IT・科学
アルコール消毒液「空容器」の高額転売、理由を探って見えたもの
地方ほど深刻かも…便利さの「落とし穴」
アルコール消毒液の空容器が高額転売されている――。そんな情報を耳にして調べたところ、中身が入っていない「空の容器」、しかも特定の製品が目立って高額取引されていることがわかりました。高知で生活する記者にとって、フリマアプリは日常的に使うサービスです。近所のスーパーやドラッグストアでマスクや消毒液が品薄になる中、フリマアプリで何が起きているのか? 消毒液の販売元やアプリの利用者を取材しました。(朝日新聞高知総局記者・湯川うらら)
記者が「メルカリ」を検索すると、「空容器」の文字が目立つ画像が表れました。
「中身の液体は入っておりませんのでご注意ください」
「使い終わったので空容器が必要な方いかがでしょうか」
「売れたら中身を出して発送します」
「衛生面から、中は洗浄せずに送ります」
出品者が書く商品説明には、消毒液の中身が入っていない空の容器であることが明記されています。購入者も、空容器のみだと分かった上で購入しているようでした。
商品名は「パストリーゼ77」。洋酒の酒造会社「ドーバー酒造」(本社・東京都渋谷区)が生産している消毒液です。
同社によると、パストリーゼ77は酒造会社の長年の経験を生かして、1986年にホテルやケーキ屋などの業者向けに開発された商品。主に酒造用醸造アルコールと純水を使用し、カテキンによる抗菌、抗ウイルス性に優れています。食品にも直接かけられる、ペットを飼っている家庭でも使えるといった特徴から、近年は一般向けにも高い人気を集めています。
定価は、例えば、スプレーヘッド付きの500ミリリットル入りが1058円(税込み)。しかし、フリマアプリ「メルカリ」や「ラクマ」では、空容器にもかかわらず、定価以上の値段での転売が目立っていました。1本あたり2000円以上で売れた空容器もありました。
フリマアプリでのパストリーゼ77の空容器の取引は、記者が調べた限り、国内で新型コロナウイルスの影響が出始める半年以上前にも数件ありました。しかし、定価以上の値段で転売されるのは最近のことのようです。
政府は5月22日、品薄が続く消毒用アルコール製品について高値での転売を禁止することを決めました。調査会社インテージヘルスケアの推計によると、手指用消毒液の1週間の販売額は1月末に前年比9.5倍の20億円と急増。一時はやや落ち着きを見せたが、4月末には同20倍にのぼっていました。
「パストリーゼ77」の販売元である「ドーバー酒造」でも、転売目的とみられる購入を受け付けないシステムを導入するなど、対策をしてきました。
一方、6月上旬になっても、「どこで買えるの」「生産をやめたのか」などと1日平均200件程度の問い合わせがあるそうです。営業推進課の担当者は「注目してもらえたのはうれしいことだが、転売に悩まされてきた。本当に必要としている人に届かず、歯がゆい思いだった」。
そんな中で発覚した容器の高額転売。担当者は、「容器不足もあり再利用を勧めたいが、高額での転売は控えてほしい」と話します。
高知市のパートの女性(62)は、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにパストリーゼ77を知りました。女性は「猫を飼っているので、食品に直接使えるという安全性にひかれた」。
フリマアプリやインターネットオークションでは高額で転売されていましたが、政府が消毒用アルコール製品の高値での転売を禁止すると決めると、一気に値下げが始まったといいます。その代わりに、空容器の高額出品が目立つようになったそうです。
女性はフリマアプリのコメント欄に「高すぎませんか」などと質問したが、出品者からは「親戚のために大量購入したのが余った。仕入れ額が高かっただけ」と反論されたり、無視されたりしたといいます。
女性は、「これまではコツコツ出品していた人も、新型コロナが始まってから、急に高い値段で転売をするようになった。みんな変になっていて、私自身も『売れるなら』と必要ないものを買ったりしてしまった」と振り返りました。
消毒液の容器は、素材によってはアルコールと反応し、変色したり、溶けたりしてしまう恐れがあります。販売元の「ドーバー酒造」によると、パストリーゼ77の容器は、耐薬品性があるポリエチレンを使用しており、高濃度のアルコール消毒液を入れる容器として利用できるそうです。
