連載
#9 WEB編集者の教科書
怒りを受け止め、次のステージへ社会を転換 生配信ハフライブの役割
生きた言葉を引き出し、相手の本気を伝えるメディア
情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や雑誌社、時にテレビもウェブでテキストによる情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。
情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第9回はハフポスト日本版編集長・竹下隆一郎さん、エディター/「ハフライブ」プロデューサー・南麻理江さんにお話を伺いました。(取材・執筆・編集=名久井梨香、鬼頭佳代/ノオト)
ニュースメディアが取り組むライブ配信
・テーマを配信直前までアップデートするのが新しい「速報性」。
・オンライン配信に合わせて、質問の仕方を180度変える。
・取材先・作家のご機嫌取りの仕事は過去のものに。
政治や経済、ライフスタイルなどの時事ニュースに加え、個人の声を拾い上げる特集記事などを提供する「The Huffington Post」。2005年にアメリカで誕生し、2013年5月に日本版がスタート。2017年4月に媒体名を「ハフポスト 日本版」(以下、ハフポスト)に変更しました。
会話が生まれるメディアを目指し、これまで数多くの記事を読者に届けてきたハフポストは今年1月、Twitter社と連携したライブ配信「就活応援番組ハフライブ(以下、ハフライブ)」を開始し、本格的に動画コンテンツを展開しています。ハフライブでは、なぜ就職活動をメインテーマに選んだのでしょうか?
「原稿の誤字脱字の発見は今後コンピューターのソフトが担えます。作家や取材先のご機嫌取りのような仕事は、クローズドな人間関係を築き上げ、ハラスメントなどの問題も生み出す。これからの編集者の仕事は、言葉を再定義すること。終身雇用時代が終わり、転職が当たり前になりました。『どの年代の人も来年には転職をしている可能性があり、そういう意味では新卒生に限らず『就活』を意識しないといけない時代になるのではないか』という予測から、メインテーマを選んだのです」(竹下さん)
しかしその後、コロナ禍によって日本社会は激変します。収録はスタジオではなくZoomを使った配信に、悩みごとは『どんな仕事をしよう?』から『会社がリモートワークになってしまった。明日からどうしよう』に変わっていきました。
「私たちが想像するよりも、現実が速かった。メディアは現実よりも、一歩先の未来を見せていかなくてはいけません。だから、ハフライブも社会に合わせて大きく方針を転換し、『就活』を含むもっと広い意味での『働き方』を取り上げるようにしたんです。コロナで多くの人がそもそも『オフィスってなんだろう』『通勤って意味があるのか』と根本的なことを考え始めたことも大きい」(竹下さん)
番組は毎回各テーマに沿ったゲストを招き、トーク形式で進行します。過去のテーマは、電通の若者研究部メンバー・吉田将英さんと考える「若者の専門家と話し合う、#就活がしんどい理由」、Makuakeの広報マネージャー・矢内加奈子さんに聞く「クラウドファンディング業界研究〜お金の価値はどう変わる?〜」など。ゲストとテーマをどう決めるのかは、編集者の腕の見せどころです。
「毎回、『ゲスト』×『時事問題』のかけ算を意識してテーマを考えています。企画によってゲストとテーマのどちらが先に決まるかは違いますが、かけ合わせるものが変われば、読者に伝わるメッセージも大きく変化するでしょう。そのかけ合わせで何が生まれるのか? これからの編集者には、執筆者の原稿を読み込むスキルだけでなく、こうした『かけ算をする力』も求められていると感じています」(竹下さん)
「ハフライブ」をリードするのが、エディター・南麻理江さんです。今年3月に行ったNTTデータを特集したハフライブを担当する中で、「かけ算の力」を強く感じたと言います。
「当初は、『グローバル社会で勝てるテクノロジー企業とは?』というテーマでNTTデータの企業活動をメインに見せようと考えていましたが、配信日が迫るにつれて新型コロナウイルス感染症の問題を無視できない状況になりました。私たちの母体であるハフポストは、時事に対応した発信をするニュースメディア。だからこそ、状況に合わせて急遽テーマを練り直すことにしたのです」(南さん)
NTTデータはATMやキャッシュレスサービスを動かす裏側を支える企業。災害や感染症などの有事で世の中が混乱しても、システムを止めないことは重要なミッションの一つです。そこで、企画テーマを「ビジネスを止めない!インフラ企業の役割」へ変更。「普段ならあまり注目されない当社の事業内容だ」とNTTデータの担当者が感想を漏らしたそうです。
