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連載

#13 キャラクターの世界

トイレで生まれた「ムーミンの原型」誕生の島に残る作者トーベの面影

想像する楽しさを知っている子たちが、自分の心に耳を傾け、行動するのは、意外と簡単なのかもしれないと思うのです

ペッリンゲ諸島にある「モラン岩」にのぼる森下圭子さん(左)。形がモランに似ていることから名づけられた。目と口は近所の住民が書き込んだという=本人提供
ペッリンゲ諸島にある「モラン岩」にのぼる森下圭子さん(左)。形がモランに似ていることから名づけられた。目と口は近所の住民が書き込んだという=本人提供

目次

ムーミンの原作者トーベ・ヤンソンが、ムーミンを最初に描いた場所として知られるフィンランド南部のペッリンゲ諸島。首都ヘルシンキに住む翻訳家、森下圭子さん(51)はこの夏、1カ月間滞在しました。「自分の心で考え、動く」。そんなムーミンの谷の世界観を、現地で感じたそうです。(朝日新聞記者・小川尭洋)

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トイレで生まれた「ムーミンの原型」誕生の島に残る作者トーベの面影(11日配信)

兄弟けんかの後に描いた「醜い生き物」

私は7月上旬から、フィンランドの首都ヘルシンキから80kmほど離れたペッリンゲ諸島にいます。バスと自転車を乗り継いでやって来ました。
コロナ禍の影響で、ツアーガイドなどの仕事が全て吹っ飛んでしまって。せっかく時間ができたので、念願だった少し長めの滞在をすることにしたんです。

フィンランドのペッリンゲ諸島で、森下圭子さんが泊まっていた納屋。2階部分で寝泊まりしていた=本人撮影・提供
フィンランドのペッリンゲ諸島で、森下圭子さんが泊まっていた納屋。2階部分で寝泊まりしていた=本人撮影・提供

大小約200の島々からなるペッリンゲは、フィンランドの人々にとって、夏の避暑地のようなところです。

ヘルシンキ生まれのトーベは、幼いころから毎年夏に、家族とペッリンゲを訪れ、地元の人の母屋を借りたり自分で小屋を建てたりして過ごしていました。「最初のムーミン」と言われる絵も、この頃に生まれました。トーベは幼いころ、離れのトイレによく引きこもっては、壁に貼られた厚紙に落書きをしていたそうです。ある日、弟とけんかした時も、トイレへ駆け込みました。そして、悔しさと自分への怒りとともに描いた「醜い生き物」が、ムーミンの「原型」です。

1990年代後半、現地を取材したのですが、そうした落書きは野ざらしにされたままで、ボロボロになっていたんです。現在はきちんと保管されていますが。母屋の貸し主にとって、トーベは大切な親しい人ではあるんだけど、特別視はしていないのだと感じましたね。

トーベ・ヤンソン一家に母屋を貸していたカイ・グスタフソンさん。3世代にわたって親交があった=フィンランドのペッリンゲ諸島、2014年8月5日
トーベ・ヤンソン一家に母屋を貸していたカイ・グスタフソンさん。3世代にわたって親交があった=フィンランドのペッリンゲ諸島、2014年8月5日 出典: 朝日新聞

トーベは、本格的に創作を始めた後も、ペッリンゲに通い続けました。凍った海が溶け始める4月から、嵐が多くなる9月ごろまで、半年近く滞在していました。50歳過ぎてからは、孤島クルーヴハル島の小屋でパートナーと過ごしました。

ゴツゴツとした岩が広がる島の海岸や、獣道を人々が踏んで作った曲がりくねった道が続く森など、ムーミンの挿絵と重なる景色が多くあります。ペッリンゲなしには、ムーミンを描けなかったと言っても過言ではありません。

フィンランド湾に浮かぶ小さな孤島クルーヴハル島に保存されている、トーベ・ヤンソンが建てた小屋=2014年8月5日
フィンランド湾に浮かぶ小さな孤島クルーヴハル島に保存されている、トーベ・ヤンソンが建てた小屋=2014年8月5日 出典: 朝日新聞

自分で考える大切さ トーベのメッセージ

トーベは、ペッリンゲで子どもたちとの交流も大切にしていました。当時、交流した人たちに話を聞くと、口をそろえて言うのが「『これはダメ』と言われたことがなかった」ということ。

