連載
#7 WEB編集者の教科書
法律知識と分かりやすさの両立を求めて 事業会社が挑んだ「報道」
「弁護士ドットコムニュース」の道のり
情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や雑誌社、時にテレビもウェブでテキストによる情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。
情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第7回は数あるオウンドメディアのなかでも、専門性の高い記事を幅広い読者に届けることに成功していることで知られる「弁護士ドットコムニュース」編集長の新志(しんし)有裕さん、副編集長の山口紗貴子さんに、運営の舞台裏や専門性の高い分野で良質なニュースを作り出している編集者に求められるスキルやキャリアについて伺います。(取材・文=有馬ゆえ 編集=鬼頭佳代/ノオト)
「報道メディア」と「オウンドメディア」を両立する
・メディアを続けるうちに関係者とつながり、“一次情報”に近いニュースを発信できるように。
・1人の編集部員がネタ探しからSNS投稿まで記事作りの全工程を担う。
・最近は、法律的な知識を持つ報道未経験者を採用し、入社後に取材・編集スキルを学んでもらうことも。
「弁護士ドットコム」は、弁護士への無料相談や弁護士検索など、法律トラブルの解決をサポートするサービスです。「弁護士ドットコムニュース」は2012年、そのオウンドメディアとしてスタート。
時事問題から身近なトラブルまでさまざまな社会問題を法的視点から切り取った記事は、Yahoo!ニュースやSmartNewsなどへ配信されています。オウンドメディアであり、報道メディアである。その両立はいかにして保たれているのでしょうか。
「当初は、現在とイメージの異なるメディアだった」と編集長の新志有裕さんは話します。
「開始当初のコンセプトは、『社会で起きているニュースを弁護士がわかりやすく解説する』。新聞やテレビ、ネットで話題のニュースに、法的観点から解説コメントを加えて記事化していました。いわゆる“二次情報”のみを配信している媒体だったんです」(新志さん)
背景には、低コストで認知度向上を行わなければならないオウンドメディアならではの事情がありました。
「弁護士による解説記事は、基本的にメール取材がベースです。弁護士から届いたコメントを編集部員が加工して記事を作るため、比較的コストをかけずに多くの記事を制作できました。前編集長の時代には、記事数は月100本ほどです」(新志さん)
Yahoo!ニュースへの配信が始まったのも手伝って、徐々に認知度が向上。と同時に2014年頃からは、直接取材による深度のある記事を扱い始め、徐々に増やしていきました。
裁判を起こした当事者に話を聞いたり、弁護士により詳細な解説をしてもらったりすることで、ニュースを法という視点で見るだけでなく、新しい価値を生もうとしたのです。
「また、メディアを続けるうちに築かれた弁護士などとのネットワーク、読者からの情報提供などからネタを得て、裁判や記者会見の現場へ取材におもむき、“一次情報”に近いニュースを発信できるようにもなりました」(新志さん)
このように、弁護士ドットコムニュースは、オウンドメディアでありながら報道メディアとしての地位を確立するまでに成長しました。現在、弁護士による解説記事と独自取材のニュースは、1:1のボリュームで更新されているそうです。
メディアで扱う記事の幅が広がれば、制作の仕事内容、そして編集部員に求められるスキルにも変化が現れます。
弁護士による解説記事だけを配信していた時期、編集部では記事の制作フローをいくつかに分割していました。「企画」「弁護士へのコメント依頼」「届いたコメントの加工」など、一人ひとりの業務を細かく限定し、完全分業制にすることで、効率的に記事のクオリティを担保していたのです。
しかし現在は、1人の編集部員が記事作りの全工程を担う体制に切り替えられました。執筆や撮影を外部パートナーへ依頼するケースはあるものの、ネタ探しからアポ入れ、取材、執筆、編集、写真の撮影、入稿、SNS投稿まで、すべての業務をこなすスキルが求められます。
「すべての工程を一任するのには、一人ひとりの自律的な行動を促す意味もあります」と新志さん。記事を一人で担当することで当事者意識を持って取り組むことができ、また読者へきちんと届く記事を作るためにどんな工夫が必要なのか、全工程を見通しつつ考えられるからです。