「こういう企画を作ることこそ編集者の仕事であり、ハフポストに求められているのだと強く感じました。他メディアと時間のみを競う速報だけがジャーナリズムの価値ではありません。ラストミニッツまで社会情勢を睨み、世の中をよりよい方向に進めていけるような発信や言葉を直前でアップデートすることも『速報性』。そんな報道をしていきたいと考えています」(南さん)
その後も、新型コロナウイルス感染拡大後の社会をリアルタイムに捉えた番組づくりは続きます。ローソン代表取締役社長の竹増貞信さんと、最所あさみさんをゲストに迎えた「ポストコロナの『コンビニ』を考える」は、ネット世論を巻き込んだ回となりました。
コンビニチェーン「ローソン」が扱うプライベートブランド(PB)のパッケージデザインを変更したことで、SNSを中心に賛否の意見が噴出したことを番組で取り上げました。番組は98万視聴に達し、番組用につくったハッシュタグの投稿は1万3487件に達しました。さらに、ローソンのPBについて多くのユーザーが自らnoteに意見を投稿し、70件近くになったそうです。
また番組中にローソンの竹増社長がPBの一部商品のデザインを変更する方針を明らかにし、いくつかのメディアが後追い報道をしました。背景にある社会の変化について、竹下さんは次のように捉えています。
「リモートワークが普及したのをきっかけに、これまで対立していたワークとライフの関係が変わってきたように感じています。ワークとライフでなんとかバランスをとるという考え方から、ワークが自宅になったことで、家で過ごすこと=仕事へと転換してしまった。そんな状況だからこそ、多くの人はコンビニなど暮らしの中にある身近なものへ、より強い関心を寄せるようになったのではないでしょうか」
「消費者が大企業の社長の話を1時間以上も直接聞けるなんて、そうそうないですよね。しかしながら、これまでの経済報道では、社長から『ニュース』を引きだそうとするあまり、話の多くをカットしてきました」
「例えばコンビニの社長にインタビューする場合、新規店舗数の推移や売上高、経営方針などを聞きます。すでに出ている情報に比べて目新しさがなければ、多くを割愛します。しかし、数字以外の経営者の『思想』によってビジネスが左右される時代が現代であり、そちらの方に読者のニーズはシフトしてきています。数字的な情報はググれば手に入る。今回も配信を25分オーバーしましたが、ロボットの技術をコンビニに応用した店舗づくりなど『未来のコンビニ』まで話が広がりました。生の会話の醍醐味です」
実は配信前、視聴者からは新パッケージのデザインについて否定的な意見が少なくありませんでした。しかし、竹増社長自らが生配信でメッセージを伝えることで、配信終盤には社長の人柄や考え方に共感し、ローソンを応援するコメントが多く寄せられています。数字以外の「人の思想」が聞けたことへの満足度を表しているようでした。
そんな動画生配信で編集者に求められるのは「魅せられる質問ができるかどうか」。一般的にテキスト中心の記事上では、編集者は黒子に徹することがほとんどですが、動画における編集者はモデレーターの役割を求められ、当然ながら自らの声が視聴者へ届きます。
「取材相手も、取材している編集者・記者も、全員の動きが『可視化』されるのがライブ配信です。編集者も黒子として甘えることなく、『こういう質問をすると、視聴者にどう思われるか?』を考える必要があります。例えば、テキストにするのが前提の取材では、質問がそのまま全てが記事になるわけではないので、相手の言葉を引き出すための『捨ての質問』を投げかけることが少なくありません。ただ、ライブ中継では、『どう思っているんですか?』とストレートに突っ込むなど、読者の疑問に直結する姿勢が好まれます」
今回のローソン竹増社長出演企画の準備の際、竹下さんが重視したのは「一番困っている人の声」をぶつけることでした。
「コンビニのプライベートブランドのパッケージデザインが多少変わっても、『そんなに大したことはないのでは』という意見もありました。けれど、障害がある人や口にする食べ物の種類が宗教の教えに直結する方にとってはどうなのか? あるいはアレルギーなどの理由で特定の食材が食べられない人にとっては、パッケージは死活問題です。ハフライブでは、事前にコンビニに通う外国人を含む多様な消費者を取材してから配信に臨みました」
「ポストコロナの『コンビニ』を考える」回の生配信を経験し、「真面目に議論すればするほど、視聴者もちゃんとついてきてくれるという強い手応えを感じた」と竹下さん。
「いま、メディアには二つの役割があると思うのです。一つは『怒りを聞き、それを徹底的に向き合う力』、もう一つは『社会を次のステージへ転換する役割』。コンビニのパッケージならば、消費者の怒りの声が上がり、それが社長まで伝わって、議論を経て、問題解決へと動き出しました」
「消費者やユーザーの声は『怒り』として表現されることが多い。コンビニパッケージの裏側には切実な思いがあったように、『冷静になろうよ』と怒っている人をおさえつけるだけだと見えないこともあります。さらにそのうえで、社会をどう良くするか、ということを考える役割がメディアには求められているのではないでしょうか」
