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連載

#4 #半田カメラの巨大物巡礼

時空を超え愛される「墓の町」起源は不明、墓石2万基の圧倒的眺め

「この世」と「あの世」が、優しくつながる場所

謎めいた巨大墓地が、鳥取県琴浦町にあります。一つの町のように広がった墓石の群れと、雄大な日本海という組み合わせは、まさに絶景です。ここで毎年、お盆の時期にだけ見られるという、幻の眺めとは?
謎めいた巨大墓地が、鳥取県琴浦町にあります。一つの町のように広がった墓石の群れと、雄大な日本海という組み合わせは、まさに絶景です。ここで毎年、お盆の時期にだけ見られるという、幻の眺めとは? 出典: 半田カメラさん提供

目次

日本海に面した、風光明媚(ふうこうめいび)な観光地・鳥取県琴浦町。この土地に、起源も「成長」の経緯も、詳しいことがわからない巨大墓地があります。しかし地元民たちには、子どもの遊び場や、先祖の面影をしのぶ聖域として親しまれてきました。そして近年、お盆の時期にしか見られない「圧巻の眺め」が、にわかに知名度を高めているというのです。謎多き名所の魅力について、大きな物を撮り続ける写真家・半田カメラさんにつづってもらいました。

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「成長」し続けてきた謎の巨大墓地

2年前、お盆真っただ中の8月14日、私は鳥取県の中心部に位置する琴浦町に宿を取っていました。親戚や友人が住んでいるわけではありません。どうしても見たい光景があったから。それはお盆の時期にだけ見ることができる、あの世と見まがうほどの絶景です。

琴浦町赤碕の海岸沿いに位置するのが「花見潟墓地」。東西349メートル、南北19〜78メートル、面積約2万平方メートルという広大な敷地に、2万基を越える墓石が並んでいます。

これらの墓石を囲むような形で、同じくらいの数の石造りの灯籠(とうろう)が立っています。お盆の夜にはともしびが輝き、暗闇に無数の明かりがともる、幻想的な景色が出現するのです。タイのチェンマイでは、天燈(熱気球)を夜空に放つ「ロイクラトン祭り」という仏教行事が催されています。私はひそかに、それに匹敵する、圧巻の眺めではないかと思っています。

ところで、花見潟墓地の起源については、地元にも明確な情報が伝わっていません。周辺の寺院からご遺体が収められるうち、数百年かけて規模を拡大。いつしか、現在のような形に「成長」したのだといいます。

約2万基の墓が、所狭しと並ぶ花見潟墓地の様子。日本海と住宅街の間に広がり、まるで「墓の町」と錯覚しそうになるほどの広大さを誇る。
約2万基の墓が、所狭しと並ぶ花見潟墓地の様子。日本海と住宅街の間に広がり、まるで「墓の町」と錯覚しそうになるほどの広大さを誇る。 出典: 半田カメラさん提供

暗闇に浮かび出る幻想的な明かり

私が琴浦町に入ったのは、日も暮れかかった夕刻のこと。急いで宿に荷物を預け、カメラと三脚を担いで花見潟墓地へと向かいました。見えてきたのは圧巻の光景。どこまでも見渡す限りの墓、墓、墓。前を見ても、後を見ても墓。右を見ても、左を見ても墓です。何も知らずにこの場所に立ち入ったなら、「墓の町」に迷い込んだと錯覚してもおかしくないでしょう。

延々と続く墓石の波に圧倒されているうちに、辺りが薄暗くなってきました。同時に灯籠に一つ、また一つと明かりがともされていきます。こうしてはいられないと、私は急いで墓地全体が見渡せる高台へと移動しました。

眼下に広がるのは、カメラの画角に収まり切らないほどの広い土地。そして無数の光が、まるで蛍が現れるようにともっていきます。この世とあの世の狭間にいるような、何とも不思議な感覚に包まれながら、私は暗くなるまで夢中でシャッターを切り続けました。

夕闇が迫る頃、墓を囲む用に立つ石灯籠に一つ、二つと明かりがともされていく。視界がぼんやりとにじみ、見る人を幽玄の世界へと誘うようだ。
夕闇が迫る頃、墓を囲む用に立つ石灯籠に一つ、二つと明かりがともされていく。視界がぼんやりとにじみ、見る人を幽玄の世界へと誘うようだ。 出典: 半田カメラさん提供

墓地は「極楽」に向かって伸びた?

