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感動

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止まっていた時計が動き出した 歌うスケーター・板井郁也の現在地

フィギュアスケート選手から歌手に転身した板井郁也さん=浅野有美撮影
フィギュアスケート選手から歌手に転身した板井郁也さん=浅野有美撮影 出典: 朝日新聞

目次

フィギュアスケート選手から歌手になったアーティストがいる。ジュニアグランプリ(GP)シリーズなど国際大会出場経験がある板井郁也(ふみや)さんだ。大学時代にうつ病を発症し、競技生活を一時中断。2017年に引退し、歌手に転身した。歌とフィギュアスケート、ジャンルを超えて活躍する27歳の素顔に迫った。

新型コロナの感染拡大が終息しライブで歌える日を待っている
新型コロナの感染拡大が終息しライブで歌える日を待っている 出典: 朝日新聞

高橋大輔に憧れ、夢見た世界

板井さんは東京出身。8歳の頃、都内のリンクでスケートを始めた。憧れは2010年バンクーバー冬季五輪男子銅メダリストの高橋大輔選手(関大ク)。彼のように、「プログラムを一つのストーリーのように演じられる」スケーターを目指していた。

高校2年でジュニアから推薦で全日本選手権出場、高校3年にはジュニアグランプリ(GP)シリーズ2戦に出場し、将来を期待された。その活躍はのちに国際大会を経験する鎌田英嗣や梶田健登ら東京を拠点とするスケーターたちの励みになった。

忘れられない全日本

板井さんにとって忘れられない大会が2010年12月、高校3年で出場した全日本選手権だ。ショートプログラム(SP)で12位に入り、第3グループでフリーを迎えた。同じグループには村上大介、中庭健介らトップグループを争う選手たちがそろっていた。

テレビ中継も入り、いままでにない緊張感に襲われ、序盤の2本のジャンプ以外はミスが出て総合18位に終わった。「素晴らしいチャンスだったのに。精神的な弱さが出て立て直せず一瞬で終わってしまった」。華やかな舞台で、あまりにも悔しい結果だった。

全日本選手権最終グループで滑るという目標ができ、練習により身が入った。東洋大学社会学部イブニングコースに進学し、スケートに集中できる環境も整った。だが暗雲が垂れ込み始めた。

大会で憧れの高橋大輔選手に会え、サインをお願いしたという
大会で憧れの高橋大輔選手に会え、サインをお願いしたという 出典: 朝日新聞

うつ病を発症「からっぽの毎日」

大学1年の秋ごろから、板井さんは原因不明の頭痛やめまいに襲われるようになった。全日本選手権出場はおろか、スケートを続けることさえ難しくなった。スケート中心の生活が一変、「からっぽの毎日」を送った。自分にはスケートしかなく、それができない自分を責め続けた。うつ病も発症し、入退院を繰り返した。心身はボロボロだった。

約3年ぶりに競技に復帰するも結局、全日本選手権出場の夢は叶わず、2017年1月の日本学生氷上選手権大会(インカレ)を最後に引退した。

引退後、歌の才能が開花

「18歳から時間が止まっていた」と板井さんは言う。いつも見ていたのは過去の自分、あの全日本選手権のまばゆい光景だった。

そんなとき、歌で表現する世界にひきつけられ、ボイスレッスンに通い始めた。スケートと同じくらい情熱を注げられた。

その頃は教室の講師やイベント出演などでスケートも続けていた。2010年バンクーバー五輪女子銀メダルの浅田真央さんが主宰する「サンクスツアー」のスケーターにも選ばれた。しかし、全国を回るツアーに板井さんの身体が追いつかず泣く泣く断念。スケートの厳しさに再び打ちのめされたが、昔のようにスケートだけではなかった。

歌の練習を毎日積み重ねるうちに才能が開花し始めた。2019年1月にはミュージックスクールの特待生に選出され、10月に「扉を開けたら」」(作曲・作詞堀田陽一)で歌手デビューを果たした。

今年2月、リンクの後輩鎌田英嗣さん(中央)の引退エキシビションに出演した板井郁也さん(左)
今年2月、リンクの後輩鎌田英嗣さん(中央)の引退エキシビションに出演した板井郁也さん(左) 出典: 朝日新聞

フィギュアスケートとの共通点

ライブを通して、フィギュアスケートとの共通点に気付いた。「お客さんがいて成り立つのがアーティスト。前からも後ろからも何を表現したいのか伝わらないといけない。ライブはスケートと似たところがあって、ふと氷上の真ん中に立った感覚がよみがえるんです。お客さんが息を飲む瞬間、お客さんが求めているのはこういうことだろうな、お客さんはこういう反応するだろうなって」

改めてフィギュアスケートの魅力も感じた。「選手とファンとの間にリスペクト関係がある。ファンは曲が鳴り始めたら音を立てずに応援してくれて、選手もファンに感謝している。すごいスポーツだなって思った」。今年2月にはリンクの後輩の鎌田英嗣さんの引退エキシビションでスケートを滑りながらデビュー曲を熱唱、会場を大きな感動で包み込んだ。

フィギュアスケートの選手とファンがリスペクトする関係が魅力だと語る
フィギュアスケートの選手とファンがリスペクトする関係が魅力だと語る 出典: 朝日新聞

苦しんだ過去、それも財産

デビュー曲の「扉を開けたら」には板井さんのスケート人生が詰まっている。「次のステージにいくとき、何か捨てないといけない。でも、歌詞にある『大切なものを 捨てたわけじゃない』というのはスケート。そこで得たものは財産だから。そして『みつめていてくれた まなざしを』は、支えてくれた母や先生、仲間、ファンのこと。ずっと忘れてないよ、という思いが込められています」

曲を披露する中で、少しずつ光が差し、真っ暗な長いトンネルをようやく抜けたような気持ちになった。「音楽に救われた。自分の27年間がやっと形になった。この曲は心の時計の針が動き出す歌です。僕にとって宝物で、自分の子どもみたいな存在です」

板井さんはフィギュアスケートと歌を組み合わせた自分だけの表現を模索中だ。「振り返らない いま歌い始めた」。その歌詞のように未来に向かって時を刻んでいる。

板井郁也さんのもう一つのストーリーは「4years.」で読めます。

【関連リンク】僕はもうスケートだけじゃない 東洋大出身、歌手転身の板井郁也が開いた新しい扉

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