#11
WEB編集者の教科書
狂気と癒やし個性のメディア…「オモコロ」編集長が守るウェブの余白
記事との一期一会だけにとどまらないメディア「オモコロ」
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情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や出版社、時にテレビもウェブでテキストによる情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。
情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第11回は「オモコロ」編集長を務める原宿さんです。読む人を驚かせる、オリジナリティあふれる記事がどのように生まれているのか、また、1本の記事との出会いだけに終わらせないメディア運営について聞きました。(withnews編集部・野口みな子)
記事との一期一会だけにとどまらないメディア「オモコロ」
・独創的なアイディアとライターの「売り」を長期的に育てる
・サボりながらも、「とにかく毎日更新する」ことを大切にする
・「楽屋話」でファンとの関係性を深める
マネキンやぬいぐるみ、塗料などが雑然と置かれたオフィス。ホワイトボードには「夢」「愛」という謎のメッセージが残されています。オモコロの編集長を務める原宿さんは、このオフィスの一角、ライターたちと同じ机を並べて仕事をしています。
「オモコロは、肩の力を抜いて楽しめる記事や漫画を中心とした、平日毎日更新の無料のウェブサイトです。月間平均PV数は1500~2000万ほど。株式会社バーグハンバーグバーグが運営しています」
オモコロを運営するバーグハンバーグバーグのオフィスには、「編集長」という席はない。他のスタッフと同じ机を並べて仕事をしている=栃久保誠撮影
ライターが個性を競い合う「選手権」などの人気シリーズから、狂気と癒やしが混在する漫画連載まで、唯一無二のコンテンツが魅力のウェブメディア「オモコロ」。ライターの感性を全面に出した記事が多く、数十万人のTwitterフォロワーを抱えるなど、ライター個人に根強いファンがついているのも特徴です。
SNSを舞台にたびたび「バズ」を起こし、時代のネットユーザーに愛されるメディアですが、歴史は長く、入れ替わりの多いネットの世界で今年15周年を迎えます。その成り立ちも、インターネットの変化を色濃く反映したものでした。
オモコロのトップページには個性的な企画が並ぶ 出典:オモコロ
インターネット黎明期の1990年代後半から、個人が持つHTMLのスキルと知識を使って、日記のようなスタイルの個人サイトがいくつも開設されました。ブロードバンドの普及以前、今では考えられないような低速の通信回線という制限の中、文章(テキスト)という表現に力を注いだ、さまざまな「テキストサイト」がしのぎを削っていました。原宿さんも、その流行の中で個人サイトを運営していたひとりでした。
「ただ、インターネットが普及していくうちにブログやSNSというサービスが生まれて、どうしても個人が続けるサイトってなくなっていってしまったんです」
インターネット黎明期、原宿さんも個人サイトを運営していた=栃久保誠撮影
テキストサイトで生まれた「文化」さえもなくなってしまうのは惜しいと、「記事を残す場所」として2005年10月に初代編集長のシモダテツヤさんが立ち上げたのが「オモコロ」でした。原宿さんがオモコロに関わるようになったのも、シモダさんに声をかけられたからでした。
「個人サイトの延長線上にあるサイトだからこそ、自由な表現をするハードルはすごく低いと思います。基本的にはライターの『面白いと思うもの』を制約なしで好きに発表できる場。そんな自由が許されるメディアが、たまにはあってもいいじゃないかという思いです」
サイトを紹介するページからも、肩の力を抜いて楽しめる雰囲気が伝わってくる 出典:オモコロ
「
強くてカッコいいファイターを目指せ!オリジナル格ゲーキャラ選手権」や「
【検証】場所によって『トイレの落書き』の質は変わるのか調べてみた」など、オモコロの記事はありそうでなかった独創的なアイディアばかり。情報があふれるこの世界で、新しい発想はどのように生まれているのでしょうか。
最近も企画で開発された「校長先生のスピーチをひたすら聞き続けられるウェブサービス」がSNSでも話題となった 出典:オモコロ
自身もライターとして活躍する原宿さんは、「個人的にはネタは何でもいいと思っている」としつつも、考えるコツとして「大きく分けると2つある」と話します。
まずひとつは「観察」です。ほんのささいな出来事、例えば商品のパッケージや成分表示を観察するだけでも、ネタの種になるといいます。
「今僕の手元に油性ペンがあるんですけど、『裏写りしません』って書いてあるんです。それだけでも『なんで裏写りするんだろう』『裏写りしない商品がどうやってできたんだろう』という疑問が出てきます」
「村上春樹さんの言葉で『世界はつまらなそうに見えて、実に多くの魅力的な謎めいた原石に満ちていて、小説家というのはそれを見出す目を持ち合わせた人のことです(*)』というのがあるんですけど、まさにそうなんです。普通に生活してるだけでも、ネタっていっぱいあるんです」