「ドーバー酒造」は、詰め替えには専用ボトルの使用を勧めつつ、ホームセンターや100円ショップなどで販売しているポリエチレンの容器などで代用ができるとしています。
それでも、正規の容器を求める人が多い一つの要因に、デザイン性があります。発売当初から変わらないパストリーゼ77の白と青の清潔でシンプルなデザインは人気で、2019年度に「グッドデザイン賞」を受賞しました。「商品に対する誠実さがうかがえる」「いいデザインをつくり、それを変えずに使い続けていれば時代が追いついてくるという見本」と評価されています。SNS上でも「パストリーゼってオシャレ」「ボトルが可愛い」という声があがっていました。
5月下旬ごろからパストリーゼ77の空容器の転売が目立つのは、アルコール消毒液の高額転売が禁止されたからです。消費者は、公式のインターネット販売や店頭に並ぶことを待つしかありません。
商品が手に入ったら、正規の容器に入れて使いたいと考えて購入する人が増え、そして、高額でも売れると気がついた一般人や転売業者が出品を続けているのではないでしょうか。
「ドーバー酒造」は「禁止されている消毒液ではなく、空の容器の転売なので、どうすることもできない」と頭を抱えています。
パストリーゼ77の空容器の出品者について、プロフィルや他の出品情報を見る限り、転売業者のほか、主婦などの一般人も多いと感じました。なかには、困っている人に物を届けるために、良心的な価格で出品する人もいます。
ですが、「高く売れそうだから、買っておこう」という軽い気持ちで転売をする。その連鎖で店頭から商品が消え、本当に欲しい人に商品が行き渡らないという状況が繰り返されているのではないでしょうか。
高知に赴任して2年目の記者も、フリマアプリを日常的に利用しています。都会でしか手に入らない限定品などの商品を入手するのに便利で、定価より多少高い金額を払うことにも納得して取引をしてきました。フリマアプリは、自分は不要なものを必要とする人に譲ることができる良いサービスだと思っています。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による買い占めや高額転売は、「度を過ぎているのでは」と感じました。高知の店頭でも、数カ月 間、除菌シートやマスク、体温計などをほとんど見かけなくなりました。
3月にSNS上で「トイレットペーパーが品切れ」というデマが拡散された際には、高知でもトイレットペーパーの買い占めが起きて、品薄になっていました。記者は、タイミング悪く自宅のストックが尽きてしまい、ドラッグストアを回りました。「店頭にはまったくないのに、どうして、インターネット上にはあふれているのか……」と、モヤモヤしました。そこに地方と都会の違いはありませんでした。
新型コロナウイルスの感染拡大のような「非日常」の環境では、消費者の不安が一気に高まり、安心感を得ようとしたり、過剰な消費行動をとりがちになったりするといいます。記者も「次は、どんな物が店から消え、高額になるのだろう」と、不安な気持ちが続いていました。
5月25日に政府の緊急事態宣言が全国で解除され、「新しい生活様式」が提示されました。アルコール消毒液やマスクも店頭で見かけるようになりました。記者自身もこの数カ月間を振り返り、「オンラインの購入手段がなく、自分の行動範囲内でのみ買い物をしている人たちもいる。なのに、自分のことばかり考えていた」と反省しています。
次に「非日常」が起きた時、私たちは何を求め、どんな行動をするのでしょうか。他人を思いやる優しさを信じたいところですが、今回のように現実は甘くありません。
フリマアプリを使えば、地方に住んでいても市場に出回っていない入手困難なものが手に入れやすくなります。メルカリの調べでは、地方のユーザーの方が都会に比べて購入金額が高くなっているそうです。
今後、フリマアプリをはじめ、ネット上のサービスはますます便利になり、地方に住む人ほどなくてはならない存在になっていくかもしれません。「次の緊急事態宣言」に備え、消費行動を予想し、エスカレートさせない仕組みづくりが必要だと、あらためて感じました。
※誤字を修正しました(2020年6月15日)
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