連載
#58 #となりの外国人
中国出身の「美魔女」が見つけた本当の美 SNSで続ける朗読作品
中国生まれの杉山怡萍(イーピン)さんは、バスケットボールの元プロ選手で、医学生でもありました。日本にバスケのコーチとして来日し、日本人男性と結婚。2010年には「第1回国民的美魔女コンテスト」でファイナリストに選ばれました。50歳を過ぎた今、取り組んでいるのが朗読です。「自分の姿を見せびらかすのではなく、深みを出すことを望んでいます」。32年にわたる日本での生活で起きた変化について聞きました。
イーピンさんは北京生まれ北京育ちです。両親は、1950年代の中国の有名なバスケットボールの選手で、イーピンさんも、中学校の時にスカウトされました。プロのバスケットボールのチームに所属し、ナショナルチームのU20にも選抜されたこともあります。
その後、上海の名門医科大学に入学し、外科医をめざします。ところが、大学4年生の時に、日本の大学から、奨学金付きの留学生として、選手とコーチ就任の話が舞い込んだのです。
80年代の中国では、留学はまだ珍しいことでした。
「心が動きました。祖父はかつて日本への留学経験があり、小さい時から日本の生活などをよく聞かされていたので」と語るイーピンさん。
留学の誘いを受けた時、祖父はすでに亡くなっていましたが、「これは、祖父が呼んでくれたかなと感じた」と留学を決意しました。
88年に来日し、拓殖大学で留学生として勉強しながら、バスケットボール部を指導し、当時「関東大学女子バスケットボール連盟」の4部だったチームを2部に引き上げました。その後、大学院のゼミで知り合った日本人の夫と結婚。帰化をして、名前も杉山になりました。
記者がイーピンさんを知ったきっかけは「美魔女」でした。
2010年、第1回国民的美魔女コンテスト(光文社主催)に参加したイーピンさんは、2300人以上の応募者から、20人の美魔女ファイナリストに選ばれました。倍率は100倍以上の狭き門でした。
第1回国民的美魔女コンテストから10年、イーピンさんは今、SNSで「朗読」の作品を公開しています。
「朗読」には音楽がつき、写真とともに、詩歌やエッセーの字幕が順番に現れます。
イーピンさんは、ほぼ毎日、中国語による朗読作品をWeChatのモーメンツにアップロードしています。
中国では、最近、朗読アプリが人気で、SNSに公開するユーザーも少なくありません。中国の詩歌協会や作家協会も、文学作品をSNSで拡散することについては「一定の宣伝効果をもたらしている」と、とらえており、特に規制はしていないそうです。
朗読を始めたきっかけについて、イーピンさんは「この年齢になって、自分の姿を見せびらかすのではなく、どちらかというと、深みが出だして落ち着くことを望むようになりました」と話します。
朗読を通じて感じるのは人生の深さです。「詩人や作家の生い立ち、さらにその作品の時代背景なども調べることで、共感が生まれます。理解を深めた上で朗読するのと、知らないで朗読するのとまったく違いますね」
イーピンがアップした朗読は、すでに100を超えています。
「人から『いいね』とか、『すごい』などのコメントを気にするのではなく、継続して投稿することを大事にしています」
それを、イーピンさんは「志」と表現します。
「SNSで公表すると、いろいろな人から見られるというプレッシャーもあります。そんな中で、志を保つことに意味があると思っています」
元々、スポーツ選手だったイーピンさん。新型コロナウイルスによって、運動や趣味の時間も影響を受けました。そんな中、大事にしているのは朝の「早歩き」です。
朝5時半から7時半の間、周辺を8キロから10キロぐらい歩きます。最近は路地の「探検」がたまらなく面白いそうです。そこで思わぬ風景との出会いがあると言います。
これまで行ったことのない小さな路地には、神社や遺跡、石碑などがあり、そこから庶民生活の趣(おもむき)を知ることができるそうです。
「都市開発が進んでも、赤坂門の跡であったり、田沼意次の息子、意知を斬った佐野善左衛門の宅跡、尾崎紅葉が立ち上げた硯友社の跡が残っています。旧町名の案内もあり、地名の解説、公園名の由来などの説明があり、とても勉強になります」
中国では都市開発によって失われた歴史と遺跡は少なくありません。「日本は、近代化と歴史、高級住宅地と庶民の暮らしがうまく融合しているところが素晴らしい」とイーピンさんは話します。
そして路地散歩では、歴史と地理の勉強だけでなく、季節の変化の美しさも毎日感じているそうです。
「コロナでなければ、おそらくそこまで近所を隅々まで歩くことはないでしょう。車だったら、絶対近づかないような場所がたくさんありました。春から夏へ、季節の花を見ることで、毎日幸せな気持ちになります。その美しさを心から感じます……」
人にすすめられて出たという「美魔女コンテスト」。あれから10年、イーピンさんが大事にしているのは、今も昔も、内面の美しさでした。
「どんな人にもきっと不遇や不幸があるはず。たとえば大金持ちでも、悩みを持つはずで、家庭のトラブルもあるはず。一方、お金がなくても、思い切り笑える人もいるでしょう……結局、物事の見方が大事ですね」
イーピンさんには、幼い時から、父親から聞いたいくつの教えがあると言います。
「人は地に足を着けるべき」「人にやさしい気持ちで接して、人に助けが必要な時に手を差し伸べれば、自分自身な困難な時にも、きっと助けが来るはず」
イーピンさんはいまも感謝する気持ちを大事にし、まわりへの心遣いを忘れていません。
32年間暮らしてきた日本について「とても安全で清潔な国で、人々は教養が高く、礼儀正しいところが好きです」
医学やスポーツ、日本での生活を経験してきたイーピンさん。コロナを経た今、本当の「美」に向き合っています。
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