ある住民は子どもの時に、お祭りでトーベが紙皿に絵を描いてくれることになりました。お世話になっている人の分ももらおうと、何度も列に並ぶと、トーベから「後ろにまだもらっていない子がいるわよね」と言われ、ハッとしたと。でも最後尾に並び直したら、快くもう一つ絵を描いてくれたんだそうです。トーベは、良い悪いの基準を押しつけるのではなくて、常に自分で考えさせるようにしていたのでしょう。

フィンランドのペッリンゲ諸島から、テレビ会議システムを使い、現地の様子を話す森下圭子さん=2020年7月12日
フィンランドのペッリンゲ諸島から、テレビ会議システムを使い、現地の様子を話す森下圭子さん=2020年7月12日

ムーミンパパのしっぽにかみついた女の子

誰かが良い悪いを決めるのではなく、自分が決める。そうした価値観は、ムーミンの世界の中でも表現されています。ムーミンの登場人物って、みんなどこか不器用だけど、自分で考えて答えを導き出しているんですよね。

たとえば、短編集「ムーミン谷の仲間たち」の中には、ニンニという女の子が登場します。

ある日、ムーミンやしきに連れて来られたニンニ。家でおばさんにいじめられたことが原因で、姿が見えなくなってしまったという。ムーミンたちと交流する中で、徐々に姿を見せ始めたが、顔だけはなかなか元に戻らない。

そして、最後の場面で、ムーミンパパの悪ふざけに、ニンニが怒りをあらわにした瞬間、姿を全て取り戻します。

(中略)ニンニの見えない小さい歯が、ムーミンパパのしっぽに深くくいついていたのでした。(中略)「おばさんを、こんな大きいこわい海につきおとしたら、きかないから!」
「ムーミン谷の仲間たち」(講談社)

もちろん、しっぽにかみつくのは褒められたことじゃない。でも、「しつけの良い子」になることがその人の個性ではなくて、何かあった時に怒れる、笑える。あなたがあなたらしく自由に振る舞ってこそ、本当のあなたになれる――。私たち大人も、はっとさせられるし、とても励まされるお話です。

「ムーミン谷の仲間たち」(講談社/著:トーベ・ヤンソン/訳:山室静)右側の顔が見えない女の子がニンニ
「ムーミン谷の仲間たち」(講談社/著:トーベ・ヤンソン/訳:山室静)
右側の顔が見えない女の子がニンニ 出典:講談社

頭の中で「飼い犬」 想像する楽しさ

とは言え、いきなり「あなたらしく振る舞え」「自主性を身につけよ」と言われても、とても難しい気がしますよね。そんな中でカギとなるのが、「想像力」なんじゃないかなと、ペッリンゲに来て考えています。

私が宿を借りている家族には10歳を筆頭に3兄弟がいるのですが、自由気ままに想像の世界が飛び交っていて、それを共有して一緒に遊んでるんです。

思い出したのが、ペッリンゲで育った女性の子どもの頃の話。犬が飼いたかったのに、お父さんには「森にキツネがいるからいいだろう」と言われてしまい、ある日ひらめいたんです。そうだ、犬を飼っていると想像して生活すればいいじゃないかって。そして、その「犬」を学校に連れて行くと、クラスメイトも一緒に遊んでくれたんだそうです。

突拍子もない話に聞こえるかもしれませんが、こうした「想像力」を大事にしてくれる環境は貴重です。
想像する楽しさを知っている子たちが、自分の心に耳を傾け、行動するのは、意外と簡単なのかもしれないと思うからです。

想像は世界を広げてくれます。もし、「犬なんていないじゃん」と思うのなら、なぜ自分はそう思うのか。疑問があれば、他者の言動を頭ごなしに否定せず、少し考えてみるのも、楽しくなる気がします。

ペッリンゲ諸島で、森下圭子さんがお世話になっていた大家さんの自宅前=本人撮影・提供
ペッリンゲ諸島で、森下圭子さんがお世話になっていた大家さんの自宅前=本人撮影・提供

価値観押しつけない物語

ムーミンの印象ががらっと変わったのは、就活に息苦しさを感じていた時です。自由で多様な世界、自ら考え行動するユニークな登場人物たち。絵本を読んでいた子どもの時とは全然違う魅力に気づきました。

いまだにムーミンが世界中の人々から愛され続けているのは、ペッリンゲの人たちが言うように、トーベが価値観を押しつけてこないからこそ、なのでしょうね。

想像力を蓄え、自分の心に素直に生きてみよう――。子どもに限らず、「自分の居場所」を探し続けている私たちにとって、大切なメッセージだと思います。

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