(*)村上春樹『職業としての小説家』より
「部屋に一輪挿しを飾る、という出来事だけでもオモコロでは実際に記事になっている」と原宿さんは話す=栃久保誠撮影
もうひとつ、原宿さんが重要だと感じているのが「会話」です。自分のネタを人に話すことで「面白さ」を測り、やりとりを通して更にアイディアが広がることもあります。何げない会話の中で、「自分の変なところ」を誰かに見つけてもらい、ネタにつながることも。
「あるライターの『食べるのが遅くて食事に1時間半かかる』という話に、『かかりすぎじゃない?』とひっかかって、これをきっかけにこのライターの嚙む回数や時間を
記録した記事が生まれました。多分ひとりでは人と違うところが気にならないし、やろうと思えない企画ですよね」
自身の経験からも「対面で話さないと面白いことって生まれづらい」と話す原宿さん。「最近あの人と話していないな」と思ったら打ち合わせを入れるなどして、編集長という立場からも「雑談」を意識的に行うようにしているといいます。
オフィスのホワイトボードには「夢」「愛」と書かれた謎のメッセージも……=栃久保誠撮影
こうして生まれた「ネタ」は編集部の間でブラッシュアップされます。また、ライターを集めたネタ出しのための会議も行われるのですが、ここでも「ハードルを下げる」工夫があります。
「ブレインライティングという手法があるんですが、他の人の発想に自分のアイディアを付け足すという作業を繰り返し行うもので、企画会議でよく使っています」
濃淡さまざまであっても、1回の会議でとにかくたくさんのアイディアが生まれるため、結果的に効率的なのだといいます。これに加え、ネタ出しをしやすい工夫には他にもあるようです。
「あえて『炎上しそうなアイディア』から出していくんです。絶対これはできないよね、という企画を最初に出していくと、自分の中のリミッターが外せるというか、『とにかく何でも言ってみよう』と思えるんです」
これがイメージトレーニングになり、炎上しないためのバランス感覚にもつながっています。インターネットで長く活動し、さまざまな事例も多く見てきたからこそ、絶妙な「とがり」を実現しているのです。
オモコロのオフィスにあるマルチスペースでは、YouTubeの撮影なども行われている=栃久保誠撮影
そんな個性的なコンテンツが読めるサイトとして認知されているオモコロですが、原宿さんは「『メディアの全体の色』みたいなことはあまり深く考えていない」と話します。
「ただ既視感が強い企画というか、オモコロ以外でフォーマット化されているものにのっかるのは『らしくない』とは感じていますね。誰もまだやっていないことをやろう、というチャレンジにオモコロの面白さがあると思っています」
ライターの「個性」の光らせ方と、編集者に求められること
ARuFaさんやダ・ヴィンチ・恐山さん、モンゴルナイフさんなど、それぞれのライターの個性が光るオモコロ。しかし全てのライターが自身の「売り」とするべき分野や特徴を、一朝一夕で見つけられる訳ではありません。
「ひとりひとりがそれなりに『売り』となるものは持っていると思うんですが、それが『売れた状態』、つまり世の中に広く受け入れられるところまでいくのは難しくて、なかなかたどりつけないんですよね」
それをチューニングしていくためにも、より多く打席に立つことは重要です。ただし、ずっと壁打ちをしていても仕方のないもので、こうした自分の売りも「他人に見つけてもらうもの」と原宿さんは話します。
「だからこそ、編集者が長期的にコミュニケーションをしていくというのが重要だと思っています」
編集者は短期的な結果を追い求めるのではなく、ライターの「売り」が結実するまでの「過程や途上を楽しめる」という性質が求められるといいます。
また、編集者の重要な役割として「締め切りを決めること」を挙げる原宿さん。
「締め切りを決めないと誰も記事を書こうとしないっていうのはあるんですが、納期があることでライターの気持ちに『期待を裏切りたくない』という力が働くはずなんですよね。だから『締め切りを決める』という行為が、いろんなものを動かしていると思います」
「サイトの維持」と「運営の楽しさ」を両立させること
2012年にシモダさんに代わり、オモコロの二代目編集長となった原宿さんですが、「僕はもともと、どこであっても生きていければいいかなという考えで、一度も編集者になりたいと思ったことはない」と明かします。
「ただインターネットが好きで、『こういう記事があったらもっと面白いかもなあ』という思いつきを試すのが好きで、そうした行為の延長にメディア活動としての結果があったという感じです」
そんな中、編集長に就任し意識するようになったのは、オモコロという「場」を維持することでした。「オモコロのような端から見たら『意味のないこと』って、やめようと思ったらすぐやめれてしまうんですよね」。そう話す原宿さんの言葉には、テキストサイトの衰退をリアルタイムで見てきたからこその重みもあります。