「一通りのスキルを身につけた編集部員がそろえば、あるときは大きな裁判の取材記事を同時並行で作ったり、あるときは解説記事を量産したりと、読者のニーズにあわせて柔軟に対応することが可能になります。ネットの世界でチャンスをものにするには、ある程度のスピードで時流に乗ることも必要ですから」(新志さん)
現在、編集部には9人が所属しています。既存メディアからのキャリアチェンジ組には、『西日本新聞』出身の新志さんのような地方新聞社出身者が目立つのが特徴です。なかには『東京スポーツ』の元社会面担当者もいます。
副編集長をつとめる山口紗貴子さんは、新潮社の出身。『週刊新潮』編集部などに所属していました。出産でライフスタイルが変化したのを機に転職を考え、デジタルメディア、かつ子育てをしながら記者を続ける環境を求めて、2015年に弁護士ドットコムニュースへ。
「場所や時間の制約がないため、慣れるのに時間がかかりました。例えば、編集作業。紙メディアであれば校了や責了という作業がありますが、ネットメディアにはありません。リアルタイムで数字や読者からの反応がわかるので、記事を掲載したあとでも、修正が必要であれば直し、数字が悪ければ異なる見出し(タイトル)につけ変える作業が延々と続きます」(山口さん)
弁護士ドットコムニュース編集部では、記事作りにGoogleドキュメントを活用しています。社外で取材してその場で原稿を書き、すぐに編集部でチェックをして公開できる。こうした紙メディアにはないスピード感にも驚いたと話します。
編集部には、メディア以外の経歴を持つ編集部員も所属しています。ロースクール(法科大学院)卒業後に入った法律出版社からの転職組、大学院の法学研究科で学ぶ社会人大学院生など、法律系のバックグラウンドを持っている人たちです。
「専門性が高い報道メディアという特性上、法律の専門知識を使いこなせて、なおかつわかりやすく伝えたり、現場取材ができたりする人材がいれば理想的だとは思います。ただ、それらを兼ね備えた人はほとんどいませんし、編集者に専門知識をつけさせるのにも限界があります」(新志さん)
そこで弁護士ドットコムニュースはここ2〜3年、従来と異なる条件での採用をスタートさせました。法律的な知識を体系的に持っている報道・編集未経験者を募集し、入社後に取材・編集といったスキルを身に着けてもらうことにしたのです。
「ただ、専門分野の知識のある人はそもそも編集や報道に興味を持たないので、人材確保には苦戦しました。転職エージェントでスカウトメールをたくさん送って、ようやく採用に至り、いま頑張ってもらっています」(新志さん)
弁護士ドットコムニュースの特徴は、法律という専門性の高い分野の記事を読者に伝わる形で仕上げること。専門分野において意味のある報道を、わかりやすい言葉で、しかも楽しめる形で一般読者に届けることは、容易ではありません。
「企画を採用するかどうかは、社会性や公共性、新規性の有無、さらに読者が面白く読めるかどうかといった一般的な判断軸でジャッジしています。ただテーマがテーマだけに、専門コンテンツ以上の企画を出すこと自体が難しい。オウンドメディアの枠、法律の枠にとらわれず、企画を作れるかどうかが肝になります」(新志さん)
もう一つ、企画作りに大切な視点が「自分の企画がどんな金銭的な価値を会社にもたらすのか」ということ。新志さんは、「メディア運営のどこでお金が発生し、どう流れて自分の報酬につながっているのか、考えている編集者やライターは意外と少ないのではないか」と指摘します。
「何がメディアの収益になっていて、どうしたらそれを伸ばせるかを考え、報道に生かしていく視点も必要なのではないでしょうか。ひいてはそれが自分の存在意義であり、メディアを成長させる一因にもなるのですから」(新志さん)
専門性の高い情報を一般読者に届ける難しさは、メディアを運営する際にも生じます。専門知識のない読者は、誤読をする可能性が高いからです。弁護士ドットコムニュースでは社会問題を扱っているため、よりトラブルにつながりやすいという側面もあります。
