連載
#17 ざんねんじゃない!マンボウの世界
謎多き「手のひらサイズのマンボウ」本名クサビフグの知られざる歴史
「不安な気持ちになる」正面から見た姿

「超レアな魚」クサビフグとは
マンボウやその仲間の研究し、「マンボウのひみつ」(岩波ジュニア新書)などの著書を持つ澤井悦郎さんは、クサビフグを「マンボウ科の中では一番珍しい種」だと話します。
「日本近海にも出現しますが、獲れることは稀で、まだ世界的にも出現予測ができません。獲れる時は1匹の時もあれば、群れ単位で一度に数百匹獲れることもあります」

クサビフグで特に衝撃的なのが、正面から見た姿です。口が縦長に開いており、ムンクの「叫び」のようで、見ているとなんだか不安な気持ちになってきます。こうした形から、一般的な魚類と異なり、「口が左右方向に閉じる」と考える研究者もいたようです。

ところが、「今のところ生きているクサビフグが口を閉じる事例は確認されていない」と澤井さん。最新の研究では、「口は縦長のまま開きっぱなしになっているのでは」と考えられているそうです。
ちなみに「フグ」という名がついていますが、今のところ毒の報告はないといいます。澤井さんは火を通して肉を食べたことがあり、「一般的な白身魚に似ていて、マンボウ科の中で一番おいしい」というほど。ただし、食べる文化が発達していない未知の食材のため「食べるときは注意が必要」と話します。澤井さんも生食は控えたそう。
「日本で唯一」水族館での飼育記録
同館の担当者によると、クサビフグが飼育されたのは2005年8月。日立市会瀬沖の定置網に入っていた全長25.7㎝、体重300gの個体を、水族館に搬入しました。
担当者も「クサビフグが県内で漁獲されるのは非常に稀」といいます。同館でもこれまで2個体しか確認したことがなく、飼育につながったのがそのうちの1個体でした。

同館の担当者は、クサビフグの飼育が難しい点として、①県内での採集機会が非常に少なく、状態の良い個体を搬入することが難しい②泳ぎが直線的で、水槽の壁に衝突してしまう、ということを挙げています。
澤井さんは「詳しい研究はまだなされていませんが、インターネット上に投稿された動画などを見る限り、クサビフグはマンボウ科の中で最も泳ぎが速い可能性がある」と話します。
「マンボウ」名乗れず…命名の裏には

ツイッターでクサビフグが「マンボウ」と勘違いされたことについて、澤井さんは「有名な魚ではないから仕方ないのですが、この機にクサビフグの存在を知ってほしい」といいます。フグが悪いという訳ではありませんが、「クサビマンボウ」という名であれば、また違う認知のされ方をしていたかもしれません。
<さわい・えつろう>
1985年奈良県生まれ。マンボウ研究者。ウシマンボウとカクレマンボウの名付け親。著書に「マンボウのひみつ」(岩波ジュニア新書)「マンボウは上を向いてねむるのか」(ポプラ社)がある。広島大学で博士号取得後は「マンボウなんでも博物館」というサークル名で同人活動・研究調査を行い、Twitterでも情報を発信している(@manboumuseum)。澤井さんの研究を支援するサイトはこちら:http://fantia.jp/fanclubs/26407
参考論文:Nyegaard M, Loneragan N, Santos MB. 2017. Squid predation by slender sunfish Ranzania laevis (Molidae). Journal of Fish Biology, 90(6): 2480-2487.(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/jfb.13315)