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アニメ「あの花」で活気の秩父、「聖地」になるまでの泥くさい活動
実は最近、2年に1度秩父を舞台にした作品が公開されています。
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実は最近、2年に1度秩父を舞台にした作品が公開されています。
アニメやマンガの舞台を旅する「聖地巡礼」。多くの自治体がまちおこしの手段として取り組んでいますが、その手法は民間主導や行政主導など、様々です。市主導の代表的な例は、アニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(「あの花」)の舞台・埼玉県秩父市の取り組みです。市のキーマンに話を聞きました。
「あの花」は、東日本大震災直後の2011年4月に放送され話題を集めた作品です。その当時を、秩父市観光課で10年以上にわたりアニメツーリズムの施策を手がけてきた中島学さん(47)はこう振り返ります。
「震災まで秩父市の観光入込客数は年間約380万~400万人で推移していましたが、11年には約354万人まで落ちてしまいます。ところが、『あの花』効果もあり、12年には震災前年を超える約396万人が秩父を訪れるようになりました」
秩父はかねて観光地として知られていました。市内にある羊山公園の芝桜や紅葉、三峯神社、毎年12月に開かれる「秩父夜祭」をはじめとする伝統行事が代表的で、高齢の観光客が多いのも特徴でした。
ところが、「あの花」の舞台となったことで、街なかの商店街や作品のランドマークとも言える旧秩父橋・定林寺などに、大勢の若者がカメラ片手に訪れるようになります。
2011年以降、秩父市が一貫して取り組んでいるのが、「秩父アニメツーリズム実行委員会」を通じた取り組みです。元々は10年に市内で開かれたイベント「銀河鉄道999 in秩父」のために設立された組織ですが、「あの花」以降、市や地元商店街などと、作品の権利を持つ製作会社との橋渡しを続けています。
中島さんは、委員会の役割についてこう解説します。
「秩父での各イベントの企画を製作会社へ提案し開催したり、商店街からのコラボグッズやお土産品の申請を取りまとめたりしています。一番大切なのは、作品とファン、聖地のトライアングルをつなげて保つことです」
委員会を通すことで、地元商店にとってはグッズ化する際、どこの窓口に相談すればいいのかというのが一目瞭然になるというメリットがあります。というのも、アニメは「製作委員会方式」という、複数の製作会社が出資して制作費を確保する形態を主にとっており、グッズ化の権利を持つ製作会社がそのうちのどれなのか、不明瞭なことが多いからです。筆者も、アニメ関連の記事を書く際、画像を借りようとしたら、どこの会社が窓口となっているのかがわからず、問い合わせをしても電話をたらい回しにされた経験があります。
また、製作会社が地域側にイベントの企画などを打診することもあり、地域への窓口が一本化されているのはメリットになります。
秩父市の場合、市主導の委員会がその役割を担っていますが、他の「聖地」では埼玉県久喜市の「らき☆すた」や静岡県沼津市の「ラブライブ!サンシャイン!!」などで民間主導の組織が窓口になっています。この「窓口の一本化」は「聖地」の盛り上がりに欠かせない要素です。
窓口同士で連絡を密にすることから、製作会社であるアニプレックスとの信頼関係も構築されます。その結果、当初予定にはなかった、さらなる秩父を舞台にしたアニメ作品の製作が決まりました。それが、「ここさけ」と「空青」です。2013年に劇場版「あの花」、15年には「心が叫びたがってるんだ。」(「ここさけ」)が全国の劇場で公開され大ヒット。19年10月には、「空の青さを知る人よ」(「空青」)が劇場公開されました。「空青」の公開が告知された頃から、この3作は「秩父三部作」と呼ばれています。
その間にも、2015年には実写ドラマ版「あの花」がテレビ放送。17年には実写版「ここさけ」が劇場公開され、11年以降、2年に1度のペースで秩父を舞台にした作品が公開されています。
中島さんが強調するのは、「作品の火を絶やさない」ことの重要さです。
「例えば、実写版『ここさけ』が公開される年はアニメの『ここさけ』を活用しPRしたり、昨年の3作目の公開時には、『あの花』『ここさけ』と立て続けにスタンプラリーなどのイベントを開催したりしました。他には三部作の物語の流れを訪れた人に伝える取り組みも実施し、『あの花』しか知らない人でも『ここさけ』や『空青』に興味を持ってもらうような仕掛けも作っています。作品熱を下げないためにも、止まらず継続することを大切にしています」
19年10月に「空青」が公開され、秩父三部作の作品展開は一段落しています。「あの花」から約10年。「聖地」となり、秩父市は大きな変化を遂げたと中島さんは言います。
「この10年、秩父市の知名度は大きく向上し、観光客数は震災前の約1.5倍にもなる年もありました。アニメの影響があったことは間違いないですが、それ以上に『聖地』をはじめとした秩父の新しい魅力がメディアの報道や西武鉄道のPRなどで広まったことが大きいです」
「あの花」以降、秩父市の来訪者数の増加は衰えず、翌13年には400万人を突破、15年には500万人を超え、17年には約583万人を記録しました。その後19年に至るまで500万人台を保っています。
中島さんは次のような変化もあったといいます。
「若者向けのおしゃれなカフェや雑貨店などが増え、老若男女問わず年間を通して観光客が来て楽しめる街へと変わりました。観光客が増え、新たな店舗も増えたことで街なかに活気が生まれ、店舗やサービスなど、街全体のクオリティも向上していると実感しています」
2020年の秩父は「空青」一色!……となる予定でした。ところが、こうした取り組みもコロナウイルスの影響で中止となってしまいます。「空青」のイベントだけでなく、花火大会をはじめとした夏祭りや「龍勢祭」も中止が決定しています。
一方で、コロナ収束後に向けた取り組みも企画しているといいます。
「今年は『あの花』10年目ですし、来年は10周年を迎えます。我々観光課としてはこれまで以上に3作品を活用して、『聖地』秩父を楽しんでいただける取り組みを続けていきます」
自粛期間中でも、自宅で「あの花」や「ここさけ」などを見て「感動した!」「秩父に行きたい」、などのコメントをSNSなどで見かけると中島さんは言います。
コロナ収束後、国は観光施策に力を入れる方針です。6月10日には、「空青」のブルーレイやDVDも発売されました。今は自宅で秩父三部作を見て、落ち着いたら秩父を旅先の候補に考えてみるのもいいかもしれません。
秩父は、アニメ放送前とあとで、大きく観光入込客数を伸ばしているのが特徴です。同じ作品の舞台を活かした取り組みでも、大河ドラマなどの例では放送後1~2年で失速してしまうケースが多いのですが、「あの花」の放送から10年目となった今でも衰えていません。この息の長さが、「聖地巡礼」の特徴とも言えます。
今後の5年、10年、秩父がどんな展開と発展を見せてくれるのか、隣の県に住む筆者としても応援し続けたいと思います。
河嶌 太郎
「聖地巡礼」と呼ばれるアニメなどのコンテンツを用いた地域振興事例の研究に学生時代から携わり、10以上の媒体で記事を執筆する。「聖地巡礼」に関する情報は「Yahoo!ニュース個人」でも発信中。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。
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