ネットの話題
「PCR検査41回受けた」武漢の今 日本人が撮った「普通の暮らし」
主人公は、大活躍する「英雄」ではなく、ごく普通の人々
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主人公は、大活躍する「英雄」ではなく、ごく普通の人々
新型コロナウイルスの感染拡大でロックダウンしていた中国・武漢。その解除後の様子を、日本人監督がドキュメンタリーとして撮り、中国や日本で話題になっています。公開された動画の再生数は、中国のSNSで3000万回、YouTubeで70万回を突破しています。動画に登場するのは、大活躍した「英雄」ではなく、ごく普通の、武漢の人々。その姿は、コロナ禍の私たちの目にどう映るのでしょうか。(朝日新聞記者・小川尭洋)
タイトルは「お久しぶりです、武漢」。監督は、中国・南京市に住む竹内亮さん(41)。7年前に中国人の妻と一緒に、現地で映像制作会社を立ち上げ、日本人の視点から、ドキュメンタリー作品を発信し続けています。
武漢市は4月8日、約2カ月半ぶりにロックダウンを解除。その後、約1000万人の全市民へのPCR検査をしていました。竹内さんの撮影チームは、その検査結果が出た6月上旬に、現地に入りました。約10日間にわたって武漢で暮らす男女10人に密着取材。新しい生活を迎えた葛藤と期待を胸に、歩もうとする姿を描きました。
「こんにちは。(握手しながら)私はPCR検査したので、大丈夫ですよ」
撮影初日は、取材相手のこんな一言で始まります。
竹内さんは「彼に限らず、武漢人の外の人に対する気の遣い方は、半端じゃない。それだけ武漢への偏見が根深いということ。経済だけでなく、精神的なダメージも大きいのだと実感した」と言います。
取材対象者は、中国のSNS「ウェイボー」の投稿で募集。数日で100人を超える応募があり、早めに締め切りました。
これまで、世界各国のメディアで、武漢は多くの場合、感染者の悲劇的なイメージや、医師の英雄的なイメージで語られてきました。
極端な面が強調される一方で、「大多数の庶民の生き様は描かれず、置き去りにされてきた。ロックダウン解除後は、なおさら語られる機会が少なかった」と、竹内さんは指摘します。
「だからこそ、『今の武漢』を知ってほしいという地元の応募者が多かったのでしょう」
筆者は、竹内さんへのインタビュー中、少しドキっとすることがありました。
「逆に、小川さん(筆者)は、日本の大手メディアにいる人間としてどう思いますか?」
日本の中国報道について「偏見」を感じることがあるかどうか、竹内さんにたずねていた時のこと。逆質問をされたのです。
朝日新聞社で紙面編集もしている筆者は、コロナ関連のニュースを見ない日は2月以降、ほぼありませんでした。その中で、中国のコロナ関連の記事を見る際、果たして「偏見」は一切なかっただろうか――と問い直された気がしたのです。
筆者は、中国人の母と日本人の父の間に生まれ、大学2年のとき、上海に1年間留学しました。中国人の友人も多く、「中国への偏見は全くないつもり」でいました。
一方で、「監視社会」「不自由な社会」といったイメージを作り上げ、中国のニュースを見ていた自分にも気づかされました。留学から7年。そういった側面だけではない中国の多様さを、素直に見つめることができていたか、自信がありません。
筆者がそう振り返ると、竹内さんは「もちろん、中国のことを全部褒めろ、なんて思っていません。良いところもあれば、悪いところもあるので。凝り固まったイメージではなく、色々な面を伝えてほしいですね」と言いました。
決まった「型」にはめず、柔軟に日本と中国の人々を見る――。竹内さんが、ドキュメンタリーを通じ、発信してきたことです。
きっかけは、2010年、日本の番組制作会社のディレクターとして撮影しに行った中国での質問でした。地元の村人から「山口百恵は元気か?」「高倉健はいま何をしている?」と聞かれ、ショックを受けました。
「ネット全盛の時代なのに、日本の情報は1980年代前後で止まっている。中国が好きな日本人として、もっと日本のことを伝えたいと思いました」
日中間の理解を深める作品を撮ろうと、2013年に南京で映像制作会社「ワノユメ」を設立しました。2015年から、中国の動画サイトで、日本文化を紹介する短編作品「私がここに住む理由」を配信しています。エピソードは200以上にのぼり、累計再生数は6億回を突破しています。
竹内さんは、どの作品でも、「国籍関係なく、登場人物の思いやその人らしさが伝えられるよう、細部を大切にしている」と言います。
今回の作品も、余計なレッテルは貼らず、一人一人の喜怒哀楽を丁寧に描きました。
「武漢を褒めるつもりも、けなすつもりもない。見る方々も同じように、『中国』『武漢』という先入観を持たず、まっさらな気持ちで見てほしい」
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