込む、パズルゲームですね。私はパワーワードをSランク、Aランク、Bランク……と分けています。Sランクワードには『狂気』や『爆誕』がありますが、『爆誕』は使いすぎて読者からツッコミが入りました(笑)」
池谷さんの最近のお気に入りタイトルは二つ。一つ目は「『きのこの山&たけのこの里』に抹茶味登場 → 今度は“茶産地”を巡って新たな戦国の火蓋が切られる」です。「ややこしい要素をうまく入れ込めた」と話します。二つ目は「ピザの全面にソーセージがみっしり直立 ヤケクソみたいなビジュアルのピザ『全力!ソーセージ』爆誕」。Sランクワードの登場です。「ビジュアルをうまく文字で伝えられた」納得のタイトルでした。いずれもパワーワードが並び好奇心が刺激されます。ツイッターでは多くの人に拡散されました。
「タイトルを読めば本文を読まなくてもいいくらい、内容が伝わることを意識しています。全部の要素を入れないといけないので、どうしても長くなってしまうんです。あえて記事内容を伏せて読者の興味をそそるタイプも試したことがありますが、ことごとく外れました。PVはあってもRTは伸びない。SNSで拡散された方がねとらぼらしいとなりました」
池谷さんはもともとゲームライターとして活動していましたが、2012年に運営元のITmediaに入社しました。ねとらぼでは編集者の視点で物事を見るようになったといいます。
「ライターの時は1本1本の記事の反応しか見ていませんでしたが、トータルバランスでねとらぼ全体の方向性や外からの見え方を考えるようになりました。記事自体の評価ではなく、ツイッターでどれくらいシェアされて、読者にねとらぼという媒体がどう見られているのか、常に全体を見て考えています。記事は炎上ネタや真面目なネタばかりでもよくありませんし、ツイッターの話題やほっこりした話も入れようと思っています」
そして、「WEB編集者として絶対必要な能力」は「防御力」だと強調します。
「ライターは攻めたことを書いてもいいけど、編集が引き取った段階で『隙』をチェックします。水が漏れそうな穴は先回りをしてふさいでおく。防御が薄いところはライターさんに伝えて直してもらいます」
ねとらぼ副編集長・池谷勇人さんの教え
・SNS拡散はタイトルが9割
・タイトルにはパワーワードを入れる
・編集者には絶対必要な能力は「防御力」
原稿の甘さを見抜くスキルは、一朝一夕には身につきません。池谷さん自身は「10年以上の反省が積み重なっている」と話します。
「ヤフコメ、ニコニコニュースのコメント、ツイッター、RTされた後の反応。自分が書いた記事への反応は良いもの、悪いものを含めほぼ全て追いかけます。怒られても、もっともな指摘はきちんとそしゃくして次に活かす。痛い目を見て学ぶことも多いので、場数を踏むしかありません。積み重ねた結果、読者からのツッコミが予測できるようになりました」
「この仕事をしていると毎日反省ですね。記事の間違えだけでなく、タイトルを違うものにしたらツイートが伸びたかなとか。ああしたらよかったかな、こうしたほうがよかったかなと根に持つタイプの方が伸びます。編集部は根に持つメンバーばかりです。ちょっと偏執的なところがあった方が、編集に向いているのかもしれません」
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