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不妊治療、コロナで延期「くじかれた気持ち」再開できない夫婦の葛藤

秋には受精卵を子宮へ移植する予定でした。

5年前から不妊治療を続ける夫婦は、新型コロナの感染拡大を受けて治療延期を決めました
5年前から不妊治療を続ける夫婦は、新型コロナの感染拡大を受けて治療延期を決めました 出典: 夫婦提供

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子どもは欲しい。でも、今はその時ではないのかもしれないーー。新型コロナウイルスの感染拡大は、長年不妊治療を続けてきた夫婦に「治療延期」という選択をさせました。一時中断した治療は今も再開できていません。治療を進めたいものの新型コロナの影響が気になる夫(39)と、一度スケジュールが崩れ気持ちの整理が必要という妻(34)。複雑な思いを抱えた2人に話を聞きました。

不妊治療5年目の「大きな予定」

「今年は、我が家にとっては東京オリンピックより大きな予定を組んでいました」

5年前から不妊治療を続ける、神奈川県に住む会社員の夫婦はこう話します。ようやく今秋にも凍結した受精卵を子宮へ移植する予定でした。

結婚6年目。2人とも当初から子どもを望んでいましたが、流産したり、夫が仕事のストレスからうつ病になって療養したりと思い描いた通りにはいきませんでした。医師の指導のもと排卵日付近に性交をするタイミング法はうまくいかず、精子の運動率が低く人工授精は断念。昨年1月に体外受精へステップアップしていました。しかしその後も採卵がうまくいかず、当初の予定より時間がかかったといいます。

そんな中、新型コロナの感染が拡大し、今年4月1日には日本生殖医学会が妊娠後「感染への対応に苦慮する」ことが予想されるなどとして、医師に不妊治療の延期を患者に提案するよう勧める声明を出しました。

ちょうどその日、夫婦は病院で今後の採卵のスケジュールを話し合う予定でしたが、急きょ体外受精をいったん中止するかどうかの話し合いになったそうです。「主治医の先生は我々の希望が最優先だとおっしゃって下さいましたが、コロナへの危険性や年齢的なことから夫婦で延期を決めました」と夫は話します。妻も「『不要不急』とは何だろうと考えると、コロナへの恐怖から治療を進めることにおじけづいてしまいました。ただ、一生懸命やってきたものがくじかれた感じはしました」と話します。その後、5月18日に学会から治療の再開を考慮するよう通知が出ましたが、夫婦はまだ病院には行けていません。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

「不要不急」への葛藤

再開へ踏み切れない理由の一つは、新型コロナ感染の第2波への不安です。体外受精によって妊娠できた時に感染しても、妊婦に使える薬は限られます。厚生労働省は「妊娠後期に新型コロナウイルスに感染したとしても、 経過や重症度は妊娠していない方と変わらない」としていますが、「一般的に、妊婦の方が肺炎にかかった場合には、重症化する可能性」があるとも指摘しています。

「コロナによって生活が激変し『不要不急』の行動を差し控える風潮が広がる中で、世間一般の方々からすれば不妊治療は『不要不急』であるのではという思いと、我々夫婦にとっては子どもを持ちたい、不妊治療を進めたいということは『不要不急でない』という葛藤に苦しみました」と妻は話します。

不妊治療以前から妻が病院へ恐怖心を持っていたこともハードルになりました。「治療への第一歩」である通院にも相当な覚悟が必要で、妻は「家から歩いて5分のところにある病院でも行くのが怖くて、夫に電話して伴走してもらった」と話します。診察へ進んでもうまく話すことができず、伝えることはあらかじめメモに書いておきました。

妻は次のように話してくれました。

「うつ病で元気がなくて動けなかった夫に『不妊治療の検査を受けに行く』と伝えると、とても喜んでくれました。私も子どもは欲しいと思いますが、子どもを欲しい気持ちにも波はあります。夫は体調も良くなって子どもを望む気持ちも強くサポートもしてくれるので、私も頑張ろうと思っています。なにより病院へ行くことへの恐怖はありますが、ありがたいことに今通っている病院はこんな私にも最大限配慮して下さっており、私の恐怖心を理由に不妊治療を断念することはしたくありません」