ただし、メディアを継続していく運営していく以上、絶対に考えないといけないのがマネタイズです。広告を収入源の一つとするネットメディアでは、PVをおろそかにできないのは事実。しかし、PVを取りやすいテーマばかりをフォーカスしたり、片方の声を大きくして炎上を狙ったりするのは、言うまでもなくジャーナリズムを掲げるメディアのするべきことではではありません。
ハフポスト日本版の場合は、収益の中でPVが占める割合が下がっており、編集部とは別部門が担うスポンサードコンテンツやイベント収入などが6割前後に達しています。
「多くのウェブメディアはPVを追いかけ、ユーザーを獲得するサービスとして運営されています。ジャーナリズムはビジネスと適切な距離をとらないといけないので、これはあまり良い状態ではありません。ハフポスト日本版は動画収入もかなり増えて来ましたので、その分、ジャーナリズムの独立性がますます強固になりました」
「距離をとる」はハフポストが掲げる大事なスタンスだといいます。それは「ユーザーとも距離をとることをも意味します」と竹下さんは最後に切り出しました。
「僕たちはユーザーと向き合うと同時に、社会にも向き合っているんです。例えば視聴者に人気の企業をゲストとして呼んだとしても、『本当はいい企業ではないのかもしれない』『この情報をそのまま伝えると宣伝になってしまうのではないか』と、必ず考える。ユーザーが好む話題よりも、社会にとって投げかけるべき問題を大切にしてします」(竹下さん)
ハフポスト編集部に所属する20〜30代メンバーは全員が転職組。竹下さんのように記者経験のある転職者が多い一方、流通事業運営会社やテレビ局、ラジオのアナウンサーなど、異業種から多様なスキルをもった人が集まっています。しかし、「ネットメディア業界には、キャリア形成において大きな課題がある」と竹下さんは指摘します。
「ネットメディアには10年、20年のキャリアを積み上げてきた人がまだほとんどいません。だから、将来の自分のイメージが想像つきにくく、どういうキャリアパスが存在するかすらわからない。今後は都市をデザインする行政官や企業のマーケティング担当役員、オンラインイベント会社の立ち上げなど、ダイナミックな転職を果たすメデイア出身者がどんどん出てくるのではないでしょうか。そうなれば、ますます世の中が面白くなる」
その一例として竹下さんが挙げたのは「映画」業界です。映画館に通う人が少なくなった今、オンライン先行公開時に観客とのコミュニケーション設計を助言でき、かつ実行に移せるスキルは「編集者」に通じるものがあると言えます。例えば、映画のポスターをひとつとっても、海外と比べて、「日本はワンパターン化している」と竹下さんは言います。このように、編集者の力が求められる現場は世の中にまだまだ眠っているのかもしれません。
「アメリカでは、CEOや幹部が送った社員宛のメールがSNS上に漏れていることがあります。でも、その文章を読んでみると、第三者に読まれることを意識して書かれているんですよね。社外に自分のメールが漏れたときに企業イメージがどう作られるか、そこまで考えているCEOが増えていく。これからの時代、『CEO専属の編集者』という仕事も生まれるでしょう」
「将来的には、Netflixから依頼を受けてドキュメンタリーや動画を作るメディアにハフポスト日本版は成長していく」と、竹下さんはハフポストの展望を語ります。近年は「ハフライブ」のようなコンテンツ制作による収益の割合も増えているとのこと。すでに企業のオンラインイベントの企画・制作の仕事も始めています。
ハフポスト竹下さん・南さんの教え
・「言葉の再定義」は編集者の仕事の一つ
・編集者がどんな要素をかけ算するかで、企画は大きく変わる
・編集者の力は、異業種でもさまざまな形で活かせる
これからのメディアは単にニュースを配信するだけではない。だからこそ、竹下さんは現在、短期的に売り上げをつくるためのクライアントではなく、一緒に新しい文化を作っていくパートナー企業を探しています。
「これから5Gなども含めてテクノロジーはさらに進化していけばもっと視聴者とのコミュニケーションもスムーズになって、もしかしたらネットメディアのオンライン生配信がテレビよりも先に行けるかもしれません。テレビは、企業のCMによって支えられてきましたが、これからの時代はメディアと企業のコラボはCMだけではないと思うんです。例えば、鉄道会社は電車を動かすだけでなく、公共交通機関を通した街づくりも担ってきました。そこで『新しい街づくりを、メディアを通じて多くの人と一緒に考える』といった概念作りにも取り組んでいきたい。そういった新しいタイアップをしていきたいですね」
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