「昔、個人サイトのときによく言われていたのが、何はなくとも毎日更新するっていうことなんですよ。クオリティをある程度保つことはもちろんですが、記事が更新されていれば見に行っちゃうものです。それはオモコロも守っているところで、Yahoo!ニュースなどの大きなプラットフォームからの流入がないからこそ、更新は生命線なんです」
「多少無理にでも『続ける』ということを大切にしてきた」という一方で、オモコロの原資はライターや編集者が抱く「面白い」という感情にあります。PVなどの数字に目を向けるものの、ノルマなどは設定せず、「基本的に書いた人が楽しかったら、それ以上のことはなくていいと思うんです」。
だからこそ、「維持」を柔軟に捉える考え方も重視しています。「持久力ってサボることだと思うんですよね。頑張り過ぎちゃうと続かないんです。手を抜くことも、前向きにとらえていいと思っています」
運営側が楽しめる余白を保つことが、組織の維持にもつながる。この循環が、オモコロが15年続いてきた秘訣であり、読者が繰り返し訪れる「一期一会じゃないサイト」となっているのです。
2019年には有料コミュニティサービス「ほかほかおにぎりクラブ」をスタート。会員だけの限定コンテンツや、ライター志望者向けの添削アドバイスなども受けられるほか、なぜか「くじゃく」の画像も100枚ダウンロードできます。
2019年に始まった有料コミュニティサービス「ほかほかおにぎりクラブ」 出典:オモコロ
全世界に開かれたインターネットで勝負してきたオモコロですが、あえてクローズドな舞台を用意したことについて、「新しい収入源にしたいなっていう気持ちもあるんですが、インターネットが『なんでも自由に言える場』ではなくなってきたんですよね」と原宿さん。
「ネットには今やすごくたくさんの人が集まっていますし、その分だけいろんな角度の視線があります。アウトプットの完成度としても、『Twitterに書くまででもないようなこと』を、書く場所がないんです」
閉じた空間がコンテンツの「実験場」としても機能しているといいますが、コンテンツの裏話や内輪ネタなどの「楽屋話」のような話題にも需要を感じているそう。もともとオモコロに関心の高いファンたちだからこそ、「ここでしか知れない」という情報やライターのよりパーソナルな部分を発信することで、媒体との距離を近づけ、コミュニティ内の一体感も生まれやすいのでしょう。ファンが身近に感じられることで、ライターのモチベーションにもつながっているといいます。
Twitterが普及し「バズる」という概念も生まれて久しく、よりたくさんの人に投稿が拡散されることが施策の「成功」とされる流れも生まれました。オモコロもさまざまな記事で「バズ」を経験してきましたが、原宿さんは「こうした評価軸も変わってきている」と話します。
「ウケることが第一ではなく、個人や会社が大事にしていることをどう出していくか、ということにシフトしています。ネット自体が、それぞれの姿勢やオピニオンを示す場としての側面が強くなってきている気がします」
とはいえ、こうした潮流を見定めながらも、胸にあるのは「楽しいインターネット」です。「そんな中でも、僕らはちょこちょこふざけていければって思うんですよね」
「自分自身が若い頃、『世の中、バカなこと考えている人もいるな』『こんな楽な考えでもいいんだな』という創作物に救われた経験があるので、オモコロはとにかく気楽に楽しんでもらえればそれで役目は果たせてるのかなと思います」
それは広告案件であっても変わりなく、「オモコロのネタとして面白くて、楽しんでもらえるものでなければ、僕らがやる必要はないんじゃないかなという感じです」。
「何かものを生み出して楽しいと感じることが、この世で一番面白い」という原宿さん。「これを続けていくということが僕の中ではすごく大事なんだと思っています」
オモコロではこれからも、ライターの「面白い」が光るコンテンツが生まれていく=栃久保誠撮影
「オモコロ」原宿さんの教え
・ネタ出しは「観察」と「会話」。数をこなすことが大事
・「面白い」を生み出す余白をつくる
・ライターの「売り」は長期的なコミュニケーションで生まれる
今後のキャリアプランについて「全く考えたことがないので、聞かれると不安になってきました」という原宿さん。「昔もスマホなんて出ると思わなかったですからね。どこでゲームチェンジが起こるかわからないんで、あんまり考えてもしょうがないかな」と率直な気持ちを教えてくれました。
「『一刻も早く売れたい!』と思っている人からすれば、僕みたいなのはイライラするかもしれませんが、基本的に死ななかったらいいというか、なるべくダラダラと同じ仕事ができるように頑張りたいですね。一人の人間にできることはそんなに多くないので」
変化が多いインターネットに一喜一憂するのではなく、大きな波に身を委ねるくらいがちょうどいいのかもしれません。こうした柔軟な考え方から、斬新な発想が生まれているのだと感じました。
さまざまなジャンルのメディアや会社で活躍する、WEB編集者へのインタビューを通して、WEBメディアをとりまく環境を整理し、現代の“WEB編集者像”やキャリアの可能性を探ります。Yahoo!ニュース、ノオトとの合同企画です。水曜日に配信します。