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コラム

YouTuberに「エゴサ」やめさせた一冊「誰かの理想」より大事なこと

求められる理想に合わせようとする気持ちと、自分らしさを探す気持ちとが葛藤していた

文学YouTuberのベルさん
文学YouTuberのベルさん 出典: 本人提供

新型コロナウイルス感染拡大による自粛生活で、本を読む時間が増えた人もいるのではないでしょうか。次に読む本はもう決まっていますか? 読書の魅力を発信している文学YouTuberのベルさんが、あなたの気分に合わせた本を紹介します。今回は、自信を失って一歩踏み出す勇気がない時に読んでみてほしい一冊です。

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きょうの一冊

『線は、僕を描く』(砥上 裕將著/講談社)
出典: 講談社提供

 こんな時に読みたい

  ・一歩踏み出す勇気がない時

  ・優しくなりたい時

  ・青春を感じたい時

「自称文学YouTuberより俺の方が読んでいる自信あるわ」
「エンタメ読んでれば文学Youtuberできちゃう時代ですからね」
「蔵書300冊で読書家気取り」

SNSでは色々な意見が飛び交う。

“文学YouTuber”という形は自分で試行錯誤しながらつくってきたつもりでいたが、いつの間にか資格制になっていたのだろうか? 

もちろん、頭では各々が好きなように「こうあるべき」を押しつけているとわかっているし、私の活動を好意的に見てくれる人の方が多いこともわかっている。しかし、心はそう簡単にコントロールできるものではない。

私の動画は元々マルチジャンルだった。読書ジャンルに絞ってからしばらくはガクッと下がる再生数に苦しんだ。しかし、「ずっと読書が止まっていたところ、動画をきっかけに改めて読書の魅力に気付きました!」「今まで本なんて興味なかったのに趣味が読書になりました!」というコメントをもらうようになった。私が誰かの人生にポジティブな影響を与えられ、とても嬉しかった。

それなのに、”誰かの理想像”とかけ離れていると意識させられることで劣等感を抱く。ちょっぴりあった自信は、いとも簡単に消え去ってしまうのだ。

「月に何冊読みますか?」

取材では必ず聞かれる質問だ。かつては何とも思わなかったのに、今では「5〜10冊ですね…」と気弱に答えるようになった。きっと記者が期待する数字には届いていない。でも、それで私がわかられてしまうのだろうか? 求められる理想に合わせようとする気持ちと、自分らしさを探す気持ちとが葛藤する。とにかく、周りの評価が自分の考えに浸透していることは間違いない。

そんな時に読んだ本が、『線は、僕を描く』だった。

 
*  *  *
 

主人公は、男子大学生の青山くん。両親を亡くしたことで心が空っぽになり、消極的な学生生活を送っていた。しかし、友人に頼まれて手伝いに入った水墨画展の設営で日本を代表する水墨画家篠田湖山(しのだ・こざん)と出会い、その場で内弟子として認められてしまう。それ以来、湖山先生の孫娘であるライバルの千瑛(ちあき)と共に、権威ある湖山賞を巡って切磋琢磨していく。絵を描くこと、多くの人と関わることで“この世界にある本当にすばらしいもの”(P.316)を見つけていく物語だ。

水墨画と出合ってからの1年弱を扱った話ではあるが、そこには何かに興味を持ってから極めるまでの過程が凝縮されていた。特に印象に残ったのは、水墨画初心者の卒業画題である菊に挑む場面だ。

それまで湖山先生はヒントを与え自ら学びとらせる指導法だったが、菊に至っては何もアドバイスをしない。青山くんはお手本も技法もわからない中で、菊を生み出す喜びと苦しみを味わうことになる。

 
*  *  *
 

純粋な興味を発端として達人の技をまねながら練習を繰り返し、習得から創造のフェーズへと移行していく様を、私はいつの間にか自分に重ねていた。

5年前、YouTubeを始めた頃はとにかく動画作りが楽しくて、毎日がむしゃらに投稿していた。色々な動画を研究して、編集も覚えた。本気でやりたくなって、大好きな読書に特化して走り出した。きっと青山くんにとっての菊は、私にとっての文学YouTuberなのだと思う。誰かに言われて作ったものじゃない。全て実際の体験を通して切り開いていったものだ。

何かを伝えたい時、思いが強ければ強いほど一から百まで説明したくなる。しかし、湖山先生は一貫して、青山くんに体験を通して自ら気づくよう指導していた。青山くんも必死に答えを探していく。私は改めて、他人の言葉の中に正解はなく、すべては自分の体験に詰まっていることを知った。

青山くんの成長の要因はそれだけではない。登場人物の誰もが青山くんを否定せず、きちんと努力を評価していたことが彼の視野を最大限に広げていたと感じる。これはYouTubeでも同じだ。

私は、特別否定だらけの環境にいたわけではない。しかし、誰かのつくった理想との差を意識するあまりに、自分で自分を否定するようになっていた。この本を読んだことによって、自ら否定的な環境をつくっていたことに気づいたのだ。

それから私はエゴサーチをすることをやめた。誰かの理想に合わせるのではなく、自分がどうありたいかを大切にしたいと思ったからだ。

なんだか少しずつ、本来の視野を取り戻しているような気がしている。

「必ずしも……(中略)拙(つたな)さが巧みさに劣るわけではないんだよ」(P.144)

この言葉を胸に、私は何度でも失敗して、何度でも挑戦したい。

さあ、次は何を読もうか?

文学YouTuber ベル

YouTubeで、読書の魅力を発信する動画クリエイター。登録者11万人超。「気軽に読書を楽しめる仲間を増やしたい」という思いで、日々の活動を行う。人気のジャンルは、書評動画。作家対談や本にまつわるあれこれの解説も行う。
Official Website:http://bellelinwall.com/
YouTube:https://www.youtube.com/c/BellelinWall
Twitter:@belle_youtube 
Instagram:@belle.gokigenyou

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