「読者との距離の取り方については、もっとも難しいと感じる点です。無料のウェブメディアは良くも悪くもさまざまな読者層に開かれています。初めて読む人もいるでしょうし、そもそも媒体名を気にしている読者が少ないことも特徴です。他方、紙メディアの読者は、課金をしてまで読みたいと思ってくれる人たち。媒体のテイストをわかっている人がほとんどでしょうし、作る側も読者像を理解している。記事の内容を誤読されることはあまりないという印象でした」(山口さん)
専門家がコメントを寄せていることもあり、記事の炎上には配慮を重ねています。それでも、思わぬところで思わぬ抗議が起こることも。
「組織の力では大手メディアに負けます。でも、聞こえのいいことばかり書いていても報道する意味がない。だからといって、既存メディアのように炎上や抗議に対応するだけのノウハウも体力もない。すごく重要な課題ですね」(山口さん)
ただ、そうした読者との距離の近さが弁護士ドットコムニュースを育て上げてきたのもまた事実。新志さんは「とはいえ、基本的に読者の反応は、記事を作るうえでの大きなヒントだと思っています」と続けます。
「私は炎上や掲示板のネガティブな意見も、読者の反応が見えるという意味では、一定の意義があると思って見ているんですよ」(新志さん)
実は、弁護士ドットコムニュースにとって転機となったのは、2019年2月に公開したコンビニの24時間問題を扱った記事でした。この記事をきっかけに、読者との距離の近さをいかした記事が増えました。
「最初に出した記事に対して、弁護士ドットコムニュースのLINEアカウントに読者登録をしていたコンビニオーナーから『うちのコンビニではこんなことが起きている』という情報提供があったんです。これまで記事に対する感想はあっても、問題の当事者の意見が届いたのはそれが初めてでした」(新志さん)
弁護士ドットコムニュースでは、さっそく送り手のコンビニオーナーを取材。当事者の肉声を報じたニュースは反響を呼び、ほかのメディアが後追いで取材を行うなど、大きな広がりを見せていきました。
報道という分野でも読者にリーチする弁護士ドットコムニュース。事業会社がオウンドメディアとして報道媒体を運営することに、どんな意義があるのでしょうか。
「一つ目の価値は、コーポレート広報になること。『弁護士ドットコム』という名前を広く知ってもらうことは、サービスの利用だけでなく、採用時の人材確保にも役立ちます。二つ目は、弁護士業界の中での信頼度を上げること。サービスとは別に公共性のあるニュース媒体を持つことは、社会への貢献度を示すことができます」(新志さん)
そして三つ目の価値は広告収益。ただし法律という専門分野ゆえに、PVに依存した広告による収益だけで編集部を回すのは困難だと言います。
「本来ならば、自分たちの食いぶちぐらいは自分たちで稼ぎたい。でも、PVだけに依存する広告モデルには限界がある。今後はオウンドメディアという側面を生かし、自社のサービスへの流入につなげるべきだと考えています。それが金銭的な価値を生んでいることをきちんと実感できるような評価システムも作りたいですね」(新志さん)
同社では、一般ユーザー向けサイトのほかに弁護士向けのサイトも運営しています。弁護士向けサイトでは、実務に役立つオンラインセミナーなどの有料コンテンツがありますが、まだまだ十分に広報できていないのが実情のようです。
「2020年度からは、私が一般ユーザー向けである弁護士ドットコムニュースの編集長と、弁護士向けサイトのコンテンツ制作部門の部長を兼任しています。今後は一般向け、弁護士向けの両方とも、サービス広報の役割を強化できるように、より総合的なメディア運営をしていきます」(新志さん)
「弁護士ドットコムニュース」編集部の教え
・個々で制作の全工程を担当することが柔軟な運営につながる。
・メディアのビジネスモデルも視野に入れて企画を立てる。
・メディアの意義を収益のみに絞らない。
もちろん報道メディアとしての成長も目指しています。より信頼度が高く、4年後、5年後になっても価値のある記事をもっと増やしたい。「そして同時に」と、新志さんは“編集者”らしい胸の内も明かしてくれました。
「矛盾しているかもしれないのですが……暴れたいんです。事業への貢献は大切だけれど、そればかりだとメディアはつまらなくなる。『こんなことやって何になるんだ』と言われてもやるべき企画はやっていきたいし、ひと暴れしたいという心を持っている編集部員は大事にしたいんですよね」(新志さん)
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