夫も妻の気持ちは理解していて、複雑な心境を打ち明けました。

「不妊治療は女性側に負担が大きく、男性側でできる部分が少ないためもどかしく感じます。妻は病院へ行くのにも労力を使い、スケジュール調整もしてつらい中でやってくれていたので、コロナでの中断は残念でした。今後再開するかどうかは未定ですが、一度くじかれた気持ちがある妻をどうサポートしていけるのか悩んでいます」

今年に入るまでは「一筋縄ではなかったにせよ中断することなく治療を進めてきた」という2人。時間だけでなく、お金も200万円ほど費やしてきました。妻は「私たちにとっては大きなタイミングと重なってしまい、コロナへの怒りは言い表せません。私の気持ちを作るのに時間はかかりますが、タイムリミットはあるので主治医の先生に意見を伺いながらスケジュールを調整しようと思います」と話します。

写真はイメージです
写真はイメージです 出典: PIXTA

継続か延期か、正解はない

「当事者にとっては、コロナが治療や妊娠にどう影響するかと言うことだけではなく、計画していたプランが狂うこと自体の焦りやストレスも、大きな負荷になっていると感じます」

不妊や産む、産まないにまつわるリアルストーリーを紹介するWebメディア「UMU」を運営し、当事者向けサロンや個別相談も行う、株式会社ライフサカス代表の西部沙緒里さんはそう語ります。自身も乳がんと不妊治療の経験者。これまでも当事者から相談されることはありましたが、日本生殖医学会の声明が出てからさらに多くなったそうです。

「『西部さんが私だったら、この環境下、この体の状態で治療を続けますか?』という相談もありました。治療を継続するか延期するか、ご自身で決めなければいけないけれど、信頼できる第三者にも背中を押して欲しい。コロナ禍の不妊治療について確立されたエビデンスがない中、ドクターも答えはくれないケースが多いでしょう。結果、『最終的に決めるのはあなただよ』となるので余計に悩むのではないかと思います」
株式会社ライフサカス代表の西部沙緒里さん=本人提供
株式会社ライフサカス代表の西部沙緒里さん=本人提供


西部さんは「個々人の環境が異なり、どれも正解はない」とした上で、当事者へ「私だったらこうする」三つのことを伝えています。

一つ目は、「ドクターと相談の上で、状況が許すなら進められるところまで治療のプロセスを進めておく」こと。「高度不妊治療に進んでいる人は、採卵から培養までのプロセスを終えておけば、受精卵を凍結しておけます。クリニックによって方針は異なりますが、一般論として言えば採卵したときの年齢の卵を保存しておくことができるので、最低限の安心になるとお伝えしています」

二つ目は、「不妊治療について、信頼して相談できる先を改めて見つける」こと。「コロナはきっかけに過ぎず、そもそも予測不可能な時代下での不妊治療ですから、医療面と心理面で信頼できる伴走者が、いないよりはいた方がいい。この機会に探しませんかと提案しています。普段の診療は慌ただしく、なかなかゆっくり話せないクリニックのドクターに時間をいただいて話を聞いてもらうことにトライしてもいいし、セカンドオピ二オンを聞く機会にしてもいいと思います。NPOや民間のサポートサービス、カウンセリングサービスなども広がっているので、『一人で悩まない』不妊治療スタイルを模索してみることが、今後の人生にも生きるのではないかとお話ししています」

三つ目は、「今だからできる明日への備えとして、健康習慣や体づくり、そして夫婦コミュニケーションや人生計画を見直す」こと。「釈迦に説法のような話ですが、睡眠、食事、ストレスケアなど当たり前のことを当たり前に見直す、そのスタートラインにしませんかとお伝えしています。治療のこと以外も含めて社会不安が大きい昨今だからこそ、しっかりと生活を立て直していくことには、絶対に意味があります。また、不妊治療をあと何年やって、いくらまで使うか、どのくらい子どもが欲しいのか、その先に養子縁組や里親の選択肢はあるかなど、パートナーとの対話やライフプランニング、治療のスタンスの意識合わせについて時間を使うのも、今だからできることです」

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