連載
#74 #となりの外国人
「黒人だから…職質めっちゃされた」日本にもある「差別」の伝え方
「コミュニケーションの交通安全指導」って?
「黒人は職務質問されやすい?」「ある時期、めっちゃされてた」。6月、「アフリカ系日本人」の星野ルネさんはYouTubeで、日本人が感じる素朴な「黒人」や「BLM」への疑問に答えました。世界中で広がる「Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)」運動ですが、日本にいると、なんとなく遠い「外国」のことのように感じてしまいます。日本で育った「アフリカ少年」にはどう見えているのでしょうか。YouTubeで話し始めたカメルーン出身の漫画家星野ルネさんに聞きました。
動画の中で、星野さんは、アメリカの黒人差別を生んだ、奴隷制の歴史や、現在に続く貧困の構造なども分かりやすく解説しました。
職質について話が及ぶと、星野さんは「これは、アメリカだけの話じゃない」と実体験を話し出しました。
「俺も日本で育っているんやけど、ある時期、職質(日本でも)めっちゃされてたから。日本人の友達と比べて」
「警官と目があったら100%されるぐらいの時期もあった。今から7~8年前かな」「最初は『なんや』と思ったけど、『これ、外国人やからめっちゃしてきよんやろうな』という思いをずっとしてきて」
ゲームの解説などが中心だった星野さんのチャンネル。チャンネルの趣旨を変えても発信したかった背景には「危機感」がありました。
アメリカでの大規模な抗議活動が広がる中で、日本のSNSでも「黒人」や「アフリカ系アメリカ人」が話題になるようになりました。タイムラインには、「黒人ってやっぱり……」や「黒人と白人」などと批判する人もいました。「主語がどんどん大きくなっている」
日本ではまだ「アフリカ系」の人に接する機会は多くありません。顔が見えないまま、主語が大きくなったときの危うさを、星野さんは感じていました。
「日本の一般の人にとっては、黒人についてはSNSの情報がすべてになってしまう人もいる。ちょっと『怖い』って思いが共有されると、じわじわと広がって、エスカレートしてしまう。そんなことから『差別』は簡単に生まれてしまうんです。教養があるから、とかは関係ない。こういう時代は特に気をつけなければいけないと思います」
景気が悪くなり、だんだんフラストレーションがたまると、社会は怒りのはけ口を求めるようになります。
星野さんの頭には、日本で暮らしているアフリカ系の人々や、黒人の「ハーフ」の子どもたちの姿がありました。
星野さんは、カメルーン人の母が日本人の父と再婚したのをきっかけに、4歳直前に来日。兵庫県姫路市で育ち、播磨弁を話し、日本の歴史や偉人の話が大好きです。
しかし、これまで「日本人」として生きている自分を、社会が隔てようとすることもありました。
職務質問を繰り返されていたこと。アルバイトの面接では「君はすごく良い子なんだけど、黒人を採用したことがない」と、落とされたこともありました。
それでも、星野さんは、「ここ最近は、そうした職質を受けることはなくなってきたと感じます。外国人を狙い撃ちするような手法に、誰かがNOを言ってくれて、変わってきたのかもしれません」と話します。
アルバイトの面接のエピソードも、星野さんは「差別」だったとは言いません。「もし、あの店長が黒人を差別していたら、あんなに和気あいあいと話してくれるわけない。あの時は『前例がない』という理由で、『臆病』だから、落とされたんだと思います」
日本にも「差別」はあります。
野球のオコエ瑠偉選手は、子どもの頃から、周りと肌の色が違うことで受けた嫌な思いについて書き、「BlackLivesMatter」とハッシュタグをつけてツイートしました。反響を集めたこのツイートをあるメディアが「差別を受けた過去を明かす」と報じると、オコエ選手は「メディアがこうやって勝手に差別とかいうけど、日本人にとって差別って言葉自体刺激的だし、これが差別なのか俺でもわからないから俺は使わない」と否定しました。
メディアがこうやって勝手に差別とかいうけど、日本人一部にとって差別って言葉自体刺激的だし、これが差別なのか俺でもわからないから俺は使わない。 https://t.co/RFy3XyzbCp
— オコエ瑠偉Louis Okoye🇳🇬 (@LOUISOKOYEMoM) June 15, 2020
星野さんもその考え方に理解を示します。
「『差別』といったとたん、話が大きくなりすぎてしまって、問題の本質が見えなくなることがあるんです。差別って、世界中でもっとも憎むべきこととして、戦ってきた歴史があるから」
差別と言ったとたんに拒否感を持ったり、聞く耳を持たなくなる人も多いのが今の日本なのかもしれません。
「ただ、生死や運命に関わるような場面で、『差別』という言葉は集中して使うべきことだとは思います」と星野さんは語気を強めます。
世界中で大きなうねりとなっている「BlackLivesMatter」運動。日本でも、「差別」に苦しむ人たちはいる。それなのに、私は日本でなかなか「BlackLivesMatter」を身近な問題として考えられない自分に引け目を持っていました。
星野さんは、「そういう人が大半だと思います」と、あっさりと答えました。
そして「僕は、マーケティング的に考えるのが好きなんですが」と話しはじめます。
「命は平等に大切」という伝えたいメッセージがある。でも、それを伝えたい人たちの「かばん」の中はどうか。
人が「かばん」に入れて持ち歩ける問題の量は決まっていると、星野さんは言います。
「自分の仕事や家庭のことも考えなくてはいけない。身の回りにも、男女間の差別や、病気、障害、子どもの貧困。世界には問題があふれています」
その中で、黒人の話をしたいと思ったとき、どうしたらいいか。
星野さんはこう例えます。
「日本人になじみのないパクチーを売りたいなら、パクチーですって売るのではなく、まずとんかつソースの中に刻んで忍ばせて売ると良い」
星野さんの場合、「とんかつソース」は漫画でした。
エンターテインメントの中で、おもしろがってもらいながら、「こういう人たちもいるんだ」を伝えていくこと。
「この世界の問題は、だいたい誰かの『思い込み』から起きていると思っています。出身地や性別、宗教によって、『こういうもんだ』と思い込んで、本人にぶつけることによって、いろいろな問題が生じてくる」
「偏見や思い込みを取り除いて、本人をフラットに見られる社会ができれば、問題は減っていくと信じています」
星野さんが今、進めていきたいのは「コミュニケーションの交通安全指導」。
「小学校の時に『交通安全』って習いますよね。横断歩道の渡り方や、交通ルールを教えていなかったら、もっと事故が起こっているでしょう。みんながルールを守っているから、社会は円滑にいっている」
「それと同じで、人間に対する『交通安全』。マイノリティーに接するときは、こうしてあげると助かる、こういう言い方すると傷つくということを共有する場所を作る。もちろん、マイノリティー側にも、安全確認の仕方や、受け身をとる訓練をする」
日本に生きる「アフリカ少年」星野さんが思い描く理想の社会を聞いたら、こんな答えが返ってきました。
「自己責任」ではなく、「持ちつ持たれつ」な社会
いろいろな日本人がともに暮らせる社会
出自ではなく個人として尊重される社会
それは、日本に生きる誰にとっても住みやすい社会であると思えました。
「今の社会は、誤解や勘違いでちょっと住みづらくなっている人がいる。僕はジョークを交えて、アフリカ系の日本人はこう言われると面倒くさい、こうされるとうれしい、ということをみんなに伝えています。それが広がっていけば、ちょっとでも生きやすい社会になるんじゃないかな」
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