この時に見た光景は、私の記憶に深く刻まれました。自宅に帰ってから、いったいどのような場所なのかと調べてみましたが、どうも謎に包まれているようなのです。

いつ頃、どのようにして生まれたのか。検索しても「発生起源は不明」とあるだけで、詳細を見つけることができません。そこで花見潟墓地の裏手に住み、墓石や灯籠をつくる仕事に携わっていたという岩田弘さん(84)に、詳しくお話を伺いました。

日本の仏教においては、極楽浄土は西方にあるという「西方浄土」の考え方を取る宗派が多くあります。花見潟墓地の正面入口とされている東端には、墓地と住宅地とを隔てるように化粧川という川が流れています。川には橋が架かっていて、墓地に行くにはこの橋を渡らなければなりません。

つまり、化粧川が「現世」と「彼岸」とをわける、いわば「三途の川」になっているとも考えられます。橋を越えた西側が浄土。正面入口のある東から西へ、すなわち浄土に向かって墓地が形成されていったのではないか――。そう解釈すると、墓地をつくるのに適した地形と言えるかもしれません。

墓地の中央付近に「赤碕殿塚(あかさきとのづか)」という、ひときわ立派な石塔があります。これは鎌倉時代、後醍醐天皇が鎌倉幕府打倒を企てた「元弘(げんこう)の乱」の戦の一つ「船上山の戦い(1333年)」で、後醍醐天皇と戦った武将・赤碕氏を供養した塚です。

墓地が東から西へと広がっていったとするならば、1333(元弘3/正慶2)年頃には、現在の花見潟墓地の中ほどまで進出していたことになります。とすると、それ以前、つまり平安時代から奈良時代に起源があるのではないか――。はっきりとしたことはわからないものの、岩田さんのお話からそんなことが推測でき、少しだけ謎が解けました。

花見潟墓地と住宅街を隔てる「化粧川」。現世と彼岸の境目のようにも感じられる。
花見潟墓地と住宅街を隔てる「化粧川」。現世と彼岸の境目のようにも感じられる。 出典: 琴浦町観光協会提供

にぎやかで楽しい、誇れるお墓

「お墓は怖いもの」という感覚を持つ人も多いと思います。ですが、琴浦町赤碕に住む人にとって墓地は、身近で大切な存在のようです。

岩田さんは幼い頃、花見潟墓地で肝試しをして遊んだそうです。その内容は、墓地入口にあるお地蔵さん前に子供たちが何十人も集まり、墓地の中道を約300メートル進み、折り返し帰って来るというもの。それが今でも思い出す、子供時代の楽しい思い出だと、笑いながら話して下さいました。

そして意外なことに「花見潟墓地はにぎやかな場所だ」とおっしゃるのです。「墓は何も言わないけれど、ご先祖さんや身近な人がたくさん眠っておられて、みんなでにぎやかに話をしているように感じられる」。この言葉はとても印象的でした。こんな気持ちでお墓と向き合っていれば、死すら恐ろしいものではなくなるかもしれません。

にぎやかに感じられるのは、海に近いことも要因に挙げられると思います。常に聞こえる波音が、たくさんの人の話し声に聞こえると言われれば、何だかそう感じられてくるのです。

それに加えて、お墓を大切に思う人が多いのでしょう。墓地の敷地内にはいつも、誰かしら人がいるそうです。少なくとも「静かで寂しい場所」というイメージは当てはまりません。

近年、花見潟墓地のお盆の光景が少しずつ知られるようになり、私のようにわざわざ遠くから訪れる人も少なくありません。地元の方々にとって、花見潟墓地は怖いものではなく、誇れる大事な場所になっているのだと思います。

明かりがともされた石灯籠の脇から、日本海を遠くに望む。お盆の夕暮れ時から夜にかけてだけみられる、特別な景色だ。
明かりがともされた石灯籠の脇から、日本海を遠くに望む。お盆の夕暮れ時から夜にかけてだけみられる、特別な景色だ。 出典: 半田カメラさん提供

この世もあの世も超えて語らえる場所

2年前は、お盆の中日である8月14日に訪れたため、私には観られなかったものがあります。

盆の入りの8月13日には「この明かりで ござれ ござれ」と言いながら、皮をはいだ麻の茎「おがら」に火を着け、目印としてゆっくり回し、ご先祖様をお迎えする。そして送り盆の8月16日には「この明かりで いなはれ いなはれ」とおがらに火を着け、ご先祖様をお送りする。これが、この地域のお盆の風習なのだそうです。

何万もの灯籠の明かりに、ゆっくりと円を描くように揺らめく、おがらの明かりも加われば、更に幻想的な光景が観られることでしょう。またいつか現地を訪れ、たくさんのともしびを見てみたい。そして、この世もあの世も含めた人々が、「時空」を超えて、にぎやかに話す声に耳を傾けてみたいと思います。

 ◇

・半田カメラ:大仏写真家。フリーカメラマンとして雑誌やWebなどの撮影の傍ら、大好きな大仏さまを求め西へ東へ。現在まで国内200カ所、300尊近くの大仏さまを撮影。 著書に大仏ガイド本「夢みる巨大仏 東日本の大仏たち」「遥かな巨大仏 西日本の大仏たち」(ともに書肆侃侃房)がある。

【連載・#半田カメラの「巨大物」巡礼】
大仏、橋、モニュメント。存在感抜群なのに、なぜそこにあるのか、よく分からないモノの数々。誕生の歴史をひもとくと、関係者の熱い思いがあふれてきます。全国各地を回り、そんな「巨大物」をフィルムに収めてきた写真家・半田カメラさんに、イチオシの一体について語り尽くしてもらう連載です。異世界への扉、そっと開けてみませんか?不定期連載です。

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