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連載

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#17 ざんねんじゃない!マンボウの世界

謎多き「手のひらサイズのマンボウ」本名クサビフグの知られざる歴史

「不安な気持ちになる」正面から見た姿

マンボウの仲間である「クサビフグ」(大洗水族館で飼育された個体ではありません)
マンボウの仲間である「クサビフグ」(大洗水族館で飼育された個体ではありません) 出典: アクアワールド茨城県大洗水族館提供

目次

「クサビフグ」という魚をご存じでしょうか。マンボウとよく似ているけれど、なんだか違和感を持つ不思議な見た目をしています。6月上旬、ツイッターで「手のひらサイズのマンボウ」と話題となりましたが、クサビフグはマンボウと同じ「マンボウ科」であっても異なる種。しかもマンボウよりも珍しく、謎が多い魚で、正面から見た姿は「不安な気持ちになる」と言われるほどユニークな特徴を持っています。

「超レアな魚」クサビフグとは

「クサビフグ」は、フグ目マンボウ科クサビフグ属に分類される魚。水族館で人気の「マンボウ」(マンボウ科マンボウ属)と同じ科に属しています。マンボウ属が2~3mに成長するのに対し、クサビフグは70cm程度とされ、マンボウの仲間の中では小型の魚のようです。

マンボウやその仲間の研究し、「マンボウのひみつ」(岩波ジュニア新書)などの著書を持つ澤井悦郎さんは、クサビフグを「マンボウ科の中では一番珍しい種」だと話します。

「日本近海にも出現しますが、獲れることは稀で、まだ世界的にも出現予測ができません。獲れる時は1匹の時もあれば、群れ単位で一度に数百匹獲れることもあります」
マンボウ科の仲間
マンボウ科の仲間 出典: 澤井悦郎さん提供
クサビフグを見てまず印象強いのは、やはりユニークな形。マンボウと比べて体が細長く、「くさび形」をしています。マンボウの仲間に特徴的な「背びれ」と「臀びれ」も細く、なんとも言えない不思議なバランス。クサビフグはマンボウ科の中で一番原始的な魚とされていますが、フグの仲間からマンボウ類へと進化していった過程は今も謎だらけです。

クサビフグで特に衝撃的なのが、正面から見た姿です。口が縦長に開いており、ムンクの「叫び」のようで、見ているとなんだか不安な気持ちになってきます。こうした形から、一般的な魚類と異なり、「口が左右方向に閉じる」と考える研究者もいたようです。
クサビフグを正面から見ると…
クサビフグを正面から見ると… 出典: 澤井悦郎さん提供

ところが、「今のところ生きているクサビフグが口を閉じる事例は確認されていない」と澤井さん。最新の研究では、「口は縦長のまま開きっぱなしになっているのでは」と考えられているそうです。

ちなみに「フグ」という名がついていますが、今のところ毒の報告はないといいます。澤井さんは火を通して肉を食べたことがあり、「一般的な白身魚に似ていて、マンボウ科の中で一番おいしい」というほど。ただし、食べる文化が発達していない未知の食材のため「食べるときは注意が必要」と話します。澤井さんも生食は控えたそう。

「日本で唯一」水族館での飼育記録

澤井さんによると、日本の水族館でクサビフグの飼育が記録されているのは1例のみ。それがアクアワールド茨城県大洗水族館(東茨城郡大洗町)です。

同館の担当者によると、クサビフグが飼育されたのは2005年8月。日立市会瀬沖の定置網に入っていた全長25.7㎝、体重300gの個体を、水族館に搬入しました。

担当者も「クサビフグが県内で漁獲されるのは非常に稀」といいます。同館でもこれまで2個体しか確認したことがなく、飼育につながったのがそのうちの1個体でした。
アクアワールド茨城県大洗水族館で確認しているクサビフグは2個体のみ(写真は大洗水族館で飼育された個体ではありません)
アクアワールド茨城県大洗水族館で確認しているクサビフグは2個体のみ(写真は大洗水族館で飼育された個体ではありません) 出典: アクアワールド茨城県大洗水族館提供
とはいえ、これまでの水族館での飼育の知見もない魚。クサビフグが飼育されたのは、2005年8月3日~8月4日の約1日でした。

同館の担当者は、クサビフグの飼育が難しい点として、①県内での採集機会が非常に少なく、状態の良い個体を搬入することが難しい②泳ぎが直線的で、水槽の壁に衝突してしまう、ということを挙げています。

澤井さんは「詳しい研究はまだなされていませんが、インターネット上に投稿された動画などを見る限り、クサビフグはマンボウ科の中で最も泳ぎが速い可能性がある」と話します。
クサビフグが泳いでいる様子をとらえた動画 出典: mobulamobular6さんのチャンネルより

「マンボウ」名乗れず…命名の裏には

まだまだわからないことが多いクサビフグですが、その名前にも謎があると澤井さんはいいます。「クサビフグ」は「日本の魚類学の父」として知られる田中茂穂教授らの研究チームによって、1913年に命名されました。この種は当時すでにマンボウ科に分類されていたものの、なぜか「フグ」という名を冠することになったのです。
「日本の魚類学の父」として知られる田中茂穂氏=1936年、東京帝国大学
「日本の魚類学の父」として知られる田中茂穂氏=1936年、東京帝国大学 出典: 朝日新聞
それから少し時間が経った1930~1940年代、命名者も違和感を抱いたのか、その後の著書には「クサビマンボオ」「クサビマンバウ」と記載するなど、クサビマンボウに名前を変えようとしていた意思が読み取れます。しかしなぜかその名は浸透せず、クサビフグが標準和名として現在使われています。

ツイッターでクサビフグが「マンボウ」と勘違いされたことについて、澤井さんは「有名な魚ではないから仕方ないのですが、この機にクサビフグの存在を知ってほしい」といいます。フグが悪いという訳ではありませんが、「クサビマンボウ」という名であれば、また違う認知のされ方をしていたかもしれません。
 

<さわい・えつろう>
1985年奈良県生まれ。マンボウ研究者。ウシマンボウとカクレマンボウの名付け親。著書に「マンボウのひみつ」(岩波ジュニア新書)「マンボウは上を向いてねむるのか」(ポプラ社)がある。広島大学で博士号取得後は「マンボウなんでも博物館」というサークル名で同人活動・研究調査を行い、Twitterでも情報を発信している(@manboumuseum)。澤井さんの研究を支援するサイトはこちら:http://fantia.jp/fanclubs/26407

   ◇

参考論文:Nyegaard M, Loneragan N, Santos MB. 2017. Squid predation by slender sunfish Ranzania laevis (Molidae). Journal of Fish Biology, 90(6): 2480-2487.(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/jfb.13315
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