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「ピザは12時」感動投稿した女性が伝えたいこと 私が思い出す祖父

誰もが自分事として助け合いの気持ちを

サイゼリヤの店舗
サイゼリヤの店舗 出典: サイゼリヤ提供

目次

「ピザは12じ、サラダは3じ」と聞き、感動したという女性のツイートが話題になっています。大好物のピザが食べられるから感動したという話ではありません。ファミリーレストランの店員からの優しい心配りを伝えるツイートに、「プロの接客に感動」「さりげなく使えるよう練習します」などの声が寄せられています。投稿した女性の思いを聞きました。(朝日新聞記者・興津洋樹)

「クロックポジション」という伝え方

6月28日に投稿された「4ヶ月ぶりにサイゼリヤに行った。嬉しくてお料理たくさん注文しちゃったんだけど、料理を運んできてくれた大学生くらいの男の店員さんが、[ピザは12じ、サラダは 3じ、チョリソーは10じ方向に置きますね]って説明してくれて、もう、感動しすぎて涙出そうでした」というツイートが注目を集めています。

7月6日時点で42万件以上の「いいね」がつき、500件以上のコメントが寄せられました。

ツイートしたのは、さくらさん。全盲の女性です。

ある休日の夕方、買い物帰りに夫と娘の3人でファミリーレストランの「サイゼリヤ」に行きました。店は混んでいる時間帯でしたが、注文した料理を運んできた若い男性店員が「ピザは12時、サラダは3時、チョリソーは10時の方向に置きますね」と説明してくれたといいます。これは、テーブルの上にある物などの位置を、時計の文字盤に例えて伝える「クロックポジション」という方法です。

さくらさんが白杖(はくじょう)を持っていたため、目が不自由ということに気づいての心配りでした。

忙しい時間だったのに丁寧な説明をしてくれたことに感動し、スマートフォンの音声読み上げ機能を使って投稿しました。ツイートは8万回以上リツイートされ、「優しさに感動してる」「いざという時にさりげなく使えるよう練習します」などとコメントがつきました。

【関連リンク】クロックポジションを覚えよう(全国ユニバーサルサービス連絡協議会HP)
 
時計の文字盤に例えて伝える「クロックポジション」(写真はイメージ)
時計の文字盤に例えて伝える「クロックポジション」(写真はイメージ) 出典: PIXTA

一言、「何かお手伝いしましょうか」

ツイートについて、さくらさんに取材しました。

さくらさんは「日常の中でうれしく感じたことを感謝の気持ちを含めてツイートしただけのつもりだったので、まさかこんなに大きな反響になるとは思わず、とにかく驚きました」と振り返ります。

一方、称賛の声が集まっていることについて、サイゼリヤの広報にも話を聞きました。広報によると、サイゼリヤでは接客に関するガイドがあり、視覚障害者への基本的な対応についても記載されています。「今回の件はその対応を応用工夫して接客を行ったものと思われます」とした上で「お客様に喜んでいただきまして、大変うれしく思っております」とコメントを寄せました。

サイゼリヤの7月からのメニュー表。ミラノ風ドリアが税込み300円になることも話題に=6月23日、東京都中央区、若井琢水撮影
サイゼリヤの7月からのメニュー表。ミラノ風ドリアが税込み300円になることも話題に=6月23日、東京都中央区、若井琢水撮影 出典: 朝日新聞

「自分も実践したい」というようなコメントがたくさん集まったことが、「本当にうれしかった」とさくらさん。

「こんなにも多くの方が障害者の手助けをしたいと感じてくださっていることにも、改めて気付かされました。私たちの方から『こうしてもらえたらうれしい』という思いをもっと発信していくことで、障害者も健常者も、双方が暮らしやすい社会に近づいていくのかも知れないと感じました」

目が不自由な人は、白杖を持って街を歩いています。持っている人が困っていそうだったら、どうしたらいいのでしょうか。

さくらさんは「自分から声をかけたくても、どこに人がいるかわからず困ってしまうことがあるので、もし迷っていそうな視覚障害者がいたら、一言『何かお手伝いしましょうか』などと声をかけていただけるとありがたいです」と教えてくれました。

筆者の祖父が使っていた白杖
筆者の祖父が使っていた白杖

「見えなくなったことに感謝」と言った祖父

先月、88歳で亡くなった私の祖父も全盲でした。

15歳のときに事故で視力を失った祖父は、はり治療の研究所で技術を学び、同じ全盲の祖母とともに福岡で数年前まではり治療院を営んできました。いつも優しく、頼もしい祖父。告別式には、はり治療の仲間といった全盲の方々の姿もありました。

白杖を持っている祖父(中央)と幼いころの筆者(右)=1996年12月
白杖を持っている祖父(中央)と幼いころの筆者(右)=1996年12月

祖父は若い頃、1人で飛行機に乗って東京などの遠方に行くこともよくありました。その場で出会った人に付き添って歩いてもらったり、丁寧に説明してもらったりして、たくさんの人に支えられながら移動していました。

家族で食事に行ったときも、クロックポジションで説明してもらうということがありました。障害がない人に比べると苦労したこともあったでしょうが、たくさんの人からの心配りや助けがあったからこそ、幸せな日々を過ごせたのだと思います。

15歳の頃から全盲ということは、孫の私の顔も見たことはありません。それでも「街の風景を聞く」と言って、視力以外の感覚を最大限使って、物事を見ていました。

地下鉄の駅で、目が見えない状態で歩く練習をする人=チリ
地下鉄の駅で、目が見えない状態で歩く練習をする人=チリ 出典: ロイター

目が見えないということに対して、様々な思いがあるはずです。ただ、祖父はよくこう言っていました。

「目が見えないことに感謝しているよ。目が見えなくなったからこそ、治療院で多くの人のために働けたし、幸せな家族に囲まれたし、たくさんの恵みを知ることができたんよ」

さくらさんは取材で「『視覚障害者が来たからクロックポジションで説明しなきゃ』と身構えたりする必要はありません」と強調していました。「私たちが本当にうれしいのは、優しい気持ちで自然に接してもらえることです」

年を取れば誰もが体の自由がきかなくなり、助けが必要になります。さくらさんの心温まるツイートは、誰もが自分事として助け合いの気持ちを持つことの大切さを教えてくれました。

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